通常学級か特別支援学級か悩むときに──特別支援学級で成長する子ども
《読み始める前に》
「ボク、ホームラン打ったんだよ!」
うれしそうに報告してくれたB男さん。
実はこの子は、3年前、新1年生だった頃には、数字の「1」を書くことから一歩ずつ学習を始めた子でした。
わが子を通常学級にするか、特別支援学級にするか。
その選択を前に、迷う保護者は少なくないと思います。
けれど、いちばん大切なのは、周囲からどう見えるかではなく、**「今、この子がいちばん安心して学び、成長できる環境はどこか」**ということではないでしょうか。
特別支援学級では、実際にどんな授業が行われ、どのような配慮がなされているのか。
今回は、私が特別支援学級を担任していた頃の「ハンドベースボール」の授業を紹介します。
一人ひとりに合わせてルールや環境を少し工夫する。
すると、「できない」が「できた」に変わっていく。
そして、その小さな「できた」の積み重ねが、やがて通常学級での学びにもつながっていきました。
これは、そんな一人の子どもの成長記録です。
※私は、特別支援学級担任を10年、通常学級担任を約20年、特別支援学校担任を3年経験しています。
通算86号・発達凸凹編第3号『ADHD新1年生が、初めて数字を書いた日』に登場したB男さんが、本記事にも登場します。B男さんは、ADHDに加えてDCD(発達性協調運動症)という発達特性ももっています。
パパの子育て奮戦記:発達凸凹編第4号 「あったかい家族日記」第590号
通常学級の子どもたちと一緒に楽しめるように
運動会が終わり、体育では「ハンドベースボール」を指導することになりました。
私の願いは、担任しているB男さん(小4 ADHD)、マサヤさん(仮名、小5 ASD)が、やがて通常学級の子どもたちと一緒にハンドベースボールを楽しめるようになることです。
そのために、特別支援学級担任として、どんな手を打っておけばよいのか。
B男さんもマサヤさんも、特別支援学級での体育が週2時間、通常学級との交流体育が週1時間ありました。
まず私は、交流学年で行われるハンドベースボールのルールを事前に確認しました。
・フォアボールはなし。三振はあり
・スリーアウトでチェンジ
・フライやライナーを捕ればアウト
・リード、盗塁はなし
次に、使う道具も確認しました。
・コンニャクボールとプラスチックバット
・1塁、2塁、3塁、本塁のベース
当初は「ハンドベースボール」ということで手で打つ予定だったそうですが、子どもたちの希望でバットを使うことになったとのことでした。
できるだけ交流学級と同じルール、同じような道具で練習しておきたいところです。
そして私は、家から「野球盤ゲーム」を持っていきました。
長女アキコにクリスマスプレゼントとして買ったものです。
ゲームで遊びながら、野球のルールを覚えてもらおうと考えました。
幸い、B男さんもマサヤさんも野球盤ゲームに興味を示し、喜んで遊びました。
「先生、ボクってすごいでしょ」
そして、その週から特別支援学級での体育は「ハンドベースボール」になりました。
私がピッチャーです。
二人が打ちやすいボールを投げるためです。
まずB男さんが打ち、マサヤさんと私が守ります。
1アウトでチェンジ。
今度はマサヤさんが打ち、B男さんと私が守ります。
ベースは1塁だけ。
打ったら1塁を踏み、本塁まで戻ってくれば1点です。
フライを捕られたり、本塁へ戻るまでにタッチされたりすればアウトです。
私「ほら、いくよ~。えい!」
B男さんがバットを振ります。
センターオーバーのヒット!
