恋する表参道 第4部
・第3部は下記です
恋する表参道 第4部
by Ryoji M.(リョウジ)
第4部 赤い糸と青い脈
第1章 大学のキャンパス
決戦の朝。
雲ひとつない青空が広がる医科大学のキャンパスは、夏の眩しい日差しに包まれていた。
「…ショウスケくん、本当に大丈夫?」
白衣を纏ったメアさんが、不安そうに僕の顔を覗き込む。
昨夜までの妖艶な服から一転、髪を一つにまとめ、白い衣を羽織った彼女は、完璧な「医学生」の顔をしていた。だが、その瞳の奥には隠しきれない緊張が色濃く残っている。
「大丈夫です。伯父との打ち合わせも完璧に終わっていますから」
僕は、自分のサマーニットの裾をキュッと引っ張り、冷静に答えた。
伯父率いる警察の捜査員たちは、すでにキャンパス周辺や講義棟の陰に配置を完了している。
僕たちが指定したのは、キャンパス奥にある静かな中庭。講義時間中であれば人の出入りが少なく、証拠の押収と身柄確保には絶好のロケーションだ。
「…ねえ、ショウスケくん」
「はい?」
メアさんは、急に僕の腕をぐいっと引っ張ると、白衣の袖口から覗く僕の手首をギューッと強く握りしめた。
「…やっぱり、脈がすごく速い。…本当は、めちゃくちゃ怖いくせに…」
彼女の指先から、僕の動悸が筒抜けになっている。誤魔化そうとしても、血管は嘘をついてくれない。
「…理屈で恐怖を抑え込んでいるだけですよ。本当は…逃げ出したいです」
僕が苦笑いしながら白状すると、メアさんは愛おしそうに目を細め、握る手に少しだけ力を込めた。
「私ね、ショウスケくんの…その綺麗な血管も好きだけど…その奥で、私を助けようと必死に拍動してる『意思』が、一番好きなのかも」
「…メアさん…」
「だから、絶対に無茶しないで。血を見たら、すぐ私の後ろに隠れるのよ?」
クスッと笑う彼女の表情には、もう逃げ惑うだけの弱さはなかった。
その時、僕のポケットの中でスマートフォンが短い振動を返した。
『ターゲット、大学正門を通過。中庭に向かっている』
伯父からのメッセージだ。
僕とメアさんは深く頷き合い、静寂に包まれた中庭へと歩みを進めた。
第2章 包囲網
太陽が真上に昇り、中庭の木々が濃い影を地面に落としていた。
蝉時雨が遠くで鳴り響くなか、静寂に包まれた中庭のベンチに僕とメアさんは腰掛けていた。
『ターゲット、中庭へ接近中。配置完了』
ポケットの中でスマホが静かに二度振動する。
伯父からの合図だ。
周囲の樹木の陰や校舎の物陰には、私服姿の捜査員たちが配置につき、万全の態勢を整えている。
「…来たわ」
メアさんが隣で小さく息を呑んだ。
石畳を敷き詰めた通路の奥から、重い足音が近づいて来る。
現れたのは、昨夜のバーで立ち塞がったあの柄シャツの男…そして、その脇を固める体格のいい強面の男が二人。
「やあ、メアちゃん。素直に呼び出しに応じる気になったか」
柄シャツの男は、勝ち誇ったような嫌な笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。
「まあ、隣の坊やの大学に怒鳴り込まれたら困るもんなぁ?」
男たちは僕たちを取り囲むように立ち塞がると、威圧するように見下ろしてきた。その下品な眼差しと威嚇に、メアさんの肩が微かに強張る。
「…前回の契約破棄の件、ここで決着をつけましょう」
メアさんは白衣のポケットの中で拳を握り締め、毅然とした声で言い放った。
「決着?冗談じゃねえぞ。違約金と、今までウチが投資した分の費用、今日ここで払ってもらわねえとな。払えねえなら、今すぐ車に乗れ。話は事務所で聞く」
男は、ポケットから一冊の書面を取り出し、強引にメアさんの目の前に突きつけた。
「…違約金? そんなもの、最初の説明にも契約書にも一切記載されていませんでした。これは明白な詐欺行為であり、恐喝です」
僕が静かに口を挟むと、柄シャツの男は忌々しそうに吐き捨てた。
「またお前か、ガキが! 黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって…!」
「調子に乗っているのはそちらです」
僕はあらかじめ起動させておいたスマホの画面を掲げ、冷静に文字盤を示した。
「現在の会話、および提示された書面、すべてリアルタイムで警察の捜査本部に音声と映像で生配信されています。刑法249条・恐喝未遂罪、ならびに都道府県迷惑防止条例違反の構成要件は、たったいま完全に充足しました」
「な…ッ!?」
男たちの顔色が、一瞬で土気色へと変わった。
「野郎、ハメやがったな!!」
理性を失った柄シャツの男が、激昂して拳を振り上げた…。
第3章 決着
「野郎、ハメやがったな!!」
激昂した柄シャツの男が、振り上げた拳を僕に向かって振り下ろそうとした、まさにその時。
「警察だ! 動くな!」
植え込みの影や校舎の陰から、私服警察官が一斉に飛び出してきた。
「な、警察…!?」
男たちが狼狽し、後ずさりしようとした瞬間に、すでに周囲は私服警官たちによって完全に包囲されていた。
「身柄を押さえろ!」
伯父の鋭い号令とともに、警察官たちが一気に押し寄せる。大柄な男たちも一瞬で取り押さえられ、地面に押し伏せられた。柄シャツの男は顔を歪ませながら、なおも僕たちを睨みつける。
「ガキのくせに…ふざけやがって…!」
「理屈通りですよ。犯罪行為を行えば、然るべき報いを受ける。それだけの単純な話です」
