EF66 100番台とEF66 27の記憶──実際に撮影した写真で綴る、それぞれの魅力
1. はじめに
EF66を撮影するようになったきっかけ
私がEF66を本格的に撮影するようになったきっかけは、2021年5月頃に出会ったEF66 27(愛称:ニーナ)でした。以前、清洲駅で撮影をご一緒した鉄道ファンの方と、大府駅で偶然再会した際、「今日はEF66 27が運用に入りますよ」と教えていただきました。その言葉をきっかけに撮影したEF66 27の写真をTwitter(現X)へ投稿したところ、これまで以上に多くの反響をいただきました。多くの方に写真をご覧いただいたことで、改めてEF66 27という機関車の存在感を実感し、「これからはこの特別な一両をしっかり記録していきたい」と思うようになりました。その後もEF66 27を追いかけながら撮影を続けていましたが、2022年に引退したことを知った時は、大きな衝撃を受けました。貨物列車の先頭に立ち、力強く走る姿をもう撮影できなくなると思うと、とても寂しい気持ちになったことを今でも覚えています。しかし、その経験を通して、「記録できる時に残しておくこと」の大切さを改めて感じました。そして、EF66 27だけではなく、同じEF66形として貨物輸送を支えてきたEF66 100番台の姿もしっかり写真に残したいと思うようになりました。EF66 100番台とEF66 27は、同じEF66形でありながら、それぞれ異なる魅力を持つ機関車です。今回は、私が実際に撮影してきた写真を振り返りながら、貨物輸送を支えてきたEF66 100番台、そして多くの鉄道ファンに親しまれたEF66 27。それぞれが見せてくれた姿や魅力、そして撮影を通して感じた思いをご紹介します。

2. EF66 100番台との出会いと撮影記録
2-1. 貨物列車を支え続けた力強い姿
EF66 100番台は、当時の私にとって、貨物列車の走行写真を撮影するための練習としてカメラを向けることが多い存在でした。私はカメラを購入した後、貨物列車の撮影を始めました。そして2021年5月頃、大府駅でEF66 27(ニーナ)を初めて撮影しました。この出会いをきっかけに、私はEF66 27を中心に撮影するようになりました。貨物列車の先頭に立ち、力強く走るニーナの姿を記録することが、当時の撮影の大きな楽しみになっていました。一方で、EF66 100番台は、当時は特別に追いかけていたわけではなく、走行写真の練習として撮影することが多い存在でした。2022年にEF66 27が引退した後、私は撮影する機関車への興味を少しずつ広げていきました。その中で、EF210-901号機やEF210-1号機といった桃太郎の試作機・トップナンバー、そして名古屋地区を走るEF510-509号機・EF510-510号機の銀釜にも注目するようになりました。特にEF510については、名古屋地区を走る姿や、赤ホキ・白ホキを牽引する姿を中心に撮影しました。さまざまな機関車を撮影する中で、EF66 100番台についても少しずつ意識するようになりました。また、ダイヤ改正によってEF66 100番台の運用は減少し、以前のように日常的に撮影できる機会も少なくなっていました。最初は練習撮影として残していたEF66 100番台の写真でしたが、振り返ると、その一枚一枚には貨物輸送を支えてきた機関車の姿が記録されています。今回は、実際に撮影してきた写真を振り返りながら、EF66 100番台との撮影記録と、その魅力をご紹介します。

