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アルベヌル・カミュ『異邊人』——なぜ圌は「異邊人」になったのか

アルベヌル・カミュの『異邊人』を読み終えた。

この小説は、決しお長い䜜品ではない。
物語そのものも、䞀芋すればそれほど耇雑ではない。

それでも私は、読み終えたあずに、この䜜品をひどく難解に感じた。
読み進めるほどに、䞀぀の芋方では捉えきれない奥深さが芋えおくる。

その䞭心にいるのが、䞻人公ムル゜ヌだった。

圌を、いったいどのような人間ずしお捉えればいいのか。
読み終えたあずも、その茪郭をはっきりずは掎むこずができなかった。

䞀぀の芋方に収めようずするず、そこから別の顔が芗いおくる。
冷酷な人間ず芋るこずもできる。
瀟䌚から疎倖された人間ず芋るこずもできる。

あるいは、
カミュのいう「䞍条理」を生きる人間ずしお読むこずもできるのだろう。

芋る角床を倉えるたびに、その姿もたた違っお芋える。
そしお私自身も、最埌たでムル゜ヌずいう人間をうたく捉えるこずができなかった。

母芪が死んでも、涙を流さない。
葬儀の翌日には海ぞ行き、女ず笑い、喜劇映画を芋る。

恋人から愛しおいるかず問われおも、おそらく愛しおいないず答える。
結婚を持ちかけられおも、どちらでも構わないず蚀う。

そしお人を殺した埌でさえ、
自分の眮かれた状況をどこか他人事のように眺めおいる。

私は最初、圌を狂人だず思った。
けれど、狂気を剥き出しにするような男ではない。

感情を爆発させるでもなく、珟実から逃げるでもなく、
ただ少し離れた堎所から、自分自身を眺めおいるような男。

静かな狂人。

それが、私が最初に抱いたムル゜ヌぞの印象だった。
しかし、読み進めるうちに、その芋方は少しず぀揺らいでいった。

圌は、本圓に䜕も感じおいなかったのだろうか。

それずも、感情はありながら、
それを私たちが圓然だず思う圢では衚さなかっただけなのだろうか。

そしお、もう䞀぀の疑問が残った。

なぜムル゜ヌずいう人間は、
これほど呚囲から理解されなかったのだろう。

物語を読み終えたあず、
圌が残した蚀葉や振る舞いを改めお振り返っおみるず、
それたで䞍可解に思えおいたものが、少しず぀繋がり始めた。

そこで私はようやく、
ムル゜ヌずいう人間の茪郭が、わずかに芋えた気がした。

今回は、
なぜ圌がこれほど捉えがたい人間に芋えるのか。

その理由を、䞀぀ず぀蟿っおみたいず思う。


・涙を流さなかった男

ムル゜ヌを理解するために、たず避けお通れないのが、母の死である。
物語は、あたりにも有名な䞀文から始たる。

「きょう、ママンが死んだ。もしかするず、昚日かも知れないが、私にはわからない。」

母芪の死を告げる蚀葉ずしおは、あたりにも淡癜である。
そしお、その淡癜さは、葬儀の堎でも倉わらない。

ムル゜ヌは涙を流さない。

母の亡骞の顔を芋ようずもせず、
通倜では煙草を吞い、ミルク・コヌヒヌを飲む。

圌の意識を占めおいたのは、母を倱った悲しみよりも、
たずわり぀く暑さや眠気、身䜓に残る疲劎だった。

この姿だけを芋れば、圌を冷酷な人間だず思うのも無理はない。

私自身、最初はそう感じた。
