【駐妻&双子ママのカミーノ巡礼】人生迷走&育児ノイローゼだった私の人生を変えた1週間
Guten Tag! 2024年4月からドイツ駐在帯同中。
2歳の双子の子育てにも奮闘しています、しっちゃんです。
今年の8月に、スペイン・カミーノ115kmの道のりを歩きました。
リアルタイムでの記録や、その後の気づきなどもシェアしてきましたが、
先日のカミーノ報告会で深く振り返り、
さらにその内容を別の場所でアウトプットすることで
今回の巡礼でのことをだいぶ言語化できたので、ここにも残します。
①カミーノ巡礼(Camino de Santiago)とは
イエス・キリストの使徒である聖ヤコブの墓がある
スペインのSantiago de Compostela(大聖堂)を目指す巡礼の道のこと。
エルサレム、ローマに続くキリスト教の世界三大聖地のひとつであり、
世界中からキリスト教徒が集まります。
(近年は、信仰の理由だけに限らず、私のような
キリスト教徒以外の人も沢山歩いています)
フランス人の道、ポルトガル人の道、など大聖堂に続く道は色々あり、
どこをどう歩くかも自分で選べるのがカミーノの面白さ。
写真のような矢印がいたるところにあり、この矢印を頼りに進みます。

道中にはアルベルゲという巡礼者用の宿があり、
そこで色々な人と寝食を共にしながら過ごします。
35歳になって、男女共同のドミトリーに泊まることになるとは…
②なぜカミーノを歩くことにしたのか?
前述のとおりカミーノには色々な道があり、
総距離800kmを超える道もあります。
「巡礼証明書」は100km以上歩くと発行してもらえるので、
私はフランス人の道の、ゴールまでの残り115kmの道のりを歩きました。
115kmでも移動含め7日間はかかる行程。
子どものケアをサポートしてくれる人がまわりにいない中で
主人に1歳の双子を任せていくことは、家族にとっても大きな決断でした!!
それでも行く!と決めたのは…
◆育児ノイローゼ気味だった私…母の役割から逃げたい…
駐在員の働き方は思っていたより超ハード。
出張バンバン、帰りも遅い。
周りに気軽に頼れる人が少なく、1日で話すのは旦那だけ、という日も。
想像以上のワンオペ子育てにヒーヒー言いつつも
自分のやりたいことも実現していきたい。
そう意気込んで、キャリアスクールに通い、コーチングも学びました。
それなのに、今年の1月~3月頃までは
洗礼を受けてほぼ誰かが体調不良。
予定通りに何もいかず、看病だけに追われる日々。
そして、海外での生活にやっと慣れてきたころに主人の異動が決定。
また1から新しい場所でスタートすることになり、爆発しました🤯
ちょっとした子どものイタズラや粗相に
きつく当たってしまうことも増え、毎日泣いていました。
とにかくこの毎日を変えるきっかけがほしかったし、
1日でいいからママの役割から逃げたい、と思っていました。
◆周りのせいにし続ける自分から脱したい
そうやって自分のやりたいことを諦め、家族のことを優先しているうちに
・子どものせいで私は何もできない
・パパは自分のキャリアを着々と築いているのに私は?
といった「自己犠牲」と「苛立ち」が私の感情の9割を占めるように…
「周りへの感謝が大事」と頭では分かっているけれど
そんなアドバイスを、どうやっても心から受け止められない。
でも、そんな時に、
「やる人は何があってもやる。
やらない人はその理由を永遠に引っ張ってくる。」
という言葉を与えてもらい、とてもハッとしました。
いま目の前にあることも全部自分で選んでいるのに
ずっと周りのせいにして被害者ぶっている自分が
心底恥ずかしくなりました。
年初の目標設定で最初に浮かんだ「一人旅をしたい」という思い。
そして心惹かれていたけれど
「最低1週間は長すぎる…」と諦めていたカミーノ巡礼。
やらない理由はどれだけでも挙げられるけれど、
ここで「やる」と決めることこそ、人生を自分の力で動かすことなのでは。
覚悟が決まると止められないので、旦那のことはそっちのけ。
チケットをとりました!
③カミーノを巡礼してみて
〜その道は、人生そのものだった〜
もう無理!と半ば勢いで決めたカミーノ巡礼。
巡礼中は色々ありすぎて全部は書ききれないので、
【大きな気付き】を中心にシェアします。
(リアルタイムな日々の記録は過去のnote をご参照ください^^)
最終日、ゴールを迎えた夜にノートに書いたのは
「人生を何周か味わいなおして、
またスタート地点に立ったような気持ち」 でした。
こちらが私の5日間の感情曲線です。