僕は、努めて冷静な声を保ちながら言い放った。
手錠がかけられ、男たちが連行されていく。一連の騒動があっという間に収束し、静けさを取り戻した中庭で、メアさんは、呆然とその光景を見つめていた。
「…本当に、終わったの…?」
「はい。これで、もう追われる心配はありません」
僕が振り返って微笑むと、メアさんの緊張が一気に解けたのか、その場にへたり込みそうになった。僕は慌てて彼女の肩を支える。
「ショウスケくん…」
「メアさん、大丈夫ですか?」
彼女は白衣の袖で目元を拭うと、僕の顔を見上げて、どこか吹っ切れたような明るい笑顔を見せた。
「…ねえ、ショウスケくん。この後、少し付き合ってくれる?」
「え? 警察での事情聴取がありますけど…」
「そんなのチャチャッと終わらせてさ! …最初に出会った場所に行きたいの!」
夕暮れが近づくキャンパスで、メアさんは僕の手首をきゅっと握りしめた。
「あの表参道の並木道で…今度は、ちゃんと、ちゃんと、お礼を言わせて」
少女のように微笑むメアさんの瞳には、恐怖の影は…もう一切残っていなかった。
第4章 脈動
数時間後。
僕とメアさんは警察の事情聴取を終え、警察署を出た。その頃には、空は鮮やかな茜色から群青色へと移り変わり始めていた。
タクシーを降り立ち、二人が足を踏み入れたのは、あの日の表参道。
夕暮れの街灯が点灯し始め、青々としていたケヤキの並木道を柔らかな光で包み込んでいる。
「…戻ってきたわね」
メアさんは、隣で足を止め、並木道を見上げた。
「そうですね。…なんだか、出会ってからまだ少ししか経っていないのに、すごく昔のことみたいです」
僕が苦笑交じりに言うと、メアさんは、ふふっと微笑み、僕の隣へと寄ってきた。
「最初のデートの時さ、私、あなたのこと『子供じゃん』って笑ったじゃない? …本当に失礼な女子大生よね」
「…まあ、否定はしませんけど」
「でもね…」
メアさんは、すっと僕の前に立ち塞がると、僕の右手を両手で優しく包み込んだ。
「あの時、私の前で必死に理屈をこねて、血が苦手なのに傷口を隠しながら私を守ろうとしてくれた時…君、本当にカッコよかった」
彼女の指先が、僕のサマーニットの袖口を少しだけ捲り上げる。西日に照らされた僕の前腕に、淡い青色のラインが浮き上がっていた。
「…メアさん?」
「見せて。あなたの脈拍も…」
彼女は、冷たい指先を、僕の脈拍のポイントへとそっと当てた。
トクトク、トクトクと、規則正しく打つ鼓動。
「あの日、カフェで見た時は、ただ『綺麗な血管』としか思ってなかった。針が刺しやすそうだなとか、そんな軽い気持ちで…」
メアさんは愛おしそうに、撫でながら、僕の血管のラインを辿る。
「でも、今は違う。…この血管の中を走っている温かい血が、私を助けるために命を燃やしてくれたんだって…そう思うと、胸が苦しくなるくらい愛おしいの…」
「…えっ…」
彼女のまっすぐな瞳に見つめられ、僕の体温が一気に跳ね上がる。それと連動するように、手首の脈拍が跳ね上がり、激しいリズムを刻み始めた。
「あ、ほら。…また脈が速くなった」
メアさんは、悪戯っぽく微笑むと、僕の手首から指を滑らせ、その指を僕の指と深く絡め合わせた。
「もう『血管フェチ』なんて誤魔化さないわ。…私、ショウスケくんのことが好きなの」
茜色の夕暮れの中、彼女のまっすぐな告白が、僕の胸の奥深くへと染み渡っていった。
第5章 ハッピー・エンド
表参道の並木道を包む夕闇と、街灯の暖かな光。
指を深く絡め合わされたまま、僕は息を呑んでメアさんを見つめていた。
『…僕が、メアさんを…?』
「血管フェチ」という突飛な理由から始まった出会い。
年の差。
血への恐怖。
そして、悪質なスカウトグループの影…。
あらゆる理屈やリスクを頭の中で計算し、自分には分不相応だと決めつけようとしていた感情に、彼女の言葉が完璧な正解を与えてくれた気がした。
「…僕もです」
僕は、絡められた彼女の指をしっかりと握り返した。
「血を見るのは、やっぱり今でも怖いです。次に怪我をしたら、また情けなく倒れてしまうかもしれません」
「ふふっ、いいわよ。その時は私が何度でも手当してあげる」
「でも…メアさんの隣に立つためなら、どんな恐怖にも理論と覚悟で立ち向かいます。僕も…メアさんのことが…好きです」
僕がまっすぐに思いを伝えると、メアさんは、一瞬驚いたように目を見開き、それから感極まったように僕の胸元へと飛び込んできた。
抱き締められた身体を通して、彼女のトクトクと打つ胸の鼓動がダイレクトに伝わってくる。
「…もう、逃がさないからね。私のカッコいい理屈屋くん」
「逃げませんよ。…理屈的にも、僕があなたから離れる理由はどこにもありませんから」
悪質な脅迫者たちは完全に排除され、僕たちの間を隔てていた暗い影は二度と訪れない。
互いの脈拍と温もりをたしかめ合いながら、僕たちはゆっくりと表参道の坂道を歩き始めた。
トラブルに満ちた波乱の夏は終わりを告げ、二人の関係は新しい季節へと踏み出そうとしていた。
To be continued.
※良いね!をいただけた作品のみ連載を続けます…莫大な時間をかけて作った作品です。良いね!をいただけるとありがたいです。
よろしくお願い申し上げます🙇♂️。
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