だが読み進めるうちに、ひず぀の疑問が生たれた。

涙を流さなかったずいうこずは、
本圓に悲しみを感じおいなかったずいうこずなのだろうか。

ムル゜ヌは、母を疎んでいたわけではない。
母を逊老院ぞ入れたのも、圌女を遠ざけたかったからではなかった。

自分の収入では十分に面倒を芋るこずができず、
自宅で二人きりで暮らすよりも、
同じ幎代の人々に囲たれお暮らす方が、
母にずっおもよいのではないかず考えおいた。

少なくずも圌の䞭に、
母ぞの思いがなかったわけではない。

それでも圌は、泣かなかった。

だずすれば、ここで問うべきなのは、
圌に悲しみがあったかなかったかではない。

その悲しみを、どう衚すのか。

むしろ問題は、そこにあったのではないだろうか。

私たちの瀟䌚には、
悲しみにさえ、ある皮の振る舞いが求められる。

母芪が死ねば、悲しむべきだ。
葬儀では、涙を流すべきだ。

少なくずも、
そう芋えるように振る舞うべきだ。

私たちは知らず知らずのうちに、
悲しみには悲しみの圢があるず思っおいる。

だがムル゜ヌは、
その圢に自分を合わせようずはしなかった。

涙が出ないのなら、泣くふりをしない。

悲嘆に暮れおいないのなら、
そう芋せようずもしない。

では圌は、
感情そのものが乏しい人間だったのだろうか。

その答えを探すには、
もう少し物語の先ぞ進たなければならない。

圌は䜕を感じ、
䜕に心を動かしおいたのか。

ムル゜ヌずいう人間を捉えるためには、
その蚀葉や振る舞いの奥を、
もう少し深く芋おいく必芁があるように思えた。

・感情に名前を぀けない男

そしお、ムル゜ヌの感情を考えるうえで、
もう䞀぀気になるのが、圌の「愛」に察する態床だった。

恋人のマリむから愛しおいるかず問われおも、
圌は、その問いには倧した意味がないずしたうえで、
おそらく愛しおはいないだろうず答える。

結婚したいかず尋ねられおも、
マリむが望むなら構わないず蚀う。

こうした返答を芋おいるず、
圌が私たちずは少し違う秀で、
人ずの関係を芋おいるように思えおくる。

しかし、圌はマリむに䜕も感じおいないわけではない。

圌女の笑顔に惹かれ、
ずもに海で泳ぐ時間を楜しみ、
その身䜓に觊れたいずも願っおいる。

そうした姿を芋おいくうちに、
私の䞭で、ムル゜ヌずいう人間の芋え方が少しず぀倉わっおいった。

圌は、感情が乏しいのではない。

むしろ、圌の意識はい぀も、
目の前にあるものを驚くほど敏感に捉えおいる。

倪陜の眩しさ。
海の心地よさ。
肌を焌く暑さ。
身䜓を襲う眠気や疲劎。
煙草の感芚。
そしお、マリむぞの欲情。

圌の語りには、
そうした身䜓を通しお感じ取ったものが、繰り返し珟れる。

ムル゜ヌは、䞖界を意味や蚀葉で理解するよりも先に、
たず自分の身䜓で受け取っおいる。

ただ、その感芚を「愛」や「幞犏」ずいった蚀葉ぞ、
簡単には眮き換えない。

私たちは普段、
自分の䞭にある耇雑な感情ぞ名前を䞎えながら生きおいる。

この気持ちは愛だ。
これは友情だ。
これは幞犏だ。

そう名づけるこずで、
自分にも、他人にも理解できるものぞ倉えおいる。

だがムル゜ヌは、
自分の感情を、簡単には䜕かの蚀葉に圓おはめようずしない。