西濃運輸コンテナを牽引する姿を記録(過去に撮影)。
2-2. 8865レを牽引するEF66 100番台を撮影〜貨物列車の先頭に立つ姿を記録〜
EF66 100番台を撮影する中で、特に印象に残っている列車が8865レです。私は8865レを撮影するために、木曽川駅や尾張一宮駅などへ足を運び、貨物列車の先頭に立つEF66 100番台の姿を記録してきました。8865レは、普段の貨物列車とは少し異なる運用に入ることもあり、撮影するたびに楽しみがありました。EF66 100番台が力強く貨物列車を牽引する姿を見ることで、長年輸送を支えてきた機関車の魅力を感じることができました。その中でも、特に印象に残っている撮影があります。それは、EF66 100番台が牽引する8865レに、ムド回送としてEF66 27号機(ニーナ)が連結されていた時の姿です。EF66 27号機は本線での運用を終え、引退していました。そのような中、愛知機関区で開催された小学生向けの見学会にゲスト展示された後、帰路となる8865レで運ばれる姿を撮影する機会がありました。この日は、EF66 100番台に牽引される形で本線上を移動しており、その貴重な一場面を写真に記録することができました。私は穂積駅で8865レの停車シーンを撮影し、その後、大垣駅で通過する姿を記録しました。さらに柏原駅まで追いかけ、EF66 100番台に牽引されるEF66 27号機の姿を撮影しました。これまで貨物列車の先頭に立って走っていたEF66 27号機が、後方に連結されて運ばれていく姿には寂しさを感じました。しかし同時に、もう一度本線上を走る姿を見ることができた喜びもありました。この写真には、機関車の姿だけではなく、撮影場所へ向かった時間、列車を待った時間、そしてその瞬間に感じた思いも一緒に残っています。8865レで撮影したEF66 100番台の姿は、貨物列車を支える力強さだけではなく、EF66 27号機との忘れられない思い出も記録した、大切な一枚になりました。




2-3. 稲沢駅で見た運転士交代のひととき〜貨物輸送を支える現場の一場面〜
2024年2月頃、JR貨物列車運行状況を確認していると、EF66 100番台が代走運用に入ることが分かりました。せっかくの機会なので、普段撮影する走行シーンだけではなく、運転士交代の様子も記録してみようと思い、稲沢駅へ向かいました。現地に到着すると、私は貨物列車の到着を待ちながら撮影場所を確認していました。到着する列車の停車位置が気になり、運転士さんへ声をかけたことがきっかけで、少しお話しする機会がありました。運転士さんは、これから到着する列車に乗務し、大阪の吹田機関区へ戻る予定だと話されていました。その会話の中では、「稲沢駅が無人になったね」といった駅についての雑談もありました。普段、撮影場所として訪れている稲沢駅も、乗務員さんから見るとまた違った一面があるのだと感じました。また、私が以前から撮影していたEF66 27号機(ニーナ)についても、「元気にしていますか」と尋ねました。EF66 27号機を撮影してきた経験があったからこそ、こうした話題で運転士さんと会話できたことは、撮影を続けてきた中で生まれた貴重な時間でした。さらに、私は鉄道写真だけではなくポートレート撮影も行っていたため、これまで撮影してきた写真を見ていただく機会もありました。普段は見る側と撮る側という立場ですが、鉄道を通じて自然に会話できたことが印象に残っています。その後、乗務交代の時間となり、担当していた運転士さんから次の運転士さんへ引き継ぎが行われる場面を撮影しました。そして列車が発車する際には、運転士さんが指差し呼称を行い、安全確認をする姿も記録することができました。一つひとつ確認を重ねながら列車を動かす姿から、貨物輸送を支える現場の責任感や、安全への意識を感じました。普段はEF66 100番台の走行する姿を中心に撮影していますが、この時は機関車の姿だけではなく、列車が安全に走り出すまでに関わる人々の仕事も見ることができました。短い時間の出来事でしたが、運転士さんとの会話や、普段見ることのできない乗務員さんの仕事の一場面を記録できたことは、私にとって大切な撮影経験になりました。鉄道写真は、列車の姿だけを残すものではありません。その場所で出会った人や、その時に交わした言葉、感じた思いも一緒に記録できるものだと改めて感じた一枚です。


2-4. 偶然の出会い、富士駅で撮影したEF66 100番台〜予定外の時間が残してくれた一枚〜
鉄道写真を撮影していると、予定していなかった列車との出会いが生まれることがあります。この日、私は富士駅で1060レを牽引するEF210-901号機を撮影するために訪れていました。しかし、1060レは大幅に遅れており、予定していた時間通りに撮影することが難しい状況でした。そこで、JR貨物列車運行状況を確認していたところ、EF66 100番台が牽引する貨物列車も遅れていることを知りました。当初、EF66 100番台を撮影する予定はありませんでしたが、せっかくの機会だと思い、列車の到着を待つことにしました。そして富士駅で思いがけず出会ったのが、EF66 100番台が牽引する貨物列車でした。本来狙っていたEF210-901号機とは違う形で訪れた出会いでしたが、その瞬間を写真に残すことができました。鉄道写真では、列車の遅れや運行状況の変化によって、予定通りに撮影できないこともあります。しかし、予定外の出来事があったからこそ生まれる一枚もあります。この富士駅で撮影したEF66 100番台の写真は、偶然のタイミングが重なったことで記録できた、思い出深い一枚になりました。

