大切な5歳児健診を、現場任せにしないでほしい ~子どものための制度だからこそ考えたい、保育者の専門性と負担~
8月に行われた園長会で、仙台市がこれから始めようとしている「5歳児健康診査」について説明がありました。
その話を聞きながら、私はこれは非常に大きな問題のある仙台市の制度だなと強く感じました。
と言っても、前提として書いておきたいのですが、私は5歳児健診そのものには賛成です。
むしろ、保育の現場にいる人間として、とても大切な取り組みだと思っています。
しかし今回示された仕組みについては、「このまま進めて本当に大丈夫なのだろうか」と強い疑問を感じています。

そもそも5歳児健診とは何なのか
現在、市町村に実施が義務付けられている乳幼児健診は、母子保健法に基づく1歳6か月児健診と3歳児健診です。
一方、5歳児健診については、こども家庭庁が全国での実施を進めており、国庫補助によって自治体の導入を支援しています。国は、出産後から就学前までの「切れ目のない健診」の実現を目指しています。
なぜ5歳なのか。
国の「5歳児健康診査マニュアル」を読むと、その意味はよく分かります。
5歳頃になると、言葉だけではなく、社会性や自己統制、友達との関係、集団の中での行動など、その子の発達の特徴が見えやすくなります。
注意欠如多動症、自閉スペクトラム症、軽度から境界域の知的発達症、場面緘黙などについても、この時期の姿から気づかれることがあります。
そして大切なのは、単に何かを「発見」することではありません。
必要に応じて医療、福祉、教育などにつなぎ、環境を調整し、その子が小学校で生活しやすくなるよう準備していくことまでが目的です。
国のマニュアルにも、健診後のフォローアップ体制を構築し、必要な情報を学校や教育委員会へつないでいくことの重要性が明記されています。
これは、現場にいる私たちにとっても非常に納得感があります。

「もっと早く分かっていれば」と思うことがある
園では、発達について少し心配があるお子さんについて、できるだけ就学前に必要な支援につながるよう考えています。
しかし、これは簡単なことではありません。
「少し発達について相談してみませんか」
たったこれだけのことを保護者に伝えるまでに、何か月、場合によっては何年もかけることがあります。
日々の子どもの姿を伝え、園でどんな工夫をしているのかを説明し、家庭での様子を聞き、保護者がどう受け止めているのかを確認する。
その積み重ねの中で、タイミングと言葉を慎重に選びながら相談を提案していきます。
だからこそ、5歳という段階で、すべての子どもに発達を含めた健診の機会が設けられることには大きな意味があります。
家庭では見えにくかった特徴が集団生活の中で見えることもありますし、反対に、家庭では心配されていても園では力を発揮していることもあります。
国のマニュアルでも、5歳児健診の特徴として、個人の発達だけではなく「集団における立ち振る舞い」を把握することが挙げられています。
だから、園の情報が必要だという考えにも私は賛成です。
問題は、その情報をどう集めるのかです。

「チェックシートだから簡単」ではない
仙台市から示された案では、保護者から依頼を受け、園が「家庭と園の共有シート」を記入し、それを保護者と共有したうえで医療機関へ持参する仕組みが想定されています。

しかも手引きでは、一人の先生だけではなく、複数の先生の視点で確認することが望ましいとされています。
項目自体は「はい・いいえ」などでチェックできるようになっています。


確かに、鉛筆を動かす作業だけなら数分なのかもしれません。
でも、私たちがチェックしているのはアンケートではありません。
一人の子どもの発達についての情報です。
しかも、その結果を保護者が見て、医師が健診の参考にする可能性があります。
そんなものを、「毎日見ているんだから分かるでしょう」と簡単に記入することはできません。
例えば「ルールに従って行動できる」「会話をうまくすることができる」「友達と一緒に遊ぶ」といった項目があったとしても、どの程度をもって「できる」とするのでしょう。
幼児教育は、全員が同じ年齢に同じことができるようになることを目標とする教育ではありません。
ましてや園によって環境も保育方法も違います。
ハサミを日常的に自由に使う園もあれば、安全上の理由から使用場面を限定している園もあります。
「のりが使える」という項目一つとっても、でんぷんのりを使う園とスティックのりを使う園では、子どもに求められる動作が違います。
表面的には簡単なチェックシートでも、実際に子どもの育ちを評価しようとすると、そこには専門的な判断が必要になります。
その時間を誰が負担するのか
そして、もう一つ大きな問題があります。
時間と人件費です。
これを書くと批判も多く上がるように思いますが、現場としては切実な問題なので、あえて書かせて頂きます。
今回の説明では、担当する職員は事前にeラーニングを受講することも求められています。
当然ですが、研修を受ける時間も仕事です。
そのうえで一人ひとりのシートを確認し、複数の職員で検討し、必要であれば管理職も確認する。
向山こども園の場合、対象となる学年には50人を超える子どもがいます。
仮に一人について5分しかかからないとしても、50人なら250分です。
4時間以上になります。2人の担当者がいるので、1人2時間はどんなに早くても拘束されます。もちろん、そんなに早くチェックがつけられるわけではありませんが、さらに複数の職員で確認するなら、その分だけ園全体として投入する労働時間は増えていきます。
実際には、気になる項目があるお子さんについて5分で終わるはずがありません。