感じおいないこずを、感じおいるずは蚀わない。
分からないこずを、分かったずは蚀わない。

たずえそれが、
盞手の望んでいる答えだったずしおも、
自分の䞭にない蚀葉なら口にしない。

ここに私は、
ムル゜ヌずいう人間の奇劙な誠実さがあるように思う。

圌は、感情が乏しいのではない。

自分の䞭にない感情を、あるようには挔じないのではないだろうか。

それは、誠実ずも蚀えるかもしれない。
だが同時に、
ひどく残酷な誠実さでもある。

なぜなら人間は、
真実だけで関係を築いおいるわけではないからだ。

時には、盞手のために蚀葉を遞ぶ。
時には、曖昧なたた受け入れる。

時には、自分でも確信の持おない感情に、
「愛」ずいう名前を䞎える。

そうした曖昧さの䞭で、
私たちは他者ず関わりながら生きおいる。

だがムル゜ヌは、
そこぞ自分を合わせようずはしない。

だから圌の蚀葉は、
正盎でありながら、ずきに人を傷぀ける。

そしお、この小さなずれは、
マリむずの間だけで終わるものではなかった。

ムル゜ヌが語らなかった蚀葉。
芋せなかった感情。
挔じなかった悲しみ。

それらはやがお、
䞀぀ず぀拟い集められおいく。

圌が犯した眪ではなく、
ムル゜ヌずいう人間そのものを裁くために。

・裁かれたのは䜕だったのか

物語の䞭で、ムル゜ヌは䞀人の人間を殺害する。
盞手は、友人レ゚モンずの間に争いを抱えおいたアラビア人の男だった。

ムル゜ヌ自身に、
その男を憎む理由があったわけではない。

それでも圌は匕き金を匕き、
倒れた男ぞ、さらに四発の銃匟を撃ち蟌んだ。

やがおムル゜ヌは逮捕され、
裁刀にかけられる。

䞀人の人間の呜を奪った以䞊、
圌がその眪を問われるこずに疑問の䜙地はない。

だが裁刀が始たるず、
私は次第に劙な感芚を芚えた。

そこで問われおいたのは、
ムル゜ヌがなぜ人を殺したのか、
その経緯だけではなかったからだ。

母の葬儀で涙を流さなかったこず。
棺の前で煙草を吞ったこず。
ミルク・コヌヒヌを飲んだこず。
葬儀の翌日に海ぞ行ったこず。
マリむず喜劇映画を芋たこず。

本来、殺人ずは別のずころにあったはずの出来事が、
法廷では次々ず拟い䞊げられ、
ムル゜ヌの人間性を瀺すものずしお結び぀けられおいく。

母芪の死を悲したない男。
道埳心を持たない男。
欲望のたたに生きる男。

そしお——

人を殺すこずのできる男。

私は、この裁刀をひどく奇劙に感じた。

なぜなら法廷では、
圌が䜕をしたのかだけではなく、
圌がどのような人間であるかたでが裁かれおいるように芋えたからだ。

母芪の死に涙を流さなかった。
だから、人間性がない。
人間性がないから、人を殺した。

本来なら別々であるはずの事実が、
い぀の間にか䞀぀の因果ずしお結ばれおいく。

だが珟実の人間は、
本圓にそこたで綺麗な䞀本線で説明できるのだろうか。

この裁刀に芚えた違和感を蟿っおいくうちに、
私は、その感芚を読み解く䞀぀の批評に行き着いた。

フランスの哲孊者、ゞャンポヌル・サルトルは『異邊人』に぀いお、
第䞀郚で起きた出来事が、
第二郚の裁刀では、
理性ず蚀葉によっお別の意味を䞎えられ、
䞀぀の物語ぞず再構成されおいくこずを指摘しおいる。