2-5. 浜川崎駅で記録したEF66 100番台〜待ち時間の中で出会えた貨物機の姿〜
鉄道写真を撮影していると、目的としていた列車を待つ時間の中で、思いがけない出会いが生まれることがあります。この日は、X(旧Twitter)でスーパーレールカーゴが大幅に遅れていることを確認しました。その情報を見て、浜川崎駅で撮影できるのではないかと考え、現地へ向かうことにしました。現地ではスーパーレールカーゴの通過を待っていましたが、その待ち時間の中で通過したのが、EF66 100番台が牽引する貨物列車でした。当初は撮影予定には入れていなかった列車でしたが、貨物列車の先頭に立つEF66 100番台の姿を見た瞬間、カメラを向けました。狙って訪れた列車ではなかったからこそ、その出会いは強く印象に残りました。鉄道写真では、事前に決めた撮影だけではなく、現地での偶然の出来事が大切な一枚につながることがあります。浜川崎駅で撮影したEF66 100番台の写真は、目的の列車を待つ時間の中で偶然生まれた、思い出深い記録の一枚となりました。

3. EF66 27(ニーナ)を追いかけた日々
3-1. 走る姿から、機関区で過ごす姿まで記録した特別な一両
私がEF66 27(愛称:ニーナ)を本格的に撮影するようになったきっかけは、2021年5月頃に大府駅で初めてその姿を撮影したことでした。それまで貨物列車の撮影を続ける中で出会ったEF66 27は、私にとって特別な存在となりました。その後、私はEF66 27が貨物列車の先頭に立って走る姿を記録するため、名古屋周辺を中心に撮影を続けました。また、運用に入った日の走行写真だけではなく、運用を終えた後の姿や、機関区で過ごしている姿など、普段とは違う一面も撮影する機会がありました。EF66 27は、多くの鉄道ファンから親しまれていた一両です。そのため、私は単に走行写真を撮影するだけではなく、その時々で見せてくれた姿や、撮影した場所で感じた思いも一緒に残したいと考えていました。一両の機関車をきっかけに、多くの撮影経験や出会いを得ることができたEF66 27は、私にとって今でも大切な記録として残っています。
3-2. 笠寺駅で見たEF66 27の日常〜機関車を支える人たちの姿を記録〜
2021年11月頃、私はEF66 27を撮影するため、早朝から清洲駅など各地で撮影を行っていました。貨物列車の先頭に立って走るEF66 27の姿を記録した後、最後に訪れた笠寺駅では、走行写真とは違った一面を見ることができました。この時は、笠寺駅から日本ガイシホールへ向かう跨線橋から、運用を終えたEF66 27号機(ニーナ)の姿を記録しました。その周囲では、運転士さんと指導運転士さんが機関車の点検を行っていました。普段、鉄道ファンが目にするのは、貨物列車の先頭に立ち、力強く走る機関車の姿です。しかし、その姿の裏側では、安全に列車を運行するために、乗務員さんによる確認作業が行われています。EF66 27の周囲で一つひとつ丁寧に点検を行う姿や、作業を終えて詰所へ向かう姿を見たことで、機関車は多くの人に支えられながら走っているのだと感じました。走行写真だけでは見ることのできない、運用を終えた後の時間。その姿を記録できたことは、EF66 27を撮影してきた中でも特別な経験になりました。貨物列車の先頭に立つ力強い姿だけではなく、機関車を支える人たちとともに過ごす日常の一場面も、EF66 27の大切な記録の一つとして残っています。