センターを守っているのはマサヤさん一人です。
B男さん「やった!」
すばやく1塁を回り、本塁を踏みました。
B男さん「1点だ。先生、すごいでしょ、ボク!」
私「すごいね」
こんな調子で、1時間の中で3回攻撃し、B男さんはなんと10点。
大満足です。
何度も、
「先生、ボクってすごいでしょ」
と言っていました。
守備ではうまくいかなくても
今度はB男さんが守る番です。
マサヤさんが打席に立ちました。
私「ほら、いくよ~。えい!」
マサヤさんがバットを振ります。
センター前へのヒット。
センターにいるのはB男さんです。
マサヤさん「やった!」
すばやく1塁を回り、本塁へ向かいます。
B男さんがボールを投げました。
ストレートには届きませんが、4バウンドほどして、本塁にいる私のところまでやってきました。
B男さん「あ~」
遠くまで投げられない自分に、少しがっかりした様子でした。
私「いい感じだよ。ちゃんとホームにボールが来ているよ」
攻撃では、自分一人ですから、すぐに打順が回ってきます。
というより、いつも自分が打つ番です。
守備でも、自分でボールを追いかけ、本塁にいる私をめがけて送球します。
自然と運動量も多くなります。
私は二人が打ちやすいところへボールを投げます。
最初は「6振制」にして、5回まではストライクでもアウトにしませんでした。
そのため、二人ともバンバンヒットを打ちます。
たった3回の攻撃で、
B男さんは10点。
マサヤさんは7点。
二人とも汗びっしょりでした。
B男さんは言いました。
「守りはちょっとだけど、ボクって天才打者。すごいでしょ」
二人とも、とても満足そうでした。
「特別な配慮」で、楽しみながら力をつける
少人数で、その子に合わせた配慮ができる特別支援学級なら、打順が何度も回ってきます。
しかも、打ちやすいところへボールが来ます。
だから、よく打てます。
「打てた」という経験が増えれば、楽しくなります。
そして練習量も増えるので、自然に打つ力もついてきます。
守備も同じです。
自分が中心になって動かなければならないので、必死です。
ボールを捕り、アウトにしようとして、うまく投げられなくても毎回一生懸命に投げてきます。
私は、その中からできているところを見つけてほめます。
だから、やる気が続きます。
タッチの差でセーフにしてあげるようにすることで、B男さんもマサヤさんも本気で走っていました。
そして様子を見ながら、徐々に投げるボールを速くすることで、打つ力も少しずつ鍛えていました。
最初は6振制だったルールも、徐々に3振制へ近づけていくつもりでした。
つまり、ただ簡単にしているわけではありません。
楽しみながら成功体験を積ませ、その中で少しずつ本来のルールや難しさへ近づけていく。
それが私の考えていた支援でした。
いつか通常学級の中でも楽しめるように
通常学級の集団の中へ入れば、
「もっといいところに投げて!」
と言われることもあるでしょう。
通常の速さのボールでは、なかなか打てないかもしれません。
そもそも、長い時間自分の順番を待つことが難しいこともあります。
そんなとき、
「ボク、やだ!」
と言って、途中で投げ出してしまうかもしれません。
最初からすんなり参加できるとは限りません。
それでも、特別支援学級でこうして楽しみながら力をつけていけば、7、8人で1チームを作る通常学級のハンドベースボールにも、少しずつ入っていけるようになる。
私はそう考えていました。
B男さんの姿を見ていると、なおさらそう思います。
通算86号の記事『ADHD新1年生が、初めて数字を書いた日』でも登場したB男さんは、算数の授業で、ノートに記録することがまったくできませんでした。
それが、特別支援学級で2年余り指導を積み重ねた結果、できるようになりました。
そして今では、通常学級で算数の授業を受け、周りの子どもたちと一緒にノートを取っています。
その姿を思い出すと、
特別支援学級で一つひとつ積み重ねた経験は、すぐには見えなくても、やがて力になる。
私は、そう感じていました。
通常学級か、特別支援学級か
わが子を通常学級にするか、特別支援学級にするか。
迷う保護者は多いと思います。
大切なのは、周囲からどう見えるかではなく、現時点でその子にとって、どの環境なら安心して学び、力を伸ばしていけるのかを考えることではないでしょうか。
そのためには、学校の先生をはじめ、子どもに関わる専門家、例えば医師の意見も聞きながら、家庭でも十分に考えていくことが大切だと思います。
また、「特別支援学級」といっても、学び方は一つではありません。
国語や算数は特別支援学級で学び、それ以外の時間は通常学級で過ごす子もいます。
その子の成長に応じて、学び方や交流の形も変わっていきます。
追記──通常学級での交流体育では
さて、その週の交流体育も、同じ「ハンドベースボール」でした。
B男さんには、指導員のOさんが付いていました。
B男さんは、まだボールをうまく捕ることができません。
そこでO指導員さんは、周囲の子どもたちに、
「B男さんには、ボールを転がしてパスしてほしい」
と頼んだそうです。