◆人との関係性への恐れ
カミーノの醍醐味は「世界中から集まる巡礼者との出会い、深い交流」。
でも、私の場合は、想像していたほど
その出会いを思い切り楽しみ、味わえずにいました。
すれ違う巡礼者同士で「Buen Camimo!(よい巡礼の旅を)」と
祈り合う文化があるので、
そういった小さなコミュニケーションは沢山あります。
(それはそれで、素晴らしい経験です)
でも、思うように挨拶以上の声をかけられない自分がいたり。
仲間と楽しそうに過ごしている人たちを羨ましく思いながら、
ひとり孤独に歩いたり、ご飯を食べた日もありました。
そんな自分は周りからどう見られているんだろう、
と勝手に恥ずかしさも感じていました。
みんなに好かれたい、みんなと仲良くなりたい。
そんな気持ちがどこかにあって、
そうあれない自分にずっと苦しさを抱えていた旅路でした。
(それは、自分の人生でいつも感じている、苦しさにも通じていました)
***
でも、その中でも大切な出会いは沢山ありました。
そして、本当に大切な人とは、また必ず巡り合える、ということも
カミーノマジックが教えてくれました。
初日に孤独いっぱいで歩いていた時、
突然大きな木の実が私の頭上に落ちてきて、
そこから仲良くなったスペイン人の3人組。
その後すぐに出会った中国人と韓国人の二人。
カミーノの旅路を一緒に乗り越え、人生のことを沢山語り合いました。
ライフステージの変化が大きい女性ならではの人生の悩み、
海外で生きるマイノリティとしての葛藤などを
初対面でも深く話せるのがカミーノならでは。

学校行事で歩いていた台湾の中学生たちもいました。
未来への希望、不安を抱えながらも
外の目にとらわれずに、純粋に今を見つめる
彼らから沢山のことを教えてもらいました。

その他にも、何度も宿が一緒になったスペイン人の子や、
毎日どこかで必ずすれ違うから顔見知りになった方、
唯一お会いした日本人である、76歳のおじいちゃんと二人のお孫さん。
振り返ってみると、素敵な出会いに沢山恵まれていたのに、
何をそんなに焦っていたのだろう…とすら思います。
数ではなく「出会う人」や「大切な人」を本当に大切にできる人であろう。
相手からの見返りを求める前に「良い"気"を与えられる人」であろう。
そうやって「人間関係」の苦しさを手放す覚悟を持ち、
大切にしたい在り方を見つけられたのが変化のひとつでした。
◆わかりやすい結果を出すことが「自分の価値」ではない
私が不在であることを一応は理解していたらしい1歳の子どもたち。
でもさすがに、3日目にもなると「ママが帰ってこない」ことを
不安に思い始めたようで
「娘が夜中じゅう、ママーーって泣き叫んでいてどうしよう…」
「1日中ママのパジャマを握りしめているよ…」
という主人からのLINE&写真を見て、大号泣でした。