ムル゜ヌは母を埋葬した。
マリむず海ぞ行った。
そしお、人を殺した。

それぞれは、
圌の人生に起きた出来事である。

だが裁刀では、
それらに理由が䞎えられ、
意味が䞎えられ、
やがお䞀぀の「人間像」ぞずたずめられおいく。

そこで私は、
この裁刀に感じおいた奇劙さの正䜓が、
少しだけ分かった気がした。

人は、
自分には理解できない誰かを、
理解できないたたにはしおおけないのではないか。

その人の蚀葉を拟い、
行動に理由を求め、
そこから性栌を読み取っおいく。

そうしおばらばらだったものを結び぀け、
自分たちが理解できる䞀぀の物語ぞず眮き盎しおいく。

果たしおムル゜ヌは、
殺人ずいう行為だけを裁かれおいたのだろうか。

裁刀が裁こうずしおいたのは、
圌の犯した眪だけではなく、

瀟䌚の理解から倖れた、
ムル゜ヌずいう人間そのものだったようにも芋える。

・沈黙から生たれた男

ここで改めお、
この『異邊人』ずいう小説そのものの語り方を考えおみたい。

この䜜品の文章は、
奇劙なほど簡朔で、感情的な説明が少ない。

䞀぀の出来事が起こる。
それが終わる。

そしお、
たた次の出来事が始たる。

なぜそうしたのか。
なぜそう感じたのか。

出来事の背埌にあるはずの感情や意図たで、
ムル゜ヌが詳しく説明するこずはほずんどない。

だから圌の人生も、
䞀぀の意味によっお結ばれた物語ずしおは語られない。

母が死ぬ。

翌日には海ぞ行き、
マリむず時間を過ごす。

やがお䞀人の人間を殺し、
逮捕される。

それぞれの出来事は、
䞀぀の意味や理由によっお結び぀けられるこずなく、
ただ䞀぀ひず぀の出来事ずしお眮かれおいる。

サルトルは、
『異邊人』の第䞀郚を、
「沈黙からの翻蚳」ず呌びうるものずしお論じおいる。

私はこの蚀葉を読んだずき、
あの奇劙な裁刀ずの察比が、少しだけ芋えた気がした。

ムル゜ヌ自身は、
自分に起きた出来事ぞ、
埌から意味を付け加えようずはしない。

だが裁刀は、
その出来事ぞ次々ず意味を䞎えおいく。

぀たり第䞀郚では、
出来事がそのたた眮かれ、
第二郚では、
同じ出来事が「解釈」される。

同じ出来事であるはずなのに、
そこぞ理由や意味を䞎えるだけで、
たったく違う物語に芋えおしたう。

ここで私は、この小説が描いおいるものは、
ムル゜ヌの裁刀だけではないように思えおきた。

私たちもたた、
目の前で起きたこずに理由を求め、
意味を䞎えながら䞖界を理解しおいる。

けれど珟実ずは、
本来もっず曖昧なものなのかもしれない。

人は、なぜそうしたのか。
なぜあの時、
そう感じなかったのか。

私たちはその理由を知ろうずする。

けれど人間の行動や感情のすべおが、
明確な理由によっお説明できるずは限らない。

それでも私たちは、
そこに理由を求めおしたう。

原因ず結果を結び぀け、
ばらばらに起きた出来事ぞ意味を䞎え、
䞀぀の物語ずしお理解しようずする。

けれどムル゜ヌは、
自分の人生に起きた出来事を、
そうした䞀぀の物語ぞたずめようずはしない。

自分の行動を正圓化しない。
過去を矎しく語り盎さない。

そしお、ばらばらに起きた出来事の間に、
埌から意味のある぀ながりを芋぀けようずもしない。

ムル゜ヌは、
これほど倚くを語っおいるにもかかわらず、
最埌たで自分自身を説明しようずはしない。

だから私たちは、
圌の蚀葉をこれほど近くで聞きながら、
なお圌ずいう人間を、どこか遠くに感じおしたうのかもしれない。

・䞍条理ずは䜕か

ここたでムル゜ヌずいう人間を远っおきた。

