止まる条件がない〜地震の夜に回った装置〜
7月28日午後4時27分、熊本県でマグニチュード7.1、最大震度7。宇城市と氷川町で観測された。福岡県内でも柳川市と大川市で震度5弱。この地震は「令和8年熊本地震」と命名され、30日までに県内で30人を超える死者が確認されている。八代市の工場やイオンモール熊本でも人が亡くなった。
同じ28日の午後6時、北九州市のJR小倉駅前のホテルで、政治資金パーティーが始まった。
開いたのは、自民党福岡県議団の松尾統章会長である。金銭授受疑惑で、吉松源昭県議から「お車代」50万円を受け取ったと名指しされている議員の一人。疑惑は全面否定している。
二度の分かれ目
中止を考える場面は、二度あった。
パーティーの開催が決まったのは3〜4か月前。吉松氏が金銭授受を証言したのは7月上旬である。松尾氏はその後、中止すべきかどうかを後援会幹部や知人に相談している。問題を自分の口で支援者に説明すべきだ、という意見を受けて、開催を決めたという。
相談した相手は、後援会の幹部と知人だった。会派ではない。議会でもない。判断は支援者との関係の中で完結していて、疑惑を抱える会派の中で議論された形跡は、少なくとも報じられた範囲には出てこない。
一度目の分かれ目は、地震ではなく疑惑だった。検討したうえで、開くことを選んでいる。
二度目が28日の午後4時27分。松尾氏はこう説明する。既に参加者が集まっており、地震後に中止するのは現実的には無理だった。情報が限られる中、これだけの被害になるという想像も全く出来ていなかった、と。
一度目は選んだ。二度目は選べなかったと述べている。
説明の場として
開催の理由は、一連の問題について支援者らに自分の声で説明するため、というものだった。
初回で、金が戻る仕組みを書いた。私財を立て替えてポストを得て、議長就任を祝う政治資金パーティーの収入で回収する。吉松氏が幹部から言われたという殺し文句は、就任祝賀会で戻って来る、だった。県職員の互助団体である部課長会が、給料から天引きされる会費でパー券を買っていた問題も、別に発覚している。
政治資金パーティーは、この疑惑の中心にある形式である。
政治資金規正法上、パーティーは対価を伴う催しとして扱われ、寄附とは別の枠にある。券の購入者名が収支報告書に載るのは、同一の相手から20万円を超えて集めた場合だけだ。集めた金には対価としての中身、つまり催し物が要る。飲食や講演や余興が付くのは、制度の要請でもある。説明と集金が一つの催しになる形は、法がそう作ってあるからでもある。
その形式を使って、疑惑が説明された。支援者に語る場と、金を集める場が、一つの催しとして設計されている。分離されていないから、説明しようとすれば集金が伴う。逆に言えば、集金の予定がなければ、五百人を前に語る機会も用意されていない。
主催は後援会である。疑惑の中心にある議長就任祝賀パーティーとは、主催者も目的も違う。同じ「政治資金パーティー」という語で括られていても、就任を祝う催しと、恒例の県政報告会は別のものだ。ここを混ぜると、環そのものが回ったという話になってしまう。回ったのは、同じ形式の別の催しだった。
松尾氏は、多くの方々の生の声をお聞きでき、正直やって良かったと思っている、と述べた。県議団会長の職を辞す考えについては、今のところはない、と否定している。松尾氏は自身のSNSで、熊本地震で被災した人々への見舞いと、被災地の一日も早い復旧・復興を祈る旨を記したうえで、開催の経緯を説明した。
服部誠太郎知事は、こういう時に飲食を伴う会合を開くことは不適切ではないか、と批判した。第三者委員会の設置を決めた執行部の長が、議会側の会派の会長を批判する形である。以前の回で、議会と執行部の境界が認定の可否を決めていると書いた。批判の向きも、同じ境界を跨いでいる。
一万五千円と芸人
