かんじょう


火曜日に、澁澤龍彦を教えて頂き
『快楽主義の哲学』を読んでみた。
とても面白くて。

平凡な時間の連続の中に
キラっと光る瞬間がある。
こいつをだいじに
しなければいけない。

この言葉が妙に刺さった。
それは
前日に、あることがあったからだ。

その日は、常夜鍋が食べたくて
ほうれん草を産直市に
買いに行くことにした。

そこにはむかし
私の店で
バイトをしていた
奈美ちゃんが働いている。

その頃の私は
毎晩のように艶話で
客と盛り上がっていた。
私がする話だ。
艶話と言うほど
それは上品なものでは
なかったはずである。

それでもあの子は
私のことを
人生の師匠と呼んだ。

産直市に入ると
偶然にも彼女が
大きな段ボール箱から
ほうれん草を取り出して
平台に並べている。

ずいぶんご無沙汰で
なぜか恥ずかしかったが
思いきって後ろから
声をかけてみた。

「こにゃにゃちわ〜」

一瞬、その声に
肩をビクッとさせた彼女は
振り向くなり
私の腕を
両手でギュッと握りしめ

「もう どなんしよったんえー
 元気にしよったん」

彼女の目は、一瞬で
うるうる潤んでいた。

「一段と
 美しくなられましたねー」
そう言って
私は
自分の潤みかけた目を
ごまかすのがやっとだった。

一緒に目が潤む。
それはいったい
なぜだろう。

私は家に帰って
そう思った。
友情でもなく
もちろん愛情でも
慕情でもない。

そしてそれは
歓情であることに
気がついた。

澁澤の言葉を
借りるなら

平凡な時間の連続の中に
キラっと光る出逢いがある。
こいつをだいじに
しなければいけない。

今の私は
そう思う。

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