3-3. 大阪遠征で撮影したEF66 27〜もう一度、本線を走る姿を記録したいという思い〜
EF66 27を撮影してきた中で、大阪遠征で記録した姿は特に印象に残っています。この撮影のきっかけは、Twitter(現X)でEF66 27が代走運用に入るという情報を知ったことでした。一度は引退したEF66 27が、再び本線上を走る姿を見ることができる。その情報を知った時、私は「もう一度走る姿を記録したい」と思い、大阪へ向かうことを決めました。当初、私はさくら夙川駅で撮影する予定でした。しかし、現地でお会いした同業者の方からEF66の運用について情報を教えていただき、撮影場所を変更することにしました。その後、私は城北公園通駅へ移動しました。新大阪方面へ向かうホームには多くの撮影者が集まっていたため、撮影場所を考え、奈良方面へ向かうホームからEF66 27を待つことにしました。そして、待ち望んでいたEF66 27が姿を現し、本線上を走る姿を写真に残すことができました。現役時代のように貨物列車の先頭に立つ姿とは違いましたが、一度引退したEF66 27を再び本線上で見ることができた喜びは、とても大きなものでした。この一枚は、EF66 27を撮影してきた中でも、もう一度その姿に出会えた特別な記録として、今でも心に残っています。

3-4. 関東で撮影したEF66 27〜限られた時間の中で追いかけた一枚〜
関東でEF66 27を撮影した日は、江ノ島でポートレート撮影を予定していました。江ノ島でのポートレート撮影へ向かう前に、JR貨物列車運行状況を確認していたところ、確実に撮影できる保証はありませんでしたが、「もし走るなら、この機会を逃したくない」という思いから、朝早く新宿のホテルを出発し、沿線へ向かうことにしました。しかし、EF66 27が牽引する列車は遅れており、当初予定していた場所では思うような写真を撮影することができませんでした。そこで、一度撮影を切り上げ、ホテルへ戻る途中に新鶴見機関区へ立ち寄り、停車しているEF66 27の姿を記録しました。その後、江ノ島でのポートレート撮影を控えていましたが、移動中も列車の運行状況を確認していました。そして、時間を調整しながら藤沢駅で撮影することを決めました。3075レは大幅に遅れていましたが、待ち続けた先でEF66 27が姿を現した瞬間、それまでの苦労を忘れるほど嬉しい気持ちになりました。思い通りに進まない一日でしたが、最後に本線を走るEF66 27の姿を写真に残すことができたことで、私にとって特別な撮影記録となりました。

3-5. 吹田機関区で見たEF66 27の姿〜機関区で過ごすニーナを記録した時間〜
EF66 27を撮影してきた中で、吹田機関区で見た姿も、私にとって忘れられない記録の一つです。この撮影のきっかけは、Twitter(現X)で「EF66 27が吹田機関区内で動いている」という情報を知ったことでした。当時、EF66 27は本線上で貨物列車を牽引する姿を見ることができなくなっていました。だからこそ、機関区で過ごしているEF66 27の姿を自分の目で見て、写真に残したいと思い、吹田機関区へ向かいました。現地に到着すると、私は吹田機関区の沿道からEF66 27の姿を確認することができました。そして撮影をしていると、機関区の方から「もうすぐしたらニーナが動くよ」と声をかけていただきました。その言葉を聞いた瞬間、再びEF66 27が動く姿を見ることができる喜びを感じました。しばらく待っていると、EF66 27は機関区内をゆっくりと移動し始め、その姿を写真に残すことができました。本線上を力強く走っていた現役時代とは違い、機関区内を静かに移動する姿には、また別の魅力がありました。また、この日は同じようにEF66 27を撮影に訪れていた方とも交流することができました。一両の機関車を通じて、新しい出会いやつながりが生まれたことも印象に残っています。走行写真だけでは見ることのできない、機関区で過ごすEF66 27の姿。そして、その姿を記録するために集まった人たちとの時間。この日の撮影は、EF66 27が残してくれた大切な思い出の一つになりました。



