治安庁介入編|エピソード椎(Shii) Vol.4 ~密林の先遣者~
エリアN-44地区――
そこは広大な密林地帯。
見渡す限り、鬱蒼と生い茂る木々。
その奥深くに、長い年月を忘れ去られたかのような旧施設が存在していた。
そして、
人の気配などないはずの密林に、ひとつの人影があった———

「ほんとジメジメしてて鬱陶しいわね、ここは」
肩にサブマシンガンを担ぎ、腕には治安庁のエンブレム。
「こんなところに、本当にあるのかしら…」
そう呟きながらも、足取りを緩めることなく泥道を進んでいく。
その頃――
広大な密林を隔てた別の地点。
そこに、治安庁・特殊事案捜査室の椎と橅が到着していた。

「ガチのジャングルね…本当にここなの?」
そう言いながら、橅は鬱陶しそうに虫を払いのける。
「三日ほど前から、栢が先行して現地に張り付いているはずだが。連絡がとれないな…まあこんなところじゃ電波も届かないだろうな」
椎が辺りを見渡しながら淡々と答える。
「栢か…彼女は見た目より逞しいから、まあ大丈夫だと思うけど」
橅はタバコの煙を吐いた。
密林の中を進む椎と橅。
ヘリポートに到着してから、かれこれ二時間ほどが経っていた——
周囲を埋め尽くすのは、背の高い木々と巨大な葉。
人の背丈を超える植物が行く手を遮り、湿った地面には見たこともない草木が生い茂っている。
時折、木々の奥から聞き慣れない生き物の鳴き声が響く。
先ほども少し離れた茂みが大きく揺れた。
だが二人は特に足を止めることもなく、そのまま歩き続けている。
「さっきのヘリポートも完全に朽ちてたけど…本当にここ、velvetと関係あるの?」
橅が鬱陶しそうに虫を払いながら、周囲に目を配る。
「そうらしいが、栢からも何の連絡も入らない。今のところ何も分からんな…無線も通じないしな」
椎が無線機を操作する。
「栢、応答しろ!」
ザーッ——
返ってくるのは激しいノイズだけだった。
何度か周波数を切り替えるが、やはり応答はない。
「死んでたりして…」
橅がニヤリと悪い顔をする。
「三日も一人でこんなところにいるんだ。あり得なくはないな」
そう答えながらも、椎も心配している様子はない。
「…しかし、さっきから鳥が目立つな」
椎が足を止め、頭上を見上げる。
鬱蒼と生い茂る木々の隙間から、わずかに空が覗いている。
その上空を十数匹の鳥が飛んでいた。
どれも、この辺りで見かける鳥としてはかなり大きい。
そのうちの数羽は高度を落とし、木々のすぐ上を行き来している。

その群れの中の一羽が枝に止まった。
大きな鉤爪が枝を掴み、その顔がゆっくりと二人の方へ向く。
「こっち見てるわね、…気持ち悪い」
橅が目を細める。
「獲物だと思われてるんじゃないか?」
椎は淡々と答える。
「ふん…」
橅は大して気に留めることもなく、再び歩き出した。
「…ってか、わりと大きいわね」
そして、何かを思いついたように再びニヤける。
「栢、鳥の餌になってたりして…」
そのとき突然、
少し離れた場所から乾いた銃声が辺りに響く—
そして上空を飛んでいた鳥の一羽が、木々の間へ落下していく。
椎と橅は、その方向に視線を向けた。
しばらくして茂みの中から何かが姿を現す——。

「あ、、橅室長、椎さん、お疲れ様です」
椎と橅の前に現れたのは、栢であった。
「なんだ?おまえか…」
椎は呆れ気味に栢を睨む。
「死んでなかったわね…」
橅はニヤけた。
「無線がまったく通じない。何で連絡を入れなかった?」
「すいません、ここに来た日に何処かで失くしまして…」
「相変わらずだな、おまえ…」
椎は再び栢を睨む。
「ねえ、あの鳥は何なの? めちゃくちゃな数いるけど」
橅は頭上を見渡しながら栢に尋ねた。
「けっこう獰猛ですよ。普通に襲ってきますから…でも何匹か撃ち殺して焼いて食べましたが、あまり美味しくなかったです」
「…………」
椎と橅は無言で顔を見合わせた。
(こいつ……食ったのかよ)
どうやら二人の胸中は、まったく同じだった。
つづく—
~Fragment Log~
栢(セントラル治安庁・特殊事案捜査室所属)

栢は、セントラル治安庁・特殊事案捜査室に所属する25歳の捜査官。
治安庁の中でも能力は相当高く、本来であれば要職に就いていてもおかしくないほどの実力者である。
しかし、これまでに数々の問題を起こしており、その影響から階級は最下位に留まっている。
ちなみに、椎は27歳、橅は23歳。
三人の中では橅が最年少だが階級は最も高く、椎と栢の上司にあたる。
普段の栢は穏やかで礼儀正しく、一見すると問題を起こすような人物には見えない。
しかし、一度キレると口数が少なくなり、ほとんど何も喋らなくなる。
治安庁では容疑者の確保を原則としているが、栢は過去に容疑者を射殺したほか、過剰な暴行によって重傷を負わせたこともある。
高い捜査能力と戦闘能力を持ちながら、その危うさゆえに扱いの難しい人物でもある。
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