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スマホが死んで、俺の昼飯が生き返った

突然だが、俺はローソンの常連だった。


常連というレベルじゃない。ほぼ住んでいた。


ローソン、セブン、ファミマ。近所の3軒をローテーションして、全部飽きたら少し遠いミニストップまで足を伸ばす。それで「今日はアドベンチャーだ」と本気で思っていた。行動範囲が半径200メートルの男の冒険がそれだ。情けない。


でも当時の俺にとって、コンビニは単なる飯屋じゃなかった。


仕事でボコボコにされた午後12時15分。「さて行くか」と立ち上がる、その3秒だけが、一日の中で唯一"生きてる感"があった。おにぎり2個、からあげくん、微糖コーヒー。これが俺のメンタルヘルスケアだった。保険適用外の。


だから「コンビニやめよう」なんて、これっぽっちも思ったことがなかった。


すべてが変わったのは、最悪のタイミングで起きた最高のアクシデントのせいだ。




スマホが死んだ。財布もない。俺も死んだ。


2023年の秋。


いつも通りコンビニへ向かい、いつも通りレジに並んで、いつも通りスマホを出した。


画面を見たら——バッテリー残量2%。


「あ」


その一文字を頭の中でつぶやいた瞬間、スマホの画面が真っ暗になった。


財布は家。カードも家。現金ゼロ。スマホ、逝った。


やっちまった。


静かにレジを離れ、コンビニの外に出て、しばらくぼーっと立っていた。腹は減っている。でも何も買えない。近くの自販機でなんとかしようとしたが小銭もない。会社に戻っても、財布を取りに帰る時間もない。


完全に詰んだ。


「これが都会のジャングルか」と思いながら席に戻って、なんとか生き延びようと机の引き出しをひっくり返した。出てきたのは、くしゃくしゃのレシートと、3ヶ月前に誰かにもらって完全に忘れていた非常食のアルファ化米だった。


フレーバー:五目ご飯。お湯を入れて15分待つやつ。


正直なめていた。「どうせ段ボールみたいな味がするんだろ」と思っていた。15分待ちながら「俺の人生もこんなもんか」とじっとりした気持ちになっていた。


でも食べてみたら——


マジか。普通においしい。


箸が止まらなかった。いや、正確には割り箸を持っていなかったのでスプーンだったが、スプーンが止まらなかった。


「……これ、アリじゃないか?」


この日の昼飯体験が、5年間の惰性をぶっ壊す最初の一撃になった。




明細を開いたら、知らない自分がいた


その夜、なんとなくカードの明細を遡ってみた。


コンビニの支払いだけを全部拾い上げていったら——


月平均、2万3000円。


「……は?」


声に出た。部屋に俺しかいないのに「は?」と言った。


1回700〜900円のつもりでいたが、昼だけじゃなかった。夜も週2〜3回寄っていた。栄養ドリンク、アイス、ちょっとしたお菓子。バラバラで小さいから気づかなかっただけで、全部かき集めたら月に2万3000円消えていた。


年間で27万円。


やっちまった。


27万円。旅行に行けた。ちょっといいもの買えた。何かに投資できた。それが「なんとなく」の習慣に、跡形もなく溶けていた。しかも何も記憶に残っていない。27万円分、何を食べて、何を感じたか、まったく思い出せない。


食事じゃなくて、ただの給油だった。


人間なのに5年間、給油だけしていた。


少し泣きそうになった。いや、泣いた。部屋で一人でちょっとだけ泣いた。情けない話だが本当のことだから書く。




「よし自炊だ!」→3日で終わった


翌日、俺はスーパーへ行った。


やる気に満ちていた。鼻歌が出そうだった。「これからは自炊男子だ」という謎の高揚感があった。


胸肉、ブロッコリー、卵、玉ねぎ、にんじん。カゴにじゃんじゃん入れた。「俺、変わったな」と思いながらレジを通った。


月曜日。

気合いを入れてチキンソテーを作った。うまかった。洗い物に30分かかった。


火曜日。

昨日の残りを解凍して食べた。まあよかった。鍋を洗った。疲れた。


水曜日。

鍋が……洗えていなかった。疲れていた。「今日だけ」と思ってコンビニへ行った。


やっちまった。


からあげくんを食べながら「俺、変わってないな」と思った。


でも後から気づいたんだが、これは俺の意志が弱いんじゃない。自炊という方法論が、俺の脳みそに向いていなかっただけだ。


「今日何作る?」「材料ある?」「冷蔵庫のアレ、まだ使える?」「いつ買い物行く?」


仕事で8時間ぶっ通しで判断し続けてきた脳に、帰宅後もフル稼働を求めるのは拷問だ。人権侵害レベルだ。俺の脳みそにも労働基準法を適用してほしかった。


自炊を3回試みて、3回沈没した。それでようやく「俺には向いてない」と気づいた。遠回りにもほどがある。




救いは、深夜のYouTubeにあった


コンビニはやめたい。自炊は続かない。


この詰み状態のまま数週間が経った。変えようとして変えられない、というじっとりした感覚がずっとあった。「俺って結局なんも変われないな」という、深夜3時に聞きたくないやつだ。