ちょうど旅も中盤に差し掛かったころ、自分に大きな変化を
感じられていなかった(生み出せていなかった)わたしは
「こんなに寂しい想いをさせてまで、私は何をしているんだろう」
「最終日までに何か得ることができるんだろうか」
と焦りを感じて、帰ろうか本気で悩みました。
でも歩かないと空港がある大聖堂の場所までたどり着けません。
一番の難所、30kmの道のりを(色んな覚悟をもって笑)歩き始めます。
***
そうすると、1・2日目のやや寂しい風景とは違って
綺麗な道のりが広がっていて、とても感動しました。
いつもは見られなかった朝陽が昇る瞬間も見ることができました。
さらに、上述の中学生と一緒に歩いている時に
「この旅はどう?何か変化があった?」と聞くと
「とにかく足が痛い…思い出はこの辛さと綺麗な景色だけ!」
とヤレヤレ…みたいな表情で話してくれて(笑)
わかりやすい成果を出すことだけが自分の価値だと思っている
自分に気が付くことができました。

幼い子どもを置いて、パパにも色々調整してもらって、
誰に頼まれるわけでもなくただ歩き続けている私は
必ず何か結果を残さないと!と焦っていました。
でも、ここまでの数日間、ずっとしんどかったんです。
頑張らないと!何か変化しないと!何かを得ないと!って。
ただでさえ身体もハードなのに、心もしんどすぎて
もう無理!!!と全身が叫んでいました。
別に何か得なくても、
目の前の美しい景色や、しんどいと叫ぶからだの声や
何なら、カミーノ歩いちゃった!っていうこの事実だけで十分
なんじゃないか。
この日にそう思えてからは、ものすごく心身が軽くなりました。
これは、ドイツに来てから感じていた
「帯同パートナー」としての苦しさとも似ていました。
主人の収入に頼って生きていて、色々挑戦しているけれど、
思うようにできないことにずっと焦りを感じていて。
やりたいことをやっていても、何かを生み出せているわけではない…と
心のどこかで思っている自分もいました。
でも「分かりやすい成果」で自分の価値をはかることこそ
究極の「他人軸」であると、この気づきに教えてもらいました。
9月は自分が心からやりたいことを色々チャレンジしたら
ものすごく充実していて、未来に向けたワクワクの芽も出始めてきました🌱
◆「期待」と「希望」は似て非なるもの
そして、一番の大きな気付きがこれでした。
私はずっと自分の人生に「不完全燃焼感」や
「いつまでも納得できない感じ」を持っていたと思います。
それは、私が、自分にも、周りにも、物事にも、
ずっと「期待」をもって生きていたからなのではないか?
ということを歩きながら感じました。
例えば今回のカミーノでいうと
「カミーノを歩けば人生が変わるはずだ(物事への期待)」
「カミーノを歩けば、私は殻を破ってコミュニケーションできるはずだ(自分への期待)」
「そんな自分であれば、周りも仲良くしてくれるはずだ(他人への期待)」
このように期待は、「望む結果」が起こる前提であり、
結果で損得勘定をしようとするのが私の「期待を持つ生き方」です。
起こる前提であるから、実は自分は受け身です。
しかも、私の思考のクセとして、
「期待値」を低く見積もる傾向にあり(がっかりしたくないから)
減点方式でどんどんマイナスにしていく節がありました(完璧主義)。
これが、色んなことへの「こんなもんか」という不満足感や、
叶わなかった時の「がっかり感」。
いつまでもたっても自分のことを認められない、
一生終わらない山登りをしているような状況を
生み出しているのかもしれない、と感じました。
だからカミーノを歩いている間、とにかく苦しかったんです。
***
でも、「希望」をもつことは、結果で良し悪しを判断することではない。
もちろん、こうなってほしいと思うことは「理想」として描きますが
結果がどうあるかはあくまで委ねつつ、それを叶えるために
自分が能動的に動くことが「希望を持つ生き方」だと思いました。
(ああーー!うまく伝わるでしょうか!)
日本語だと「カミーノを歩けば人生が変わるはずだ」という言葉は
「期待」とも「希望」ともとれるのですが、
ハイコンテクストな英語に置き換えてみると
「expect」か「hope」かで全くニュアンスが異なるんですよね。
この微妙だけれど、人生の満足感を左右する大きな在り方の違いに
気が付けたことはものすごく大きかったです。
ありのままを受け取りつつ、期待を持たずにたどり着いた
サンティアゴ・デ・コンポステーラ(大聖堂)では
わーっと高揚するでもなく、かといってがっかりすることもなく。
ただ、ここに来られてよかった、という安堵の気持ちや
自分であることに深く満たされる感覚を味わいました。

