「風の谷のナウシカ」〜1984年公開当時の思い出〜
正直、観る気は全くなかった。

1984年、小学校卒業後の春休みに渋谷の映画館で観た。屋上にプラネタリウムのドームがあった建物だ。今その建物はなくなって、別の建物に替わっている。
春休みに都内の親戚の家に姉と遊びに行き、その旅程の中にナウシカ鑑賞が組み込まれていた。
同行するのは従姉妹2人と姉1人。私から見れば「姉」ばかり合計3人でキャッキャしているような状況で、そこに男は私1人のみ。私に居場所はなかったし、決定権もなかった。しぶしぶついていくしかなかった。
(あの時代の家庭には「チャンネル権」があった。姉たちの前では私にテレビの番組を優先的に選択する権利はなかった。同様に映画の選択権もなかった)
ナウシカのことは、テレビCMで知ってはいた。でも「女が主人公」というだけで忌避していた。昭和生まれの男子12歳の頭はそんなふうに偏っていた。

ついでに言うと、同時上映「名探偵ホームズ」もポスターを見る限り、人間ではなくモフ犬のキャラで「こどもだまし」のアニメだと思い込んでいた。いろいろと偏見の多いめんどくさい小学生だった。
第一、「宮﨑駿」の名も知らなかった。
前知識完全にゼロ。
というか、マイナスの期待値から始まっていた。
あの日、映画館に足を運んだ人々の中で、これほどに負のスタートだった人なんていたのだろうか。
そんなヤツが、映画が始まってから終わるまで、あんなに食らいついて没入し、以後40年以上高評価を続けることになるのだから、宮﨑駿の力は恐るべしである。
作品の世界観はかなり独特である。前知識なしでよくあの世界に入り込めたものである。

人為による環境破壊は、いずれ人類に手痛い返礼を食らわすことになるという教訓が、12歳男子の心に強烈に刻み込まれた。
あれから42年たって、人為によるCO2排出により、人類は酷暑や異常気象をもたらす気候変動に晒されている。この記事を書いている時点では、本格的な夏はこれから。もううんざりである。

さて当時、特筆すべきは、それまでアニメに見向きもしなかった大人がこのアニメを認めたこと。
マンガやアニメなど見てる暇があったら勉強しろ、と言っていた教師が、教室のテレビでナウシカを上映するような世界線が現出したのである。時間が足りなくてクライマックスの前で打ち切られたのは今でも恨めしい思い出だが。
映画館で購入したパンフに、面白い記事があったのを覚えている。
巨神兵がドロドロ溶ける場面を描いていたアニメーター「A氏」が腹痛に悩まされ、「巨神兵の祟り」だと恐れられたエピソードである。

その「A氏」が庵野秀明であったということはかなり最近になってから知った。
そういえば庵野秀明監督によるナウシカ制作の噂はどうなったのだろうか。原作の第7巻を3部作で、という構想があるらしいことは鈴木敏夫のラジオ番組で語られていた。これはこれで見てみたいのだが。
公開以来42年。
いまだに日テレで放映が繰り返され、その度にSNSで話題が盛り上がる。40年以上前のコンテンツがこれほどに途切れず継続して話題になり続けるのは尋常でない。
とんでもないお化けコンテンツにリアルタイムで出会い、しかも事前に全く興味がなく、それにも関わらず見た後40年以上も面白いと思い続けることのできる作品と同時代に生きることができたのは幸せである。