そんなある夜、惰性でYouTubeを眺めていたら、「作業ゼロで昼飯を解決する方法」という動画が流れてきた。


再生してみたら——内容が拍子抜けするほどシンプルだった。


夕飯を少し多めに作るか買う。それをそのまま翌日持っていく。以上。


「……マジか。それだけ?」


そうだった。それだけだった。


ポイントは「弁当を作る」という概念を頭から消すことだ。カレーが余ったら持っていく。スーパーの惣菜を買うなら翌日の昼の分まで入れておく。「昨日の続きを持参する」というだけの話。


やってみた。週3回スーパーに寄るとき、唐揚げ・切り干し大根・冷奴をついで買いして、翌日の弁当にする。


1食あたり400〜500円。コンビニの半額以下。


食べてみたら——


マジか。おいしい。


「なんだ、これでよかったのか」と思った。5年間のローソン通いは何だったんだ。ミニストップまで冒険した俺は何だったんだ。




午後2時に眠くならなかった日、俺は混乱した


お金の話より、こっちのほうが正直ビビった。


コンビニ飯をやめて2週間ほど経ったある日の午後2時。いつものように眠気が来るはずだった。


来なかった。


「……マジか?」


5年間、午後2〜3時は俺にとって「魔の時間帯」だった。猛烈な眠気に全身が支配されて、会議中に意識が飛びかけたことが何度もあった。「社会人ってみんなこんなもんだろ」と諦めていた。


でもその日、2時を過ぎても頭がクリアだった。3時になっても眠くなかった。


翌日も、その翌日も、同じだった。


調べてみたら答えはシンプルだった。おにぎり2個+からあげ+甘いコーヒーという俺の黄金コンビは、昼に血糖値を一気に爆上げしていた。で、2時間後に急降下する。その谷が午後2〜3時にぴったり一致していた。


5年間、俺は毎日自分で自分に眠気を投与し続けていた。


やっちまった、なんてもんじゃない。


「5年間、毎日午後を半分捨ててたってこと……?」


泣いた。今度はちゃんと泣いた。布団に顔を埋めてわりとガチで泣いた。取り返せない時間のことを思ったら、止まらなかった。


でも泣き終わって顔を上げたら、「明日の午後はクリアにできる」という気持ちだけが残った。それで十分だった。




数字にしたら、現実がえげつなかった


3ヶ月間、ちゃんと記録してみた。


【支出比較】


変える前:コンビニ支出 約23,000円

1ヶ月目:コンビニ 約9,000円 / 昼食費 約4,500円 / 削減額 ▲9,500円

2ヶ月目:コンビニ 約7,500円 / 昼食費 約4,000円 / 削減額 ▲11,500円

3ヶ月目:コンビニ 約6,000円 / 昼食費 約3,800円 / 削減額 ▲13,200円


3ヶ月で約34,000円。年間に直すと13〜14万円。


コンビニをゼロにしたわけじゃない。今でも月5〜6回は普通に寄る。疲れ果てた夜、どうしても面倒な朝、「今日だけ許してくれ」という日。そういうときのコンビニは、昔とは全然違う使い方になった。


「毎日行くから当然」が、「たまに行くから贅沢」に変わった。


先日ひさびさにセブンのサラダチキンを食べたら「マジか、うまい」となった。この感動、毎日通ってた頃には一度もなかった。




コンビニが奪っていたのは、金だけじゃなかった


ちょっと深い話をする。


コンビニは「便利さ」を売っているが、本質は「考えなくていい」という体験を売っている。何を食べるか考えなくていい。作らなくていい。選ばなくていい。その楽さは本物だ。


でも俺が気づいてしまったのは——その便利さの対価として、季節を失っていたということだ。


スーパーの惣菜コーナーをうろうろしていると、季節が見える。春には菜の花のおひたしが出る。夏になると冷やし中華まわりが並ぶ。「あ、もうそんな時期か」と感じる瞬間がある。


コンビニはそれがない。365日、同じ温度で、同じ明るさで、同じ顔をして待っている。便利だが、時間が流れない。


5年間、俺は昼飯の時間に「今」を感じたことが一度もなかった。


マジか、と思った。笑えない意味での。




結局、変えたのは昼飯じゃなかった


俺がやったことは、振り返るとシンプルだ。


コンビニ一択を疑った。自炊に固執しなかった。スーパー惣菜という第三の道を使った。変化を数字で見た。


それだけ。


財布を忘れた日のアクシデントがなければ、今日もからあげくんを食べながら午後2時に沈没していたと思う。スマホの充電が切れなければ、5年間が10年間になっていた可能性が十分ある。


あのときのスマホに言いたい。


「お前が死んでくれて、よかった。」




最後に


毎日コンビニ、という人に聞きたい。


一回だけ試してほしい。翌日の昼のために、スーパーで惣菜を少し多めに買って持っていく。それだけでいい。


うまいかどうかより、「あ、これで十分だったんだ」という感覚が来るはずだ。


その感覚が来たとき、何かが自分の手に戻ってくる。


俺みたいに5年かけなくていい。財布を忘れなくていい。スマホを死なせなくていい。


ただ、一回だけ疑ってみてほしい。




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