秘密結社velvet編|エピソード朧(Oboro)Vol.3 ~velvet・電脳局~
爆発事故の災害救助から数日後—
朧たち医療局の一団は、velvet内部の情報中枢区画である電脳局を訪れていた。

組織をサイバー攻撃や情報漏えいの脅威から守り、同時に、膨大な情報の収集と解析を担う専門部門—
秘密結社velvetにおいて、電脳局は情報の心臓部とも呼べる存在である。
「いつ来ても異世界ね、ここは。すごく不思議な感じ…」
青白く光る巨大なモニター群を見上げながら、芒が呟いた。
「ほんとですね…でも、ちょっとワクワクする」
蕾もまた、目の前に広がる無数の端末へ興味深そうに視線を向けていた。
そんな電脳局において、情報解析の分野で異彩を放つ人物がいる。
彼女の名前は、槲

槲は幼少の頃から異常なほどの才覚を見せ、独学でプログラミング技術を磨いた。
僅か十二歳でハッカーとして頭角を現し、今では世界に数人しかいないと言われる天才ハッカーの一人である。
ネットワークの世界で、彼女は別の名で知られている。
その名は、rise《ライズ》
朧は、二件の爆発事故についての調査を槲に依頼していた。
朧は、偶然とは思えない違和感をずっと抱いていた—

「槲、どう? 何か分かったことは?」
いつもの優しい口調のまま、朧が問いかける。
けれど、その表情にはわずかな不安が滲んでいた。
槲はモニターから視線を外すことなく、キーボードを打ち続ける。
「防犯映像、気象記録、施設の稼働ログを照合しました」
槲の淡々とした声だけが、無機質な空間に響く。
「爆発そのものの原因は、まだ特定できていません。ただ、二件とも事故発生直前の記録に不自然な欠損があります」
「不自然な欠損…?」
「はい。自然事故で生じるものではありません。誰かが、意図的に痕跡を消した可能性があります」
朧の表情から、わずかに柔らかさが消えた。
「たしか、施設のある場所は…『エリアN-4』だったかしら?」
「ですね…エリアN-4です。二件とも」
槲は迷いなく答える。
「あの一帯には、いくつか勢力のある組織が拠点を置いていたはずね」
「はい。ですが、我々の組織へ直接攻撃を仕掛けられる規模の組織ではありません」
さらに淡々と答える槲
朧は、モニターに映る解析結果を静かに見つめた。
二件の爆発事故。
同じ区域。
velvetの関連施設。
消された記録。
それはもう、偶然という言葉だけで片づけられるものではなかった。
その頃—
芒が、電脳局に所属するもう一人の人物と顔を合わせていた。
「芒、来てたのか。声くらいかけろよ」
そう言いながら、彼女は手にしていた缶コーヒーを差し出した。
「ほら。少し休んでいけ」
「あら…ありがとう、姉さん」
芒は小さく微笑み、その缶コーヒーを受け取る。

彼女の名は、樒である。
芒と樒は、二卵性双生児の姉妹である。
姉の樒は電脳局に、妹の芒は医療局に所属している。
所属は違う二人。
性格も物事の捉え方も、決して似ていない。
それでも二人は、普段から生活を共にしている。
互いを気遣い互いを信頼している、仲の良い姉妹である。
電脳局に所属する樒は、通信機器のメンテナンスから戦闘用装備の開発までを担う、天才的なエンジニアである。
物言いは歯切れがよく、少しばかり威勢もいい。
けれど、誰かが困っていれば放っておけない。
樒は、そんな人情味のある技術者だ。

そして、蕾の失った右腕を補う義手。
その設計と製作を手がけたのも、樒である。
樒は、芒と談笑したあと、少し離れた場所にいる蕾へ視線を向けた。
「蕾、せっかく来たんだ。右腕、見せてみろよ」
「え… いいんですか?」
「いいも何も、作ったのはオレだろ。ちゃんと動いてるか見るくらい当たり前のことだ」
ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、その声には自然な気遣いが滲んでいた。
「…ありがとうございます、樒さん」

椅子に腰を下ろした蕾の右肩から伸びる義手に樒が慎重に工具を当てる。
白い人工の腕の内部から微かな駆動音が響いた。
蕾は自分の義手を静かに見つめていた。
「樒さんには、本当に感謝しています」
「ん?」
「私の失った右腕を…もう一度、こうして動かせるようにしてくれたんですから」
樒の手が、ほんの一瞬だけ止まった。
「…おまえ、なんだよ改まって。照れるだろ」
「でも、本当のことですから」
「…分かったよ、ありがとな」
樒は少しだけ視線を逸らし、再び義手の調整に戻った。
「…よし。特に異常ないな。あまり無茶して壊すなよ」
その言葉に蕾は小さく目を見開いたあと、柔らかく微笑んだ。
「はい!大事に使います」
失ったものが、元に戻るわけではない。
それでも、この腕があるから—
蕾は、誰かのために動くことができる。
つづく—
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