3-6. 最後になるかもしれない姿を追って〜解体線にいたEF66 27を見て感じた不安〜
EF66 27の今後を気にする出来事がありました。隅田川機関区で開催されたEF65 2101号機・EF65 2127号機の見学会イベントに参加した際、JR貨物の方からEF66 27について「しばらくは何もしないよ」とのお話を伺いました。その言葉を聞き、すぐに大きな動きがあるわけではないのだと安心していました。そんな中、Twitter(現X)でEF66 27が解体線にいるという情報を目にしました。その知らせを見た瞬間、安心していた気持ちは一変し、「もしかしたら本当に解体されてしまうのではないか」と不安になりました。EF66 27は、多くの鉄道ファンに愛されてきた特別な機関車です。本線を走る姿を見ることはできなくなっていましたが、機関区で過ごす姿を見ることで、まだその存在を感じることができました。だからこそ、もし最後になるのであれば、自分の目でその姿を確認し、写真に残しておきたいと思いました。ちょうどその頃、私は転職が決まり、名古屋から関東へ移る前の時期でした。限られた時間の中でしたが、EF66 27の姿を記録するため、吹田機関区へ向かうことを決めました。現地へ到着すると、吹田機関区の沿道から解体線にいるEF66 27の姿を確認することができました。その姿を見た時は、長年活躍してきた機関車がこの場所にいることへの寂しさと、最後になるかもしれない姿を自分の目で記録できたという気持ちが入り混じり、複雑な思いでした。その後、吹田機関区の沿道からJR岸辺駅側へ移動し、別の場所からもEF66 27の姿を確認しました。解体線にいる姿を見ることは決して嬉しい状況ではありませんでしたが、その時に記録した写真は、EF66 27を追いかけてきた中でも特に印象に残る一枚となりました。しかし後日、Twitter(現X)でEF66 27が解体線から移動し、元の機関庫へ戻ったことを知りました。その知らせを見た時は、本当に安心しました。まだニーナはそこにいる。その事実が嬉しく、長年多くの人に愛されてきたEF66 27が、これからも静かに過ごしていけることを願いました。この出来事は、EF66 27を追いかけた時間の中でも、特に強く心に残る経験となりました。



3-7. EF66 27が残してくれたもの〜一両の機関車が広げてくれた撮影の世界〜
EF66 27を記録してきた時間は、私にとって単に写真を撮影するだけではなく、多くの経験や成長を与えてくれた大切な時間でした。EF66 27を撮影するために、早朝3時頃に起きて撮影へ向かったこともありました。運用情報を確認しながら撮影場所を考え、時には遠方まで足を運ぶ中で、一両の機関車を追いかける楽しさを知ることができました。また、EF66 27を通じて、多くの鉄道ファンの方々と交流する機会にも恵まれました。現地で撮影場所や運用について情報を教えていただいたり、同じ目的で撮影に訪れた方と会話をしたりする中で、写真を残すだけではなく、人とのつながりが生まれました。そして、EF66 27を撮影するようになったことで、私の撮影範囲も大きく広がりました。それまで名古屋や東京を中心に撮影していましたが、ニーナを記録するために関西方面へも足を運ぶようになりました。大阪へ遠征し、初めて訪れる撮影場所で挑戦した経験は、その後の鉄道写真にも大きな影響を与えています。さらに、EF66 27を撮影する中で、私自身の撮影技術も少しずつ成長しました。列車が来るタイミングを予測すること、構図を考えること、光線や背景を意識することなど、一枚の写真をどのように残すかを考えるようになりました。最初は、ただEF66 27の姿を写真に収めることに精一杯でした。しかし、何度も撮影を重ねることで、単に機関車を撮影するだけではなく、「どのような瞬間を残したいのか」を考えながら撮影するようになりました。早朝からの移動、遠征先での撮影、列車を待つ時間、そして撮影を通じて出会った人たち。その一つひとつの経験が、EF66 27という一両の機関車が私に残してくれた大切な財産です。現在、EF66 27が本線上を走る姿を見ることはできません。しかし、写真の中には、その時に感じた喜びや、撮影へ向かった時間、出会った人たちとの思い出が残っています。EF66 27は、私に鉄道写真の楽しさだけではなく、「記録することの意味」や「行動することで生まれる出会い」、そして「写真で表現する楽しさ」を教えてくれた特別な存在でした。これから先も、EF66 27を記録してきた経験は、私にとって忘れることのできない大切な思い出として残り続けます。

