本棚の記憶 ~⑤ひまわりの向く先
『本棚の記憶シリーズ』も第5回、今回で最終回。
原田マハ『リボルバー』
3年前の転職直前、東京に行った。前職の先輩に挨拶をして、転職先になるNPOの活動も見に行った。
その合間に、新宿のSOMPO美術館でゴッホの展覧会をやっているのを見つけた。どうせ行くならと思って、いくつかゴッホに関する書籍を読んだ。そのなかの一つが原田マハの『リボルバー』だった。
主人公は、幼い頃からゴッホの「ひまわり」に魅せられていた女性で、パリの小さなオークション会社で働いている。ある日、錆びついた一丁のリボルバーが持ち込まれる。ゴッホの自殺に使われたものだという。本当に自殺だったのか、それとも誰かに撃たれたのか。真贋を確かめるうちに、ゴッホと、その友人ゴーギャンの、知られざる関係に迫っていく。読み終えて、答えのない問いを抱えたまま、美術館に向かった。
それっぽい感じのマダムが
会場に入ってすぐ、「撮影OK」の案内があった。せっかくだからと写真を撮っていたら、近くにいたマダムに「写真はダメよ!ほんとにもぉ」とたしなめられた。いや、OKって書いてあるんやけどな、と思いながらも、その場は引き下がった。
しばらくして、そのマダムが小走りで戻ってきた。小声で「今回撮影OKらしいわよ!!」と。いや、知ってるしな。
そんなやり取りのあと、実物の「ひまわり」を見た。明るい黄色の絵、というイメージだったけど、全然違った。花瓶に生けられたひまわりから、なんともいえない圧を感じた。

水やりの毎日
新聞社にいた頃、自分よりぶっ飛んでた上司が「空港に借りれる土地があるらしい。ひまわり植えよう」と言い出した。神戸の空港島、土の搬入から畝の造成まで走り回った。まぁおもろいし、花屋の息子としてはほっとけんし、出社してすぐに「水やりしてきまーす」と言って出かける日々が続いた。どんな新聞社やww
9月、少し遅れて満開になったひまわりは背丈より高く伸びて、まっすぐに空を向いていた。あの明るさは、今でも覚えている。
ゴッホの「ひまわり」からはそんな明るさを感じなかった。生きてる間、ほとんど評価されなかった画家が描いた花。花瓶に閉じ込められて、これ以上伸びることも、空を向くこともできない、そういう圧だったのかもしれない。
振り返って
このシリーズ、5冊を振り返ってみると、思った以上に自分の人生の節目と重なっていた。
教師の葛藤を読んだ小学生。教師ではなくマスコミを目指した20代。双子が生まれた30歳。新聞社を辞めた40代。それぞれの時期に読んでいた本を並べただけだが、その時々の自分がどこを向いていたのか、後から見えてくる。
意味づけなんて、たぶん全部後付けだ。ゴッホのひまわりと自分が育てたひまわりも、たまたま重なっただけだろう。
それでも、こうして並べてみると、まっすぐ空を向いて伸びていたひまわりのように、自分も、その時々でどこかに向かって伸びようとしていたんだと思う。
あとがき
先日、「文章書くのが好きなんやね~」と言われた。
好きかどうかなんて、あまり気にしてなかった。ただ、書き続けたことで、思いもよらない世界が広がる出来事もあった。
その話は、また次のシリーズまでの『ま(間)』で。

『本棚の記憶』シリーズ