B男さんは、相手が打ったボールをトンネルしてしまうこともあります。
そんなときはO指導員さんがボールを拾い、B男さんへ転がします。
B男さんはそのボールを捕り、自分で投げます。
また、B男さんがバッターになったときには、O指導員さんが打ちやすいボールを投げました。
そしてB男さんは、そのボールをホームランにしたそうです。
あとで私のところへ来て、
「ボク、ホームラン打ったんだよ!」
とうれしそうに報告してくれました。
その時間、私は別の子に算数を教えていたので、その場面を見ることはできませんでした。
けれど、そのうれしそうな表情を見れば十分でした。
特別支援学級に在籍するB男さんは、通常学級との交流学習でも必要なサポートを受けながら参加しています。
こうしてB男さんは、楽しみながら交流学習を重ね、一歩ずつ成長していきました。
(2009年6月6日記)
今、振り返ってみて
今回の記事では、特別支援学級での体育の様子を紹介しました。
今、改めて振り返ってみると、一人ひとりに合わせた環境の中で、子どもたちが「楽しい」「できた」を積み重ねながら、少しずつ運動する力をつけていったことがよくわかります。
「特別な配慮」は、ゴールを低くすることではない
今回、私は交流体育とのつながりを考え、交流学年で行われるハンドベースボールのルールを事前に確認していました。
交流先で子どもができるだけ混乱しないように、同じようなルール、同じような道具を使って練習するためです。
ただし、そのままでは難しいところについては、子どもに合わせてルールを変えました。
たとえば、最初は「6振制」。
それを子どもの力がついてきたら、徐々に「3振制」へ近づけていこうと考えていました。
つまり、「難しいから簡単なままでいい」と考えていたわけではありません。
その子が今できるところから始めて、成功体験を重ねながら、少しずつ本来のルールへ近づいていく。
私が考えていた「特別な配慮」は、そのためのものでした。
交流学級でも、その子に必要な支援を
通常学級との交流体育でも、必要に応じて支援が行われます。
今回、B男さんにはO指導員さんが付きました。
B男さんが打球をうまく捕れず、ボールをトンネルしてしまったときには、O指導員さんがそのボールを拾い、B男さんが捕りやすいように転がして渡します。
そしてB男さん自身がそのボールを捕り、投げます。
全部を大人が代わってしまうのではありません。
本人が参加できるところを残しながら、難しい部分だけを支える。
今振り返ると、ここも大切なポイントだったと思います。
B男さんにはDCD(発達性協調運動症)という発達特性もあり、体を思うように動かすことに難しさがありました。
そんなB男さんでも、必要なサポートがあることで、安心してハンドベースボールに参加することができました。
そして、
「ボク、ホームラン打ったんだよ!」
とうれしそうに報告してくれました。
私は、この一言の中に、支援の意味がよく表れているように思います。
学ぶ場所は、ずっと同じとは限らない
当時、B男さんは、特別支援学級での体育が週2時間、通常学級との交流体育が週1時間でした。
しかし、どこで、どのように学ぶかは、子どもの成長によって変わっていくことがあります。
B男さんの場合、小学校1・2年生の頃には、通常学級で算数を学ぶことはありませんでした。
それが、小学3年生の2学期からは、通常学級で算数の授業を受けるようになりました。
前回の記事で紹介したように、小学1年生の頃には、数字を書くことから一歩ずつ始めた子です。
そのB男さんが、やがて通常学級で周りの子どもたちと一緒に算数を学び、ノートを取るようになりました。
改めて考えると、
「今、どこで学んでいるか」だけで、その子の未来が決まるわけではない。
その子に合った場所で力を蓄えながら、成長に応じて学び方や学ぶ場所が変わっていくこともあるのだと思います。
通常学級か、特別支援学級か
私は、特別支援教育コーディネーターも8年間務めました。
その中で、
「通常学級がよいのか」
「特別支援学級がよいのか」
「わが子にとって、どこで学ぶことがいちばんよいのか」
と悩む保護者の方々とも関わってきました。
これは、簡単に答えの出せる問題ではありません。
通常学級だからよい、特別支援学級だからよい、と一律に言えるものでもないと私は思っています。
大切なのは、周囲からどう見えるかではなく、その時点で、その子が安心して学び、力を伸ばしていける環境はどこなのかを考えることではないでしょうか。
そして、その答えも、子どもの成長とともに変わっていくことがあります。
かつて「適正就学」と呼ばれてきた、子どもの就学先や学びの場をどう考えるかという問題。
私自身、通常学級、特別支援学級、特別支援学校の担任、そして特別支援教育コーディネーターとして、長くこの問題に関わってきました。
いつか、これまでの経験と現在の特別支援教育の考え方の両方を踏まえながら、改めて一つの記事にまとめてみたいと思っています。
(2026年7月24日記)
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