リアルで「ミニマリスト」に出会ったことはある?ネットと現実のギャップ
SNSなどを見ていると、世の中の半分くらいはミニマリストなのではないかという錯覚に陥ることがある。しかし、よくよく考えてみると、私が現実世界で「本物のミニマリスト」に出会ったのは、今のところたった一人だけだ。今回は、ネットとリアルにおけるミニマリズムのギャップについて語ってみる。
SNSのアルゴリズムが生んだ「ミニマリストだらけ」の錯覚
SNSをはじめネットの世界を日常的に見ていると、世の中にはミニマリストが溢れかえっているように感じる。
「ゴミ箱を手放しました」「ソファは不要です」「服は年間10着で着回します」といった発信が次々とタイムラインに流れてくるため、無意識のうちに「世の中の半分くらいの人は、こういう身軽な暮らしをしているのではないか」と錯覚してしまうのだ。
しかし、それは単にアルゴリズムが私の興味関心に合わせて、似たような発信者ばかりをおすすめしてきているに過ぎない。現実世界を見渡してみると、状況は全く異なるのである。
家庭内が快適だからこそ気づかなかった「マイノリティ」
なぜ私がそのギャップに気づきにくかったかというと、私の夫も同じような「ミニマリスト思考」の持ち主だからだ。
我が家では、ゴミ箱を持たないことも、所有物を極力減らすことも、引っ越しで過剰な梱包をしないことも「当たり前の基準」として共有されている。生活の基盤である家庭内で自分の思考が否定されることがないため、自分が世間一般から見てかなりマイノリティな存在であるという事実を、すっかり忘れて暮らしていたのだ。
友人との会話で、ミニマリズムの話が通じたことはない
しかし、一歩家の外に出ると、ミニマリズムをリアルに実行している人は本当に少ないという現実を思い知らされる。
思い返せば、友人や知人との会話の中で、ミニマリズムに関する話題が「通じた」ことは今まで一度もない。
モノを持たない心地よさや、執着を手放すことの精神的な軽やかさについて話してみても、「へえ、すごいね」「私には無理だな」「不便じゃないの?」という反応が返ってくるのがオチである。良い悪いの話ではなく、単に価値観が違うだけなのだが、家の外で深く共感し合える相手は皆無に等しかった。
職場で出会った、たった一人の「リアル・ミニマリスト」
そんな中、私がこれまでの人生で唯一、現実世界で出会った「リアル・ミニマリスト」がいる。それは、会社で出会ったTさんただ一人だ。
Tさんとの会話は、純粋に、そして圧倒的におもしろかった。 今まで家の外では誰にも理解されなかった感覚を、当たり前のように理解してくれた。「執着を手放すと楽ですよね」と深く共感し合える喜び。そして、自分とは違う視点からの新たな「ミニマリズムの気づき」を与えてくれる刺激。
ネット上の情報ではなく、生身の人間とリアルな温度感でミニマリズムについて語り合うことが、これほどまでに楽しく、満たされるものだとは知らなかった。マイノリティである自分を家の外で肯定してもらえたような、とても不思議で温かい体験だった。