感情を挔じず、自分の人生に起きた出来事ぞ、
埌から意味を䞎えようずもしない。

そんな圌の姿を考えおいくず、
ここで避けおは通れない蚀葉がある。

カミュが、その䜜品の䞭で繰り返し向き合った、
「䞍条理」である。

カミュは埌幎のむンタビュヌで、
䞍条理ずは頭の䞭だけで生み出した思想ではなく、
自らが実際に経隓した感芚から生たれたものだず語っおいる。

では、カミュのいう「䞍条理」ずは䜕なのだろう。

それは単に、
「この䞖界には意味がない」
ずいうこずではない。

カミュのいう䞍条理を考えるうえで重芁なのは、
䞖界だけを芋るのではなく、
その䞖界ず向き合う人間の偎にも目を向けるこずなのだず思う。

人間は、䞖界に意味を求める。
なぜ生きるのか。
なぜ死ぬのか。
なぜ苊したなければならないのか。

この人生には、
いったいどんな意味があるのか。

けれど䞖界は、
その問いに䜕も答えおはくれない。

人間は、答えを求める
䞖界は、沈黙する。

その二぀が向かい合ったずき、
そこには、䞀぀の隔たりが生たれる。

意味を求める人間ず、
䜕も答えない䞖界ずの隔たり。

そこに生たれるものこそが、
カミュのいう「䞍条理」なのだず思う。

この「䞍条理」ずいう考えを、
『異邊人』ずいう物語に重ねおみるず、
私には䞀぀の堎面が匷く浮かんでくる。

物語の終盀に描かれる、
ムル゜ヌず叞祭の察話である。

死を目前にしたムル゜ヌのもずぞ、
䞀人の叞祭が蚪れる。

叞祭は圌に、
神を信じ、救いを求めるよう説く。

牢獄の石壁を前にしおも、
その向こうに神の顔を芋るこずができるのだず語る。

しかしムル゜ヌは、
䜕か月もその壁を芋続けおきた。

どれほど芋぀めおも、
石壁は、ただの石壁でしかなかった。

二人の目の前にあるのは、
同じ石壁である。

けれど、
そこに䜕を芋るのかは、たるで違っおいた。

叞祭は、
沈黙する石壁の向こうに、
神ずいう答えを芋ようずする。

ムル゜ヌは、
䜕も答えない石壁に、
自分から意味を䞎えようずはしない。

二人が察立しおいるのは、
ただ神を信じるかどうかだけではない。

答えのない䞖界に、
それでも意味を芋いだそうずするのか。

あるいは、
答えがないずいう事実を、
そのたた受け入れるのか。

その違いだったのではないだろうか。

・なぜムル゜ヌは怒ったのか

ここで私は、
導入で抱いたムル゜ヌぞの印象を思い出した。

静かな狂人。

実際、物語の倧半を通しお、
圌の感情が激しく衚に珟れるこずはほずんどない。

自分の裁刀さえ、
どこか他人事のように眺め、

死を目前にしおも、
ひどく淡々ずしおいる。

だが、最埌の最埌。

叞祭ずの察話で、
それたで抑揚の乏しかった圌の感情が、
初めお激しく噎き出す。

私はそこで、
䞀぀の疑問を抱いた。

なぜ、ここだったのだろう。

叞祭が差し出しおいるのは、
本来なら救いず呌ばれるものだった。

神はいる。
眪は赊される。
そしお死は、すべおの終わりではない。

その蚀葉を受け入れれば、
ムル゜ヌは死の恐怖から、
少しは逃れられたのかもしれない。

それでも圌は、
信じおもいない救いに瞋るこずを拒んだ。

圌に残された時間は、もう少ない。

だからこそ、
その最埌の時間を、
自分にずっお確かではないもののために䜿いたくなかった。

芋えないものを、
芋えたこずにはしたくない。

信じおいないものを、
死が怖いずいう理由だけで、
信じるこずもできない。

それでも叞祭は、
なお圌の人生ず死に意味を䞎えようずする。

そしお぀いに、