そしてこの地で、道中で出会った人たちと再会して(逆にできない方も…)
人とのご縁に深く感謝するのでした。
この頃には「早く子どもに会いたい!」と心から思えていました。
はあ、いい旅だった。
④…と、ここで終わらないのがカミーノ
ここまでのストーリーだと
「行ってよかったね!」という美談で終われそうなのですが…
最終日、ミサに参列し、巡礼証明書を受け取り、
みんなと乾杯もして、ルンルンで宿に戻った瞬間に
全身に(おでこからつま先まで…)発疹が広がり始めました。
しかも、死ぬほどかゆい。
タイミング的に蕁麻疹だと思っていたのですが、
あまりにひどいのでドイツで皮膚科にかけこんだところ
「虫刺されです」と診断されました…
そう、トコジラミ(南京虫)の被害にあっていたのです…涙

しかも家に持ち込んでいる可能性があり(バックパックに痕跡が…😱)
さすがに旦那にも「勘弁してよ!」と言われ…
家族に何かあったら…とものすごく落ち込みました。
(あまりにかゆくて、痛くて、繁殖が不安で、3日間ほぼ寝られませんでした)
それからカミーノのことを誰かに積極的に話せなくなりました。
そんな時、主人が会社でドイツ人の同僚に愚痴ったところ
ひとりがこんな言葉をくれたそうです。
「確かに災難だったけれど、せっかく奥さんが決断して
素晴らしい経験をしたのに、このことで罪悪感や後悔を感じて
全てゼロにしてしまってはもったいない。
そう伝えてほしいし、あなたもそう感じさせないように接してあげてね」
晩御飯を食べながら聞いた時には、大号泣😭
そして、
私は、この旅を「美しい成功体験」にすることを
自分でも無意識のうちに、でも意識的に望んでいた。
と思いました。
今回も、自分でも大きなチャレンジをしたし、
周りにも沢山協力や応援をしてもらったし
だからこそ「成功体験」として終わりたかった。
それができなくて、家族にも「勘弁してよ」と言われて、
しばらく不安の中過ごさなくてはいけなくて。
そんな自分が恥ずかしかったんです。
でも、ほんの数ミリの生き物に、
こんなに大切な経験を台無しにされてはもったいない。
「失敗」や「苦い経験」も思い出にして、
自分やこれからカミーノを歩く人に
気を付けてもらうきっかけにしたらいいじゃないか。
それよりもっと大きなものを
カミーノで得たことを、忘れてはいけないよ、と。
一生忘れられないほどの痒さと共に心に刻んだのでした。
きっと皆さんは私がやっと気づいた人生の本質を
とっくに体現されている方ばかりだと思いますが…
カミーノは、その人が欲しいものではなく、
必要なことを与えてくれる、と言われています。
なので、同じ道を歩いても、似た経験をしても
受け取るものが全く違うんです。
(先日のシェア会でもこのことを身に染みて感じました)
興味を持ってくださった方、いま人生の転機かも…という方、
ぜひ!騙されたと思って!歩いてみて欲しいです✨
どんなステージの方でも、その時に必要な気づきが必ずあると思います。
私もまだまだぶつかることも多いですが、
どんな時もカミーノのように、あるがままを受け止めて、
歩みを止めないことを大切にしたいと思います。
たぶんまた近いうちに言っている気がする。
"Buen Camino!!!"
読んでくださってありがとうございました✨