会費は1人1万5000円。参加者は500〜600人。県政報告と、アルコールを含む飲食付きの意見交換会という2部構成で、パーティー券には「ビアパーティ」と記されていた。お笑い芸人による余興があった。
読売新聞の報道では、パーティー券の相場は議長2万円、副議長1万円とされる。吉松氏の説明でも、県職員が買っていた議長就任祝賀パーティーの券は1人2万円だった。金額の水準が近い。同じ形式の催しが、県内で相場を持って流通していることになる。
会費に人数を掛ければ、規模の見当はつく。実際の収支は、収支報告書を待つほかない。
かつて、燃えるのは事実の重大さではなく事実の粒度だと整理した。総額2億8500万円は燃えず、ワイン農場見学2394万円が燃えた。料亭の花代96,600円が燃えたのも同じ理由だった。
今回、採点可能な粒度に落ちているのは金額ではない。芸人という一語である。会費1万5000円が高いか安いかは、判断に前提が要る。震度7の夜に余興があったかどうかは、前提が要らない。
読売の取材に対し、松尾氏は余興について振り返れば不適切だったと陳謝している。開催そのものについては、批判は真摯に受け止めるとしながら、やって良かったと述べた。謝ったのは演出で、判断ではない。何を過ちと認め、何を認めないかの線が、そこに引かれている。
そして彼が謝った箇所と、燃える箇所が一致している。
前日に届いた意見書
27日、自民党県議団40人のうち、当選1回から3回の議員19人が、幹部に対して日弁連指針に基づく第三者委員会の設置検討を要望した。会派のほぼ半数である。
2期生8人がまとめた意見書は、松尾会長宛てで、秋田章二幹事長に手渡された。内容は、第三者委設置の検討、会派としての統一見解を出すこと、そして正副議長経験者が調査期間中も役職を続けるかどうかの検討。
要望した19人は、いずれも当選3回以下だ。福岡県議会の議長は、当選4回の4期生以降が1年交代で務めることが多く、レースは2期目あたりから始まるとされる。19人は、その手前にいる。まだ汗をかく側に入っていない層が、汗をかいた側の調査方法に注文をつけた形になる。
意見書の宛先が、翌日にパーティーを開いた。
以前の回で、2020年6月のゴルフ旅行の日程表を読んだ。「蔵内会」と題された名簿に、九人の名前が役職付きで並んでいた。そのうちの一人が松尾(県連幹事長)で、もう一人が秋田である。名簿の中で、意見書が渡されている。
止める設計
この装置には、止める工程が入っていない。
議長は1年交代で、毎年誰かが就く。就任すれば祝賀パーティーが開かれ、券が売れ、立て替えが回収される。一巡すると、次の年の議長が同じ環に入る。回り続けることを前提に組まれていて、どこで止まるかが決められていない。
松尾氏は2013年、第63代福岡県議会議長を務めている。1年交代の環を、既に一巡した側だ。
今回のパーティーも同じ性質を持っている。夏場の恒例行事として、毎年開かれてきた。3〜4か月前に日程が決まり、券が配られ、受付が始まる。始まってしまえば、止める判断は現実的ではなくなる。松尾氏が二度目の分かれ目で述べたのは、そういうことだった。
中止の理由は、三つ揃っていた。疑惑の渦中であること。前日に会派の半数から調査の見直しを求められたこと。そして震度7である。どれか一つでも中止の根拠になりえたのに、三つ揃っても作動した。
止まらなかったのではない。止める条件が、どこにも設定されていない。
県連内部からは、県議団の会長として中止にすべきだった、余興が必要だったのか、という声が上がっていたと報じられている。中止という選択肢は、後から出てきた話ではなく、当日その場に存在していた。
7月28日午後4時27分、熊本で震度7。午後6時、小倉駅前のホテルで開会。会費1万5000円、500人以上。県政報告と、飲食を伴う意見交換会の2部構成。余興に、お笑い芸人。
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