4. まとめ
EF66が残してくれたもの、写真に刻まれた出会い
今回の記事では、私がこれまで撮影してきたEF66 100番台とEF66 27(ニーナ)について、実際の撮影記録を振り返りながら紹介しました。EF66 100番台は、これまで貨物輸送を支えてきた機関車であり、私は名古屋や関東、関西などさまざまな場所でその姿を記録してきました。8865レを牽引する姿や、稲沢駅で見た乗務交代の場面、そして富士駅や浜川崎駅で偶然出会うことができた一枚など、それぞれの写真には撮影した場所や、その時に感じた思い出が残っています。2026年のダイヤ改正でEF66 100番台は定期運用から撤退しました。しかし、現在も代走運用などで本線を走る姿を見る機会があります。これまで撮影してきた写真は、貨物輸送を支えてきたEF66 100番台の姿を記録した大切な思い出となっています。その中でも、EF66 27を牽引するEF66 100番台の姿を撮影できたことは、私にとって特に印象に残る出来事でした。一方で、EF66 27(ニーナ)は、私にとって特別な存在となった機関車です。貨物列車の先頭に立って走る姿だけではなく、笠寺駅で見た運用後の日常、吹田機関区で過ごす姿、そして引退後の姿まで記録できたことは、かけがえのない経験になりました。EF66 27を撮影する中で、早朝からの撮影、遠方への遠征、現地で出会った方々との交流など、多くの経験をすることができました。また、一両の機関車を追いかけたことで、撮影する場所や視点が広がり、鉄道写真の楽しさをより深く知るきっかけにもなりました。現在、EF66 27が本線を走る姿を見ることはできません。しかし、写真の中には、その時に感じた喜びや、撮影へ向かった時間、そして出会った人たちとの思い出が残っています。鉄道写真は、単に列車の姿を記録するだけではありません。その瞬間にしか出会えない景色や、人とのつながり、自分自身の成長も一緒に残すことができるものだと感じています。EF66 100番台とEF66 27。それぞれ異なる魅力を持つ二つの機関車は、私に多くの思い出と経験を残してくれました。これからも、一枚一枚の写真に込められた時間を大切にしながら、これまで出会ってきた列車たちの姿を記録として残していきたいと思います。

ムド回送で連結されたEF210(桃太郎)(過去に撮影)。
5. 使用した機材の紹介
EF66を記録してきたカメラとレンズ
今回の記事で紹介したEF66の撮影では、Canon EOS R10を使用しました。組み合わせたレンズは、Canon RF-S18-150mm F3.5-6.3 IS STMです。このレンズは、広角から望遠まで幅広い焦点距離をカバーできるため、鉄道撮影で扱いやすい一本でした。望遠域では、遠くから接近してくるEF66を引き寄せ、機関車の力強い姿を撮影することができます。また、広角側では、駅や沿線の風景を取り入れながら、その場所ならではの雰囲気を残すことができました。特に、走行する列車を撮影する場面では、状況に応じて焦点距離を変えられることが大きなメリットでした。列車の迫力を表現したい時や、周囲の景色と一緒に記録したい時など、さまざまな撮影場面で活用することができました。また、EF66の撮影記録の中には、以前使用していた富士フイルムX-A7で撮影した写真もあります。カメラやレンズは変わりましたが、EF66の力強い走りや、その瞬間にしか出会えない姿を写真に残したいという思いは変わりません。それぞれの機材で撮影してきた写真を振り返ることで、EF66と向き合ってきた時間や、さまざまな場所で出会った姿の魅力を改めて感じることができます。私にとってカメラやレンズは、単に写真を撮るための道具ではなく、EF66と過ごした時間や思い出を記録するための大切な存在です。
6. Instagramのご案内
他にも撮影した写真をInstagramにアップしています。ぜひご覧ください!
https://www.instagram.com/takumi_photo0921/
7. 次回予告
EF64を追いかけて──貨物列車から旅客列車まで、写真で振り返る機関車の魅力
次回の記事では、EF64をテーマに、これまで私が撮影してきた写真や、その時に出会った姿を振り返りながら紹介します。EF64は、山岳路線を中心に貨物輸送を支えてきた機関車であり、長年にわたり多くの列車を牽引してきました。私自身も、EF64が牽引するさまざまな列車を撮影してきました。その中には、タキを牽引する貨物列車や、赤ホキ・白ホキといった特徴的な貨物輸送を担う姿があります。また、ヘッドマークを掲げた特別な列車や、旅客列車「ELぐんま」を牽引するEF64の姿にも出会うことができました。同じEF64でも、牽引する列車や走る場所、運行される場面によって見せる表情は大きく異なります。力強く貨物輸送を支える姿から、特別な列車を牽引する華やかな姿まで、EF64にはさまざまな魅力があります。次回の記事では、実際に撮影した写真を通して、EF64が見せてくれた多彩な姿や、その瞬間に感じた思い出をご紹介します。写真に残された一瞬一瞬を振り返りながら、EF64という機関車の魅力をお届けします。

