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ニュートンが世界の終わりを「計算」した——答えは2060〜2344年

万有引力のニュートンが、世界の終末を計算していました。

聖書を使って。

「それって科学者のすることなの?」と思うかもしれません。でも、これはニュートンの「もうひとつの顔」をよく表しているエピソードなのです。


世界は6,000歳だと思われていた

今では、地球の年齢は約46億年、宇宙の始まりは約138億年前とされています。

でも、ニュートンが生きた17世紀のヨーロッパでは、話がまったく違いました。

当時、何人もの学者が、聖書から天地創造の日付——つまり地球の年齢——を導き出そうとしていたのです。

歴史学では、古代から伝わる文書を研究します。当時、聖書は過去に関する第一級の資料でした。ですから「聖書から年代を割り出す」ことは、いかがわしい行為ではなく、まっとうな学術研究だったのです。

その代表が、英国教会のジェームズ・アッシャー大主教です。

語学の才と豊富な学識を持つ彼は、1650年と1654年に『旧約聖書の年代記』とその続編を出版し、驚くほど具体的な結論に到達しました。

「天地創造は、紀元前4004年10月23日の前日の夕方に始まった」

年だけでなく、月日と時刻まで特定したのです。


ニュートンは、アッシャーに「お墨付き」を与えた

この種の研究をアッシャーひとりがやっていたわけではありません。

そしてニュートンも、まったく同じことをしていました。

彼は若いころから旧約聖書の文献学的研究を続けており、47歳のときには『ダニエル書と聖ヨハネ黙示録の予言についての考察』を書いています。人生の後半は、古代の年代学の研究に多くの時間を費やしました。

そのニュートンが、独自に同様の解析をおこなった結果——アッシャーの年代にお墨付きを与えているのです。

これは小さな話ではありません。当時ヨーロッパで最高の権威を持つ科学者が、「紀元前4004年」を追認したのですから。天文学者のお墨付きを得たことで、1700年以降の欽定訳聖書には、アッシャーの年代記が脚注として載るようになります。

そしてヨーロッパの知識人たちは、「地球の年齢は約6,000歳」と認識するようになりました。

ちなみにケプラーも同じ計算をしていて、彼の答えは紀元前3992年でした。


世界の終末は「2060年から2344年のあいだ」

ニュートンの年代学研究のなかで、とりわけ有名なのが終末の時期の計算です。

彼は何度も計算をやり直しました。そして得られた答えが——2060年から2344年のあいだ

幅があるのは、計算のやり方によって結果が動くためです。ですが、いずれにせよ「数百年後」という結論でした。

面白いのは、この研究がニュートンにとって余技ではなかったことです。彼は宇宙の法則を解き明かすのと同じ真剣さで、聖書の年代を解き明かそうとしていました。本人にとって、この2つは別々の仕事ではなかったのです。


「最後の魔術師、最後のバビロニア人、最後のシュメール人」

ニュートンの死後、遺稿の詰まった箱を調べた主教は、その内容があまりに異端的で悪魔的だったため、あわてて箱を閉じたと伝えられています。

これらの文書は、近親者から委託されたポーツマス伯爵家が代々保管してきました。そして1936年、ついに競売にかけられます。

資料が散り散りになることを恐れた2人が、これを落札しました。経済学者のジョン・メイナード・ケインズと、ユダヤ人学者のヤフダです。おかげで現在、これらはケンブリッジ大学とイスラエルの図書館に所蔵されています。

そして中身を読み込んだケインズは、ニュートンをこう呼びました。

「最後の魔術師、最後のバビロニア人、最後のシュメール人」

ただし、ここには注意が必要です。

ケインズは20世紀の人です。彼が「バビロニア人」と言うとき、そこには「あやしげな魔術師の一種」という響きがあったかもしれません。

でも、ニュートンの時代は違いました。当時、バビロニア人(カルデア人)という言葉は、天文学者・数学者・占星術師とほぼ同義でした。錬金術はアラビア由来の先端化学であり、占星術はバビロニア由来の天文学。どちらも高級な学問だったのです。

ケンブリッジやオックスフォードの数学者は、みな占星術師でした。ケプラーは占星術で生計を立て、王家専属の占星術師にもなっています。ガリレオが最初に大学に就職できたのも、占星術のおかげでした。当時の医学部では、手術の日取りを決めるために占星術が必須科目だったからです。

つまりニュートンは、「科学者なのに怪しいことをしていた」のではありません。彼の時代には、その線引きがまだ存在しなかったのです。

むしろ、それらは当時の学問の一部でした。
ニュートンだけが変わっていたわけではありません。

現代人の物差しで過去を測ると、見えなくなるものがあります。


では、2060年に何が起きるのか

ニュートンが弾き出した2060年まで、あと34年です。

もちろん、現代の科学はまったく違う方法で宇宙の歴史を描いています。
聖書の系譜から年代を計算する手法は、もはや科学の方法ではありません。

それでも、その計算は彼の手稿に残されています。宇宙の運動を数式で書き表したのと同じ手が、同じ緻密さで記した数字です。

天体の運行も、聖書の年代も、彼にとっては同じひとつの問いでした。この世界はどんな設計で動いているのか。その問いに、彼は生涯を捧げています。

私たちが「科学」と呼んでいるものは、そういう人の手から生まれてきました。

このあと、ニュートンの少年時代の話もお届けします。ペストの流行が、彼の人生をどう変えたのか。


ポゥじいとめぐる「数」の旅シリーズ

「数学」と身構えずに読める数学史シリーズです。

古代ギリシアで数が生まれた場面から、無限や実数をめぐる長い格闘、ガリレオの挑戦まで。対話形式なので、気になったところで立ち止まりながら読み進められます。


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