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【一瞬の永遠が描く音の風景】人生の最期に希求する旋律と陶酔 —— ヨハネス・ブラームス《ドイツ・レクイエム》

[不条理という影]
もしも今この瞬間、予期せぬ病に倒れたなら。
もしも今、大地震に襲われたなら。
もしも今、歩道を歩いている途上、自動車が突っ込んできたなら。……

そうした想像は、私にとって決して空想ではない。
生とは、常にそうした断崖の縁に立ちながら営まれているものだと思っている。
ゆえに私は、食事をする時もしばしばこう考えるのである。
――これが、最後の食事になるかもしれない、と。
それは決して美食家の奢った感傷ではない。
生の有限性に対する、一種の礼儀である。
思えば、そのような観念を抱くようになったのは、若き日にアルベール・カミュ(1913〜1960)の『異邦人』『ペスト』に触れてしまったからであった。
それ以前の読書は、まだ物語であった。
しかし、あの作品を境に、思想と哲学という暗い奔流が私の内部へ一気に雪崩れ込んできたのである。
世界には予定調和など存在しない。
人はある日突然、理由もなく不条理の只中へ投げ込まれる。
しかも、その不条理を見つめ続けたカミュ自身が、結局は不測の交通事故によって急逝した。
それはまるで、彼の思想そのものが、彼の肉体を追い越して現実化したかのようであった。
以来、私の中には常に死という、生の存在を打ち消す存在に煽られているような気がしてならない。
それは陰鬱な絶望としてではなく、背後に静かに立ち続ける同伴者として存在しているように思われる。

アルベール・カミュ(1913〜1960)

[メメント・モリ]
あるいは私は、どこか強迫的なのかもしれない。
ラテン語の

“メメント・モリ”「死を想え」

あるいは『葉隠』における山本常朝(1659〜1719)の

武士道とは死ぬことと見つけたり。

『葉隠』

だが、それらは決して死を賛美しているのではない。
死が常に隣接しているからこそ、生を粗末に扱うなという警句なのである。
人は、永遠に生きると思うから傲慢になる。
明日も当然のように訪れると信じるから、今日という一日を浪費する。
しかし、本来、生とは刹那の連続にすぎない。
私は極力、予期せぬ死を回避したいと思っている。
それは単なる生存本能ではない。
私は、自らの最期にある種の“美”を求めているのである。

山本常朝(1659〜1719)

[バッハという祈り]
ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685〜1750)を知った時から、私は漠然と願うようになった。
――もし死ぬなら、バッハを聴きながら溶解するようにこの世を去りたい、と。
私はクリスチャンではない。
が、内村鑑三(1861〜1930)を敬愛するあまり、日曜日ごとにプロテスタント教会へ通っていた時期もあった。
聖書を読み、不明な点は牧師に尋ねるとともに説教に耳を傾け、聖歌や賛美歌を聴き入った。
だが、そこで私が知ったのは、神の偉大さではなく、真摯に神を信じ得た内村鑑三という精神の巨大さであった。
私はついに信仰へ到達できなかった。
否、何かが崩れ落ちていったのである。
しかし、それでもなお教会音楽だけは私を宗教の岸辺に繋ぎ止め続けた。
とりわけバッハの音楽には、もはや宗派を超えた何かがある。
それは信仰というより、宇宙そのものの構造に近い。
《マタイ受難曲》を聴く時、私はキリストの受難以上に、人間存在そのものの悲しみと崇高さに触れていしまう。
《ミサ曲ロ短調》に至っては、すでに宗教音楽という枠を超え、純粋な精神の大聖堂となっている。

内村鑑三(1861〜1930)

[ブラームスとの遭遇]
しかし長い間、私は思っていた。
結局、バッハを超える音楽には出会えないのではないか、と。
確かに、モーツァルトの《レクイエム》ヘンデルの《メサイア》にも心を揺さぶられた。
そして、ベートーヴェンの《ミサ・ソレムニス》にも、精神を激しく揺さぶられた。
だが、どこかで私は、なおバッハの背中を追い続けていた。
そして、ある日。
私はとうとう出会ってしまったのである。
1868年、ヨハネス・ブラームス(1833〜1897)によって発表された《ドイツ・レクイエム》
それは、死者のためというより、生き残された者のための鎮魂曲であった。
通常のレクイエムがラテン語典礼文に基づくのに対し、《ドイツ・レクイエム》は、ルター訳聖書のドイツ語によって構成されている。
しかもブラームスは、最後の審判や地獄の恐怖を描かなかった。
彼が見つめていたのは、死そのものではない。
死に直面した人間の悲しみである。

悲しんでいる人たちは幸いである
その人たちは慰められるであろう

《ドイツ・レクイエム》

冒頭、静かな合唱が始まった瞬間、私は理解した。
この曲は、神の威光ではなく、人間への深い憐憫によって成立しているのだ、と。
そこには宗教的恫喝がない。
永遠の罰もない。
あるのはただ、有限な存在として生きる人間への限りなく静かな眼差しである。
ゆえに私は、この曲に奇妙な救済を見る。
信仰を持たぬ私ですら、そこに慰めを見出してしまう。
とりわけ、ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908〜1989)指揮による演奏の優雅な所作は、もはや単なる指揮者の身振りではない。
彼自身が、ひとつの高貴な楽器なのだ。
まるで巨大な音楽が、彼の身体を媒介として自然発生しているかのような、あの気品。
指揮というより、むしろ儀式に近い。
彼は音を統率しているのではない。
音楽そのものに身を委ねているのである。
私は何度も、その演奏に陶酔した。
そして思うのだ。
人生の最期は、この曲とともに去りたい、と。

ヨハネス・ブラームス(1833〜1897)
ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908〜1989)

[半俗禅道主義者としての終焉]
私は、反宗教者である。
同時に、半俗禅道主義者でもある。
ゆえに、戒名も不要である。
墓も不要である。
死後の権威づけにも、祖霊信仰にも、ほとんど価値を見出だせない。
人は死ねば、灰になる。
それだけで充分だ。
だが、それでもなお私は生の終焉に“音楽”を求めている。
それは矛盾ではない。
人間が最後まで美を必要とする存在であるという証左なのだと思う。
私は、無音の死を望まない。
《マタイ受難曲》
《ミサ曲ロ短調》
《レクイエム》
《メサイア》
《ミサ・ソレムニス》
そして《ドイツ・レクイエム》。
それらに包まれながら、意識がゆっくりと薄れていく。
そのようにして去りたい、と強く願い続けている。
恐怖ではなく、陶酔のうちに。
信仰ではなく、美のうちに。

そして最後には、ただ静かに灰となり、風と闇の中へ消えてゆきたいのである。

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