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あなたと出会う前の、19歳(2) | 中編小説 [創作大賞/恋愛小説部門]


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私とアマギとの関係は非公開。つまり秘密だ。

チィはギターのジュンの彼女(?)だけど、当然それも非公開。誰にも言えない。世間の認知度がメチャクチャ低いインディーズのバンドのくせに大袈裟だ、って思うだろう。

逆にファンのコミュニティが狭いインディーズだからマズいのだ。バンドにお金をいっぱい落としてくれるガチ恋とか蜜とかに女の存在がバレちゃったら、その子たちはファンを辞めちゃうかもしれないし、いろんな噂を流されて、ファンダムが炎上しちゃうかもしれない。

規模が小さいからこそ、ほんの些細な事でも命取りになってしまう。

つまり女の存在はバンドにとってトラブルの元になるだけで、なんにもいいことがない。そして当事者である私らだって、メンバーの女だってバレたら、晒されたり嫌がらせをうけたりしてしまう。そんなケースはいっぱいある。

でも、バンドのメンバーは若い男だし、モテるし、性欲だって(おおいに)ある。だから私らみたいなのが『関係者』として存在している。実際のところは世間一般でいうところの『彼女』って存在かどうかすらも危ういんだけど、一応ファンの中では特権階級だ。ライブではゲストパスをもらって、楽屋に出入りできる事も多い。でも、それだけだ。

「ジュンに性奴隷ていわれた」

チィがライブハウスのロビーで、甘ったるい缶コーヒーをすすりながら愚痴をこぼす。フロアからはリハのガチャガチャとしたノイズ。断片的なリフと、途切れ途切れのエイトビート。

「ジュン様ドSじゃん。そういうプレイなんじゃないの?」私は答えながらも、自分がアマギにとってのそれだな、って思った。「でも、愛してる、とかも言ってくれるんでしょ?」

「言うけどさー」チィがため息をつく。「ねえ、うちらってなんなの?」

なんだろう。わからない。性奴隷で合ってるのかもしれない。『性』と『奴隷』。なんていやな言葉だろう。特権階級の性奴隷か。そんな制度、世界中どこを探してもないだろうな。

ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。アマギが打つドラムのキックが聞こえてくる。心臓の鼓動みたいな4つ打ち。私は大きく鼻から息を吸い込み、肩を落としながら大きく吐き出す。地下独特のすえた空気。いろんな銘柄の煙草が混ざりあったような妙な匂い。

「なーんか、普通に必死でおっかけしてるときのが楽しかったかも。ジュンがジュン様だったころのがよかった」

「かもね」

チィに同意しながらも、私は今の方がいい、と考えていた。チィはジュンが本命だから失望してるけど、私はアマギなんか実はどうでもいい。私の本命はベースの青霧くんだからだ。でも、青霧くんにもアマギと私の関係は知られているから、そこらへんをどう思われているのかがちょっと気掛かりだけど。

「あー、もーヤダ。ヤダヤダヤダ!」

チィがロビーのソファーに座ったまま、頭を抱えて足をパタパタと踏み鳴らす。いつものことだ。そして大抵はライブが終わればチィはすっきりした顔になる。彼女はライブで暴れる事で、この閉塞感を乗り切っているのだ。バンドのメンバーの発言や行動で傷ついて、そのバンドのライブでそれを乗り越える。意味があるのか?いや、ないだろう。でも離れられない。

ベースの印象的なフレーズが聞こえてきた。ゴーストノートを交えたオクターブを基調にしたスラップ。そこに徐々にドラムのキックが被さってゆく。青霧くんとアマギの音。

「ねぇ、ところでさ、青霧くんと話したことってある?」

私は話題を変える。

「ないー。あの人が喋ってるのって見たことないよ。見た目はちょー美しくて、ちょーかっこいいけど、なんか怖いよね」

怖い、か。私はにやにやしてしまう。そこがいいんじゃん。無表情なツーフィンガー、激しいスラップ。演奏が佳境にはいってくると、その無表情が少しづつ歪んでくる。弦をサムピングする手が目で追えなくなるくらい熾烈になる。激しく、彼の細い指が折れそうな程に激しく。

