🪶段差を越えられない恋がある。前世が「ルンバ」だった男の悲劇:純愛編|今日は何の日エッセイ #82
その男、佐藤進(すすむ)は、常に直進しかできなかった。 歩く時は常に最短距離。直角に曲がる時は一度停止し、機械的な音を立てて(口癖が「ウィーン」なのだ)向きを変える。
そう、彼は前世が「自動掃除機・ルンバ」であった。
そんな進が、運命の恋に落ちた。相手は、いつも駅の改札横で立ち止まっている、どこか冷ややかで、けれど凛とした佇まいの女性、門子(かどこ)さん。 彼女の前世は、オフィスビルの「自動ドア」だった。
「……待ってくれ、門子さん!」 進が彼女を追いかけようとした刹那、悲劇は起きた。 歩道と車道の間にあった、わずか1.5センチの段差。
普通の人間なら気づきもしないその高低差が、進にとっては「断崖絶壁」であった。彼は段差に爪先が当たった瞬間、無意識にバックし、その場で45度右回転して、壁に激突した。 「……すまない、門子さん。僕は君に近づきたいのに、この『センサー』が君を障害物だと判定してしまうんだ」
対する門子さんもまた、苦悩していた。 彼女は、誰かが目の前に立ち、一定の「間(ま)」が生まれない限り、心の扉を開くことができない。 「進さん、もっと近くに来て。私のセンサーが反応するまで、あと20センチ……!」
二人の距離、わずか50センチ。 進は必死に直進しようとするが、足元に落ちていた「ポテトチップスの袋」に気を取られ(前世の習性だ)、猛烈な勢いでそれを吸い込もうとして、足をもつれさせた。
「ダメだ……。僕は、君を幸せにできない。僕は、掃除が終わったら、一人で静かにコンセント(自宅)へ帰らなきゃいけない身体なんだ!」
絶望に打ちひしがれる進。 しかしその時、門子さんが叫んだ。 「いいえ、進さん! 見て、あそこ!」
彼女が指差した先には、バリアフリーのなだらかなスロープがあった。 進の瞳に、電子的な輝きが宿る。 「……スロープ。あれなら、僕の車輪(脚)でも越えられる!」
進は最大出力で加速した。時速4キロ。ルンバ界におけるマッハの速度だ。 スロープを駆け上がり、門子さんの正面、正確に30センチの地点で急停車する。
その瞬間、門子さんの「自動ドアの魂」が共鳴した。 「……あ、開く。私の、心が、開くわ……!」
ガガガッ、という重厚な駆動音とともに、彼女は両手を左右に大きく広げた。 日曜の夜の駅前。 直進しかできない男と、横に開くことしかできない女が、ついに一つの「空間」になった。
「進さん……、私のこと、吸引(愛)して」
二人の恋は、今、充電満タンで走り出す。 たとえ、途中で猫に踏まれようとも。
2026年2月22日 恋のセンサー、感度良好。
kotori
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