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時には 自分の心の声を、の巻っ! 



2026.07.14



♪ 今日も1980年の日記を読み返していました。

 あの時、単なる疲労や眠気の他に、

 当時の東欧事情(ニホンゴであっても、何を書いているのか? 
 何を考えているのか? を、何らかの方法で調べられる可能性?)
 を考慮し、

 日記の中に、あえて書かなかった文字、言葉もあります。


 

  ♪ それなのに、書いていなかったはずの光景が、

   不思議なくらい鮮やかによみがえります。


   人は文字よりも、光や匂い、その時の
   空気を記憶しているのかもしれませんね。



♪  このNote で、このように 大昔 40数年前の 旧東欧のことを
  書き続けていますが、

  読み返しながら、蘇ってくる さまざまな光景、
  ひとと交わした 会話(何語であっても)
  
  この記憶、経験は 私の 波乱万丈な人生で、

  二度と得られない 貴重な 宝物
💎 だな・・と感じています。

♪  フォローしてくださり、
  
   タイムスリップして  私と一緒に、

   旅してくださる みなさまに 心から感謝しています。

♪  今、日本は真夏に向かっていますが、記事は年末年始、一番寒い季節に向かっていること、お許しくださいね^^;)


♪ 12月1日(1980年)に Budapest、大雪の日に

  当時緊迫していたという、ポーランドー旧ソ連情勢を

  囁くように 私に教えてくださった 商社の I さん。




  この留学中、ハンガリーに入国した直後から、

  実際にお会いできた回数は少ないものの、

  心の底から、当時 ハンガリー(ほぼBudapest)に

  在留届けを出して 勉強していた私を

  励まし、支えてくださっていたのだな・・・




  あの記事を書き、まだお若かった(私より おそらく10歳年上)

  仕事に忙殺されていた I さんの消息が 
  気になって気になって・・・

 ♪ 私と その商社の縁を 作ってくれたのは、
  仕事関連で お付き合いのあった 実父。

  けれど 私の両親は とうに天の上の人になり、

  その大手商社自体は 存在していますが、

  接点がなくなりました。

  ↑ I さんと 一番 重大な話をした Budapestの一日。




♪  どうしようか・・と AIさんにも相談し、

   大手商社なら 定年退職後に 「社友会」 というところに
   お名前登録している方が多いはず。

   そこの事務局宛てに、個人情報開示等、非常に厳しいのは
   承知の上で・・・と 父の名前、商社と父とのかかわり、
         I さんの 前任者の方、父が懇意にしていた方たちと、

   留学が決まった時に、都内で会食の席を 父が設けて
   お話したこと、など を書き、

   ダメ元で 事務局に速達を出しました。

 ♪  驚いたことに、メールではなく、私が書いた 携帯電話宛に

   若い事務局の女性から 電話をいただきました。

   もちろん彼女は 詳細は お話できないですが、と前置きしつつも、 
   コロナ禍になり、海外(別の赴任を経て、
          ハンガリーに戻られていたそう) から、日本に帰国。

   残念ながら、2024年に 日本国内で逝去された、と伺いました。

♪  事務局の女性に I さんに 感謝の気持ちをこめて、
   手を合わせ続けます、とお礼を述べて 電話を切りました。


♪ 私は I さんのご家族には 現地で 2度ほど(日本人会など)お会いしましたが、 名刺をいただいたはずなのに、手元にもなく、

 都内の実家は 母の遺言で 既に存在しないので、
 I さんの お名前(姓はわかるけど)も 忘れてしまっていました。

♪ けれど、事務局の女性が ちらっと教えてくださったことをヒントに

 ハンガリーの情報を 色々調べていたら・・・

 彼自身が まだお元気な時に、現地の方たちの 日本人コミュニティ宛に
 投稿している記事をみつけ、かなり詳しいことがわかりました。




♪  私は 音楽留学で 1年弱を過ごしましたが、帰国直後は
  手紙でやり取りしていたものの、その後 疎遠になり・・

  おそらく数年後には 私のことは 
      もうお忘れになっていたのではない かな?とも思います。

   私も 天の上にいった時、万が一、両親つながりで、
 再び I さんにお会いできたら、今度は 私の方から

 「Iさん、お食事しましょう!」 と声をかけてみたいです^^



  東京に戻って、次年度の奨学金(所長が推薦状を書いてくださったので、 政府奨学金)に 応募しようと思っていましたが、ネットのない時代、

 帰国したら、 奨学金応募の締め切り日が 前年度から 1ヶ月も

 前倒しになっていて、もう締め切りを過ぎており・・・(涙)



 両親との約束で、次年度 もう一度 別な奨学金(政府しか選択肢はありませんでしたが)が 万一 いただけたら 翌年9月から もう1年 
ハンガリーに勉強に戻る。 

奨学金がとれなかったら 日本に留まり
仕事をする・・・ ということにしていました。

 ハンガリーの I さんにも、もし 私が戻れない場合は、

 申し訳ないけれど、この ひと箱だけ、東京の実家に
 送り返していただきたい・・・と お願いし、
 実際 その通りになりました。

 I さんも 70代で天の上へ・・・。




 今、この ハンガリー留学日記を書きながら、

 天の上から、両親も I さんにも 見守られているかな・・

 そんなことを思ったりしています。

 いよいよ イタリア旅編 を書き始めています。

 また 投稿しますので、

 よろしければ、今後とも お付き合いいただきたく・・・

 感謝をこめて。   どらみ 拝
💗

母亡き後、私は 少し大きなカメラを持つようになり、
 花写真を撮るのが とても好きなのです。^^
💐


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