いい。すごくいい。ゾクゾクする。

「いろんな噂あるけどねー。クスリとかさ、ゲイだとかさ」

「まじなのかな?ゲイ疑惑。どうなんだろ」私は身を乗り出す。

「いやーさすがに無いとは思うけど」チィが笑う。「まさか、ミナってアマギくんと付き合ってるのに、青霧様に乗り換えるかんじ?」

「いやあ、青霧様は誰がどう見たって、かっこいいって思うでしょー!」

私は笑ってはぐらかした。

***

その日のライブは最悪だった。

対バンだったのに、自暴自棄になっていたチィは、仕切りを無視して、なぜか最前に飛び込んでいったのだ。

バカだ。チィが悪い。

自殺みたいなもんだ。

爆音が轟く中、ステージ前方がモッシュなのか乱闘なのか分からないような状況になった。チィがファンの女どもに小突かれながら、もみくちゃにされる。私はチィを助ける為に人波をかきわけて最前へ向かう。

「なんだテメェ!」

爆音に包まれながらも、口や体の動きで、チィと他のファンが、どんなやり取りをしているのかが分かる。やばい、チィが潰される。

チィが複数人に取り囲まれ、何事かを喚いている。チィの後ろから髪を引っ張る手。フラッシュする照明。チィを突き飛ばす誰かの手。ディストーション。キック。スネア。またチィを突き飛ばす手。うねる爆音。スラップ、プル。チィが転倒する。フロントマンの叫ぶようなファルセット。チィの姿が見えなくなる。

やばい。これはやばい。

まるでフロアの騒ぎを煽っているかのような演奏が続く。「ごめんなさい!」「すいません!」私は、どうせ聞こえてないだろうな、と思いつつも、謝罪の言葉を繰り返し大声で叫びながら人波をくぐる。音と人のうねりに飲み込まれる。掻き分ける。また飲み込まれる。フラッシュ。バスドラの振動。掻き分ける。

ノイズ、ノイズ、ノイズ。

「おい!また割り込みかよ!」

真っ赤な髪の毛を振り乱した、パツパツのゴスファッションの女が、チィが見えなくなった場所まで来た私を睨みつけた。

「ちがうから!!!」私は屈み込んで、床に仰向けになって泣きじゃくるチィを助け起こす。「チィ、だいじょうぶ?」

チィは涙を流しながら、ただ頷いた。

「ソレ、邪魔だから持って帰れよ」

私とチィを見下ろしている女どもが、にやにやと笑っていた。

***

「ばかじゃねーの!?」

ライブ終了後の楽屋でジュンがチィを叱責する。女どもの潰しにあったチィはボロボロになっているのに、もう、かれこれ10分以上もメンバーに罵詈雑言を浴びせられていた。

通常、複数のバンドが出演する対バン形式の場合、ステージの前方は『仕切り』と呼ばれる常連のファンが取り仕切っている。ライブではチケットの整理番号順にフロアの場所を自由に選べるという優先権があったりするし、興味のないバンドの最前にいても意味がないから、仕切りのファンがそれらを集約し、ステージ最前列の状況を整理しているというわけだ。

ワンマンのライブなら、前列にいるほとんど全員が顔見知りだし、仕切りのファンもいない。そして私らがいつも整理番号1ケタなのは皆が知っているから、最前に飛び込んでも問題視されることは少ないが、今日は対バンだ。複数のバンドのファンが入り乱れる。

そんな状況で、ルールを破ったらどうなるか。

結果は目に見えている。

チィは唇が切れ、血を流していた。左目が腫れあがっていて服があちこち破れている。今は見えないけど、きっと体中のいろんな所にアザができているだろう。「ごめんなさい」チィは小声で絞り出すように繰り返している。

「モメゴトおこすなって、いっつも言ってんだろ!?動員に響いたらどーしてくれんだよ!ふざけんなよお前!」

ジュンと、ボーカルのピカリがチィに詰め寄っている。アマギは私の後ろで腕を組んで突っ立っているだけだ。こいつはこういうとき、何も言わない。役立たずめ。

しかし、そもそもチィが荒れて、非常識な行動を取ったのはジュンが原因だ。まがりなりにも彼女なのにチィを性奴隷よばわりしやがって。ふざけんなよこのゲス野郎が。しかもチィはケガをしている。まずはその手当が先だろ?

