自分の人生を他人に委ねているうちは、傷つかずに済むのかもしれない
「あの人はいいな」
「羨ましい」
「私には、そんなことは無理」
そんな脳内対話が、私の中で何度も繰り返されていたのは、数年前のことでした。
職場の同僚が羨ましい。
友人が羨ましい。
起業している人が羨ましい。
でも、だからといって、自分が何かできる気がしない。
その気持ちの裏側には、
「だって」
「どうせ」
「私にはできない」
そんな言い訳が、いつも待ち構えていたように思います。
他人を羨ましく思うと同時に、自分を卑下してしまう。
そして、やろうとしない自分、できない自分に、さらにげんなりしてしまう。
そんなことはないでしょうか。
でも実は、その行為そのものが、自分を傷つけずに済ませるための防衛反応になっていることに、私たちは気づいていないのかもしれません。
自分を守ることは、果たして本当に自分を幸せにしているのでしょうか。
私の自己紹介はこちらから↓
1.決めない方が、傷つかずに済む
自分で何かを決めて進む人生よりも、行動できない理由を誰かや何かのせいにしている方が、ずっと楽なことがあります。
例えば、
本当は転職したいと言いながら、転職活動ができずにいる
「だって、今はそのタイミングではないから」と言い続け、気づけば何年も経過している資格の勉強を始めると言いながら、勉強時間を確保できずに毎年不合格になる
「だって、職場の飲み会が多くて、なかなか勉強できないから」と理由を並べてしまうダイエットを始めようと思っても、誘惑が多くて結局同じ体重のままでいる
「だって、家族が美味しいものを食べるから」と、自分以外のせいにしてしまう
言い訳ができるうちは、実はその望みは、本当に手に入れたいものではないのかもしれません。
「決める」ということには、覚悟が伴います。
だからこそ、その覚悟が決まらないまま、
「ああなりたい」
という憧れを持ちながらも、行動できずにいるのではないでしょうか。
そして、「決めない」という行為には、新しいことに挑戦する怖さも、何かを手放す覚悟もありません。
だから、失敗することも、傷つくことも、そもそも起こりにくいのです。
その安堵感があるからこそ、私たちは無意識のうちに「決めないこと」を選んでいるのかもしれません。
2.自分の意思で決めて一歩を踏み出すとき、見える景色が広がる
一方で、自分の意思で何かを決めて一歩を踏み出すと、見える景色は少しずつ変わっていきます。
もちろん、決めたからといって、すぐにうまくいくわけではありません。
転職活動を始めても、思うような求人に出会えないかもしれない。
資格の勉強を始めても、最初はなかなか成果が出ないかもしれない。
ダイエットを始めても、すぐに体重が変わらないかもしれない。
それでも、自分で決めて動き始めた瞬間から、少なくとも人生の人生を自分で動かしている感覚をつかめるはずです。
その感覚は、もしかすると初めての感覚の人もいれば、懐かしい感覚の人もいるかもしれません。
いずれにせよ、誰かのせいにして立ち止まるのではなく、自分で選び、自分で試し、自分で修正していく。
その繰り返しの中で、少しずつ自分への信頼が育っていくのだと思います。
「あの人はいいな」と思う気持ちは、悪いものではありません。
むしろ、それは自分の中にある願望を教えてくれるサインかもしれません。
だからこそ、羨ましいと思ったときには、ただ眺めて終わるのではなく、
「私は本当は何が欲しいのだろう」
「私はどんな自分になりたいのだろう」
「今の私にできる小さな一歩は何だろう」
と、自分に問いかけてみる。
その小さな問いが、自分の人生を他人に委ねるのではなく、自分で引き受けるための最初の一歩になるのだと思います。
そんな最初の一歩を一緒に踏み出してみませんか?
最後までお読みいただきありがとうございました。スキで応援いただけると励みになります。
