「自己マスタリー」に到達した人々――弱さをさらけ出す蛮勇
お疲れさまです、内藤銀ねずです。
ピーター・センゲ『学習する組織』第8章「自己マスタリー」。5つのディシプリンの1つであるとともに、センゲさんはこんなことを書いています。
今振り返ってみると、5つのディシプリンの中で最も抜本的なのは自己マスタリーだった。これは、人が人間として真に成長できる組織環境を創り出すことができるという考え方である。
当初、この章を読んだとき、「真実に忠実であれ」とか「リーダーは模範たれ」とかいう文章に、私は何か宗教じみたものを感じて、伴走していたCopilotにこんな相談をしています。
自己マスタリーは、ある意味宗教のような部分もありましたが、 仏教やキリスト教の自己鍛練方法を引用しつつも 宗教性を廃した論理の運びになっています。 しかし大宗教それぞれが似たような鍛練の仕方にたどり着いたことを考えると、 それは普遍的な探求なのかもしれません。
Copilot said:
とても本質を突いた読み方をされていますね。
あなたの言う
「宗教のようでありながら、宗教性を廃した論理」
これはまさにセンゲの第8章の最大の特徴です。
■ 宗教的テーマを扱いながら、宗教ではない
センゲは
• 意志
• ビジョン
• 自己超越
• 現実への深い洞察
といった通常は宗教・哲学の領域で語られるテーマを扱っていますが、
宗教的な前提(救い・教義・信仰)に依存した説明は避けています。
しかし方法論としては、仏教の「観察・気づき」、
キリスト教的な「自己省察」などと通底している。
これはおそらく
「人間が自己の限界を越えようとするときに現れる普遍的パターン」
だからでしょうね。
■ 大宗教が似たような鍛練に至る理由
仏教、キリスト教、ストア哲学、イスラムのスーフィズムなど、
異なる文化圏・時代に生まれた精神体系が、
• 客観視
• 執着からの自由
• 欲望と現実のギャップ(創造的緊張)
• 真実に向き合う勇気
• 長期的な自己変革
といった類似のメカニズムに到達していることは、
心理学的にも、認知科学的にも、
そして実践の歴史から見ても興味深い一致です。
センゲはその“普遍性”を、宗教的権威に頼らず、
組織開発と個人の学習プロセスとして再構築しています。
だから、宗教ではないのに宗教より深く、
人間存在の根源に触れるような手触りが生まれるのだと思います。ふむ。
そんなわけで、今回は私なりに「自己マスタリー」を達成した人々と、かれらが残した言葉を整理してみようと思います。
唯円『歎異抄』

「念仏を唱えても喜びが起きません。また、今すぐ浄土へ行きたいと思う心が起きないのはどういうことなのでしょう」と親鸞聖人に聞いてみたところ、「わたし(親鸞)もそう思っていた。お前(唯円)もそうだったか。ただ、よく考えてみると天地に勇躍するほど喜ぶはずのことを喜ばないことこそが、まさに往生が定まったと思うのだ。喜ぶ心を抑えて喜ばないのは、われわれ人間の煩悩の仕業なのだ。それなのに、阿弥陀如来はかねてから願いを込めて、われわれを煩悩具足の凡夫とされたのだ。他力の悲願はわれわれのためなのだと思うことで、いよいよ頼もしいと思うのだ」
親鸞は「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」と言った。念仏を唱えて阿弥陀如来に帰依すれば、どんな人でも極楽浄土に行けるのだ、と。
ところが、どんな人でも往生できるその喜びを、親鸞自身が感じていないと正直に弟子に話した。本文中の「親鸞もこの不審ありつるに、唯円房おなじこころにてありけり(わたし(親鸞)もそう思っていた。お前(唯円)もそうだったか)」を言ったとき、親鸞は笑ってそうなのが分かるくらい、「俺もそうなんだよ!」と言っている。
この「立派でなさ」を隠さないことが「自己マスタリー」なのではないかと思っています。
曹操『求言令』