「あのさ、そもそもジュンくんが、チィを大切にしないのがダメなんじゃないの?」私は我慢できなくなって口をひらく。

「は?なにいってんの?」

ジュンが私を睨み付けてくる。

「おい、やめとけよ」アマギが私の肩を掴んで発言を制しようとするが、私はアマギの手を振り払い、続けた。

「チィを大事にしろっつってんだよ」

私は負けじとジュンを睨み付ける。

「ミナ、もういいよ。うちが悪いんだから」

チィが泣きそうな声で言う。うん。そうだね。あんたが悪いよ。でもジュンも悪い。どっちも悪いけど、私はチィの味方だ。

ただのファンだった頃は、メンバーは神だったからこんな事を言うなんて想像もしてなかったけど、もう半年もこんな状態なのだ。言いたいことは言ってやる。

「アマギー。てめー、自分の女くらい躾しとけよ」ピカリがアマギに言う。しつけ?躾って言ったか今?私は犬じゃない。動物じゃない。あんたらのペットじゃない。

私が、ぶち切れて叫び出そうと息を大きく吸ったその時、背後から声がした。

「ねえ、まだ?」

青霧くんだ。私は振り返って彼を見る。

「おい、青霧、おまえ、さっきからなんも言わないけど、どう思ってんだよ。仕切り無視の割り込みとかありえんだろ」ジュンが青霧くんに同意を求める。

「別にいんじゃない。なんか面白かったし」

青霧くんが言い放つ。

なんだこの人。


- 4 -

息子を幼稚園に送り届けたあと、朝の陽ざしに包まれながら、地下鉄の駅へと向かう。

普段は在宅で仕事をしているけど、今日は出社しなくちゃいけない。月に2回ある進捗会議の日。会議なんかZoomとかでいいと思うんだけど、実際に顔を突き合わせなきゃ仕事じゃない、って感じている人たちもいるようだから、そんなおじさん達の為に、こうやって月に何回か出社してあげる。

朝の地下鉄は、通勤ラッシュの人々でごった返していた。うんざりだ。

人混みや地下が苦手なわたしが、十数年前には、自ら進んで地下のライブハウスに出入りしていたなんてね、と、おかしくなる。

車両が到着し、乗り込む。すし詰め状態。うーん。苦しい。苦しいけど、ヘドバンもモッシュもないから安心だ。仕切りも割り込みもない。って、そんなのあったら怖いけど。通勤電車のみんなでヘドバン。最高にシュールでパンクで笑えるけど、そんなことしたら朝からみんな疲れちゃうだろうな。きっと、その日は仕事になんないね。

なんだか大人になったなあ、と思う。

***

「青霧さん、なんか意見とかないの?」

「ないですねえ」

プロマネから意見を求められたわたしは素っ気なく答える。意見もなにも、そもそも仕様がある中で仕事しているのだから、その仕様書に従って成果物を作るだけだ。そしてわたしのタスクはオンスケジュールで進んでいるから、困ったことは何もない。つまりこの会議そのものに意味がない。たぶん他のプロジェクトメンバーも同じ意見だろう。

こんな会議に参加するくらいなら、作業を進めるほうが何倍も効率的なんだけどな。

「ほんと、いっつも思うけど、お前らには覇気ってもんがないよなあ」

プロマネがぼやく。

覇気ねぇ。昔はイヤってほどあったけどね。

***

「ミナちゃん久しぶり~」

中身カラッポの会議(?)のあと、同期のタナカちゃんとランチ。同期だけどわたしのほうが3つ年上だ。いろいろあったから。

今の友達は、一緒に爆音の中で暴れたりしないし、地面に座り込んだりもしない。地下の汚いソファーで愚痴も言いあわないし、そもそも性奴隷じゃない。お互いにライブハウスでかばい合ったり、傷を舐めあうこともない。

健全、なのかな。

わからない。今の私は地下で甘ったるい缶コーヒーじゃなくて、お洒落なオープンカフェで苦いコーヒーを飲む。

傷つく事はないけど、心が震える事もない。


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