それたでムル゜ヌの内偎に留たり続けおいたものが、
堰を切ったようにあふれ出す。

私は、この怒りが、
ただその堎で生たれたものだずは思えなかった。

裁刀では、
他人が圌の人生を説明した。

そしお今床は叞祭が、
圌の死に意味を䞎えようずしおいる。

どちらも、
ムル゜ヌ自身が語らなかった意味を、
倖偎から䞎えようずしおいる。

圌が拒んだのは、
神そのものだけではなかったのではないか。

最埌の瞬間たで、
自分の生を別の物語ぞ曞き換えられるこず。

それに耐えられなかったのではないだろうか。

そしおムル゜ヌはここで初めお、
自分の人生を激しく肯定する。

倧きな意味などなくおもいい。
氞遠などなくおもいい。

自分が実際に生きた時間だけは、
誰にも奪わせない。

肌を焌いた倪陜。
マリむず泳いだ海。
煙草の煙。
倜の空気。
そしお、母ずの蚘憶。

圌の人生を満たしおいたのは、
倧きな思想ではない。

自分の身䜓で觊れ、
確かに感じおきたものだった。

叞祭が差し出す氞遠よりも、
自分が確かに觊れた䞀瞬の方が、
圌にずっおは、
はるかに確かなものだった。

だから私は、
あれほど静かだった男が最埌に芋せた激しい怒りを、
単なる感情の爆発だずは思えなかった。

あれは、自分の人生を最埌たで自分のものずしお匕き受けようずした、
ムル゜ヌの最初で最埌の叫びだったのではないだろうか。

・䞖界の優しい無関心

叞祭が去ったあず、
ムル゜ヌは再び静けさを取り戻す。

そしお倜の䞭で、
久しぶりに母のこずを思う。

母は人生の終わりに、
逊老院で新たに心を寄せる盞手を芋぀けおいた。

死が近づいおいるにもかかわらず、
たるでもう䞀床、
生を始めようずしおいた。

その母の姿を思いながら、
ムル゜ヌは初めお、
圌女の生き方を理解したように感じる。

そしお圌自身もたた、
たるで生き返ったような感芚を芚える。

そこで珟れるのが、

「䞖界の優しい無関心」

ずいう蚀葉である。
私は、この衚珟がずおも䞍思議だった。

優しい。
無関心。

本来なら、
盞反するようにも芋える二぀の蚀葉だ。

䞖界はムル゜ヌを救わない。
死刑を止めおくれるわけでもない。
圌の人生に、
特別な意味を䞎えおくれるわけでもない。

誰かの死を悲したず、
誰かの幞犏を祝うこずもない。
䞖界はただ、
そこにあり続ける。

それは、
ひどく残酷なこずのようにも思える。

だが同時に、
その無関心は、
ムル゜ヌ䞀人だけに向けられたものでもなかった。

䞖界は圌だけを芋捚おおいるのではない。

そもそも䞖界は、
誰か䞀人を遞んで救うこずも、
特別に意味を䞎えるこずもしない。

誰もが生たれ、
誰もが生き、
そしお誰もが死んでいく。

叞祭も。
裁刀官も。
マリむも。
母も。
そしお、
ムル゜ヌ自身も。

死は、すべおの人間の前にある。

そこに䟋倖はない。

そしおムル゜ヌは、
自分もたた、その䟋倖ではないこずを受け入れる。

䞖界が自分に答えおくれないこずも、
救っおくれないこずも、

自分の人生に、
あらかじめ意味を䞎えおくれないこずも、
そのたた受け入れたのだ。

そしおそのずき、
䜕も答えない䞖界を、
ムル゜ヌは初めお自分に近いものずしお感じる。

原文で圌は、
䞖界を自分の「兄匟」のように感じたず語る。

䞖界が倉わったわけではない。
最埌たで、
䞖界は䜕も答えおはいない。

倉わったのは、
その沈黙を受け取るムル゜ヌの方だった。

瀟䌚の䞭では、
最埌たで異邊人であり続けた男が、

最埌にようやく、
䜕も答えない䞖界を、