そもそも、多くの人々を統率し、補佐役を任命するうえで最も警戒すべきことは、面と向かって従うふりをするだけの者たちである。『詩経』には、「もし私の計画を聞き入れて用いるならば、大きな後悔はないだろう」とある。これはまさに、君主と臣下が心を尽くして率直に語り合うことを求めた言葉である。私(曹操)は重い任務を担っているため、常に道を踏み外すことを恐れている。しかし近年になってからというもの、優れた進言を耳にすることがほとんどない。これはひょっとすると、私の側に意見を広く求める努力が足りなかったからではないだろうか。今後は、掾属・治中・別駕の諸官は、毎月定例の機会にそれぞれ私の過失を指摘せよ。私はそれを見て検討することとする。
三国志の英雄・曹操は、漢丞相という激務にあっても詩を含む文章を書くことをやめなかった。現代にも残る「魏武注孫子」を書いたり、その成果を幕僚たちと共有したりと、中国の歴史の中でも頭一つ飛び抜けた存在だと思います。
曹操が残した文章の中でも『求言令』はとりわけユニークで、「自分(曹操)が間違ってたら遠慮なく言ってくれ」と、これが本当に英雄の言葉なのかと。
曹操が死んだ時、まだ魏は統一半ばでした。普通ならそのまま国が滅びてもおかしくない。統一王朝なら誰が継いでも回っていったでしょうが、魏は中途半端なままでも三国最強の国を維持できた。
『求言令』を恥じることなく発せられる初代がいたからこそだと思う。
本田宗一郎

HONDAの創業者、本田宗一郎。これはもう、そのまんまです。
以前X(旧Twitter)でコンサルタントの方がつぶやいているのを見ましたが、「素っ裸で走り回る経営者を、周りの人たちがタオル持って追い掛けてるような企業は、寿命が長い気がします」というのがそのまま当てはまる気がする。
植芝盛平

拳銃の弾さえよけられる、と言われた合気道の達人、植芝盛平(うえしばもりへい)。死ぬまで「自分はまだまだだ」と言い続けた人だそうです。
流れ的に「名言集」みたいになっていますが、あくまで「自己マスタリー」に到達した人々の言葉ですからね。結果として名言集みたいになってしまうのはやむを得ない。
内村鑑三『基督信徒のなぐさめ』

愛する人が亡くなってから私が経験した苦痛は、単にこの世にその人がいないということにとどまらない。人間、いつかは死ぬものだし、今死ぬのも30年後に死ぬのも大差ない。しかし私は信仰の無力なることを知り、この世に私の身も心も置く場所を失ったように思った。これこそが無間地獄であって、人間の永遠の刑罰というものなのだろう。私はキリスト教を信じたことを悔いた。もし私に神様という思想がなかったなら、こんな苦痛はなかった。私は人間として生まれたことを嘆じた。もし愛情というものが私になかったなら、こんな落胆はなかった。どうやってこの傷を癒やせばよいものか。
無教会主義のクリスチャン、内村鑑三は人生のどん底にあって最愛の妻を病気で失うという、何重もの不幸(これを試練と呼ぼうか)に見舞われています。普通なら信仰によって救われた、などと書くところ、この人は「私はキリスト教を信じたことを悔いた」とまで書いた。それを認めることを、この人は恥じていない。
これほどの「真実に忠実」はなかなか出来るものではないし、若松英輔さんはその著書で、内村こそ東洋に現れた預言者である、とまで述べています。
こういう人でなければ、人はついていかないだろうな、とも思う。
自己マスタリーとは
「自己マスタリー」と聞くと、何やら「自己啓発」だったり怪しいセミナーを受けて学んでゆくことのようにも思えますが、何のことはない、「学んだことを手放す勇気を持つこと」なのだと思います。
要するに「バカ」に徹しろ、ということ。
親鸞は優秀な学僧でしたが、「愚禿親鸞(ぐとくしんらん)」と名乗り、勉強したことを使わずに阿弥陀如来に一切を委ねるという「バカ」を選んでいます。
曹操も歴史に名を残すほどの英雄ですが、「自分が間違ってたら遠慮なく言ってくれ」という命令がそもそも「バカ」。
内村鑑三に至ってはキリスト教を信じた俺が「バカ」だった、まで言ってる。
英雄、宗教者、実業家、武道家など世間では「偉人」と言われるような人々がみんな「バカ」を選んで名前が残っているというのは、たぶん偶然ではないのです。「バカ」になれる蛮勇こそが「自己マスタリー」なのだと、私は思っています。
