フェルメール展?私はゴッホ展 #223
大阪中之島美術館で開催中のフェルメール展が「すごい」という噂。
「すごい」とは?
チケットは取れているが、日時指定がまだ先なのでのんびりしていたら、初日はえらい混雑だったらしい。
混みぶりや待ち時間をXにあげている人がいて、すでに戦々恐々。
そういう「すごい」である。
21日に始まったばかりなので、今後はオペレーションも改善されるだろう。
それを願っている。
切に。
そういう私は、同じく大阪で開催中の「ゴッホの跳ね橋と印象派の画家たち ヴァルラフ=リヒャルツ美術館所蔵」に行ってきた。
フェルメール展ほどではないにしろ、会期後半なのでこちらもそこそこの人出であった。
ゴッホの「跳ね橋」をはじめ、「42名の巨匠たちによる70点の作品」とのことで、印象派に関連した巨匠ってそんなに多かったんや、とまず驚いた。
作品は系統だって並べられており、鑑賞しやすい。
ただ、はじめの部屋とゴッホなどの有名画家の作品は人だかりである。
写真も一部を除いて撮れる。


いや、はじめの部屋が一番混んでいたと言ってもいいかもしれない。
どうして、観る「順番」にそこまでこだわるのか。
作品No.1から観ることに拘るのは、日本人の性なんだろうか。
自然と長い列を作ってそれに加わる方々。
どの展示室から見ても良いって大きく書いてあるのに、なんだか勿体無いなと思う。
私は空いている展示室や作品から観るようにして、気に入った作品には何度か足を運んだ。
そのため逆走もするし、展示室を行き来する。
初めから順番に鑑賞せずとも十分に楽しめた。
運営側では、どの展示からでも鑑賞できることをアピールすることで混雑を緩和したかったのだろう。
しかし、今までの経験上、それでも日本人はNo.1から並んで観ようとしますよ。
現にしていましたよ。
どの展覧会でも混雑緩和は大問題だろう。
だからフェルメール展のように日時指定もあるのだろうし。
それでも「すごい」ってどういうことだ、フェルメール。
家族が面白い案を言っていた。
入口から入るグループと出口から入るグループに分ければ?と。
確かに入口自体を分散させるくらいしか、我々日本人の順番信仰に対抗できる策はないのかも。
まあ、それくらいどこの美術館も考えているだろうけど。
そんなこんなで、また作品と人間観察に夢中になってしまった1日であった。
来週も展覧会に行く予定。
どうか暑さが和らぎますように。