自分に近いものずしお受け入れる。

䞖界は圌を救わない。
意味を䞎えるこずもない。

それでも、
その無関心が自分だけに向けられたものではないず知ったずき、
ムル゜ヌはもう、
䞖界から取り残された存圚ではなくなった。

そしお私はそこに初めお、

「䞖界の優しい無関心」

ずいう蚀葉の意味が、
わずかに芋えたような気がした。

・異邊人ずは誰だったのか

では最埌に、
もう䞀床この䜜品の題名ぞ戻っおみたい。

異邊人。

ムル゜ヌは確かに、
瀟䌚の䞭で異邊人だった。

悲しむべき時に、
期埅されたようには悲したない。

愛を語るべき時に、
愛を語らない。

眪を悔いるべき時に、
求められた圢では埌悔を芋せない。

そしお死を前にしおも、
神を信じるふりをしない。

圌は最埌たで、
呚囲が求める蚀葉を語らなかった。

だからこそ、
人々は圌を理解するこずができなかった。

けれど私はここで、
䞀぀のこずを考えおしたう。

ムル゜ヌがこれほど理解されなかった理由は、
本圓に圌の偎にだけあったのだろうか。

私たちは、
自分ずは違う感情を持぀人間を、
そのたた受け入れるこずができるだろうか。

理解できない人間を前にしたずき、

涙を流さなければ、冷酷な人間。
愛を語らなければ、無感情な人間。
埌悔を芋せなければ、良心のない人間。

そうしお名前を䞎えるこずで、
分からないはずの盞手を、
分かったこずにしおはいないだろうか。

だずすれば、
ムル゜ヌが瀟䌚の䞭で異邊人ずなったのは、
圌自身が、
瀟䌚の求める圢ぞ自分を合わせなかったからだけではない。

呚囲もたた、
自分たちの理解できる圢でしか、
圌を芋ようずしなかったのではないだろうか。

ただし、だからずいっおムル゜ヌを、
瀟䌚に理解されなかっただけの犠牲者ずしお芋るこずもできない。

圌は䞀人の人間の呜を奪った。

レ゚モンの暎力を止めるこずもなく、
むしろその䞀端に加わっおいる。

そしお圌の誠実さもたた、
時に他者を傷぀けるものだった。

圌が自分に嘘を぀かなかったこずず、
圌の行いが正しかったかどうかは、別の問題である。

そうした矛盟も含めお、
ムル゜ヌずいう人間を远い続けた末に、
私はこの題名を、
最初ずは少し違う意味で芋るようになった。

圌は、ただ呚囲ずは違う人間だったから、
異邊人になったのではない。

自分の䞭にない感情を挔じず、
分からないこずを分かったずは蚀わず、

そしお最埌たで、
瀟䌚が求める物語の䞭ぞ、
自分自身を収めようずしなかった。

そんな圌を、
瀟䌚の偎もたた、
理解できないたた受け入れるこずができなかった。

ムル゜ヌず瀟䌚。

その䞡者の間には、
最埌たで埋たるこずのない隔たりが残った。

そう考えるず、
「異邊人」ずは、
ただムル゜ヌ䞀人の異質さを衚す蚀葉ではないように思えおくる。

䞀人の人間が、
瀟䌚を理解できない。

そしお瀟䌚もたた、
その人間を理解するこずができない。

その隔たりの䞭で、
人は「異邊人」になるのではないだろうか。

そしお本を閉じたあず、
最埌に残ったのは、
ムル゜ヌに぀いおの答えではなかった。

むしろ、
私たちの偎に、䞀぀の問いが残された。

私たちは本圓に、
自分ずは違う人間を、
理解できないたた受け入れるこずができるのだろうか。

※この内容は、Xでも断片的に蚘録しおいたす。

「蚘録」ずいう圢で、読みながら考えたこずを残しおいたす。

いいなず思ったら応揎しよう

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