そのチェックをなぜ付けるのか、過去の記録を確認し、担当保育者同士で話し、管理職と相談し、保護者へどう説明するのかまで考えれば、もっと時間が必要です。
こども家庭庁自身も、保育現場の配置基準を改善するなど、人員配置が保育の質に直結することを認めています。現在の基準では3歳児と4・5歳児でも配置基準が異なり、4・5歳児は原則25対1です。
保育現場はいま、人が余っているわけではありません。
私たちの園でも、記録や書類を減らしたり、AIを活用したりしながら、どうすれば保育者が持ち帰り仕事をせず、必要な休憩を取り、適切な時間に帰れるのかをずっと考えています。
そこへ新しい公的事業の仕事を追加するのであれば、本来は「園で何時間必要になるのか」「その人件費を誰が負担するのか」まで制度設計に含めるべきだと私は思います。
健診を担当する医師や行政には当然、事業として予算が組まれます。
一方で、園には「ご協力をお願いします」。
これでは、保育者の専門的な仕事だけが無償で提供されることを前提に制度が組まれているように見えてしまいます。
これは仙台市から見る保育者が、行政の担当者や医者より相当格下の仕事と認識されている現実なのだと思います。
一番難しいのは、チェックした後です
しかし私は、人件費以上に心配していることがあります。
保護者との関係です。
発達について保護者と話すことは、極めて繊細な仕事です。
子どもが落ち着かない。友達に手が出る。集団から離れる。言葉でのやり取りが難しい。
こうした姿があったとしても、それだけで発達上の問題だと判断することはできません。
言葉が出ず、終始イライラしていて周りの子どもたちに手を出してしまうお子さんであっても、睡眠のリズムを整えるように促し、時に園で朝ごはんを提供したりしながら、お腹が満たされ、衣服をきちんと整えてあげるなど、子どもが生きている生活環境が整うだけで、子どもの姿が大きく変わることもあります。
反対に、園の環境によって子どもの姿が違って見えることもあります。
自由度の高い環境では、子ども同士の葛藤も起こります。
活動を細かく大人が決める園と、子どもが自分で遊びを選択する園では、同じ子でも表れる姿は違います。
実際、別の園で「座って活動できないので発達に問題があるのでは」と言われたお子さんが、環境が変わると生き生きと遊び、仲間の中心になっていくこともあります。
だから私たちは、子どもの一つの行動だけを切り取って評価しません。
家庭での姿、園での姿、これまでの育ち、環境との関係を含めて考えます。

そして私たちは医師ではないので、診断する立場でもありません。
その境界線を大切にしながら、「少し専門家にも相談してみませんか」と保護者につないでいるのです。
国のマニュアルに掲載されている先行自治体の事例を見ても、この部分は決して簡単には扱われていません。
例えば、事前に保護者説明会を開き、個人情報の共有について文書で同意を得たり、保健師や療育の専門職が園を訪問して子どもの姿を観察したり、健診後に保護者・園・保健師で面談したりする事例が紹介されています。
つまり国の資料を読んでも、「チェックシートを書いて保護者に渡せば終わり」という仕事ではないことは明らかです。
大切な制度だからこそ、雑に始めてほしくない
私は5歳児健診をやめてほしいとは全く思っていません。
むしろ、必要だと思っています。だからこそ、丁寧に制度をつくってほしいのです。
国のマニュアルでも、5歳児健診は医師だけで完結するものではなく、保健師、心理職、療育職、保育者、教育委員会などが連携し、健診後まで支援する仕組みをつくることが求められています。
また、実施方法も一つではありません。
集団健診、医療機関での個別健診、園医方式、専門職が園を回る巡回方式、二段階方式など、地域に応じた方法が紹介されています。
だとすれば、仙台市にもまだ工夫の余地があるはずです。

全員分について園が同じ分量の書類を作成する必要が本当にあるのか。
園からの情報が特に必要なケースを絞る方法はないのか。
保健師などが園から聞き取る仕組みにはできないのか。
保護者への説明を園だけに背負わせず、行政や専門職が一緒に担うことはできないのか。
そして、園に新たな専門的業務を求めるのであれば、そのための人件費を事業費として考えることはできないのか。
モデル事業とは、本来、決めた仕組みをそのまま実行するためのものではなく、実際にやってみながら問題点を見つけ、より良い制度へ変えていくためのものだと思います。
園長会では、私だけでなく多くの園から同じような懸念が出されていました。
それを「手引きを作ります」「eラーニングで説明します」で終わらせるのではなく、なぜ現場がこれほど心配しているのかを、ぜひもう一度考えてほしいと思います。
保育者は、子どもをただ毎日見ている人ではありません。
毎日の姿を観察し、発達を考え、環境を整え、保護者と対話し、ときには何年もかけて支援につなぐ専門職です。
新しく健診を行うのを、あまりにも低コストで適当にやろうとしてはいないか? 一人一人の子どもを大切にするのであれば、それ相応の費用が掛かるのは覚悟すべきですし、その価値はあるはずです。
5歳児健診を本当に子どものための制度にするのであれば、その専門性を「無料で使える情報源」として扱うのではなく、制度を一緒につくる専門職として扱ってほしい。
子どもの発達を早くから理解し、必要な支援につなぐ。その目的には、私も心から賛成しています。
だからこそ、その目的を実現する方法については、行政と現場がもっと対話を重ねる必要があると思っています。
