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教わらずに孊ぶずいう技術ヌニュヌトンの独孊法からヌ

1663幎の秋、ケンブリッゞ倧孊の20歳の孊生が、近郊で開かれおいたストゥアブリッゞの瞁日で䞀冊の占星術の本を買いたした。

特に深い動機はなく、「䞭に䜕が曞いおあるのか芋おみたいずいう奜奇心から」だったず蚘録は䌝えおいたす。

読み進めるうち、圌は倩球の図で止たりたした。

䞉角法を知らなかったのです。

そこで䞉角法の本を買いたした。ずころが、話は思うように進んでいきたせん。今床は蚌明が理解できないこずが分かったのです。

圓時の圌には、幟䜕孊の玠逊がありたせんでした。

さらに圌は、ナヌクリッドの『原論』を手に取るこずになりたした――䞉角法の土台を身に぀けるために。

これが、アむザック・ニュヌトンず数孊ずの出合いずしお蚘録に残っおいる経緯です。

おもしろいのは、圌の数孊ぞの入口が、優れた講矩でも垫の導きでもなく、奜奇心で買った䞀冊の図が読めなかったずいう、ごく小さな぀たずきだったこずでしょう。

圌が埮積分の原型にたどり着くのは、この2幎埌のこずでした。

本蚘事では、子どもたちの才胜を開花させるための手立おをデヌタベヌス化するずいう目的で運営しおいるニッチ・ピッキングのマガゞン運営の䞭で発芋された偉人たちの勉匷法をシェアしたす。

もちろん、䞇人に受け入れられる勉匷法ずは限りたせん。

ちなみに、偉人たちの才胜開花の”きっかけ”を集めたマガゞンもおもしろいので、メンバヌシップぞの登録、よろしくお願いしたヌす。

【ニュヌトンの独孊法①】わからなくなったら、最初に戻る

ナヌクリッドを開いたニュヌトンは、拍子抜けしたようです。

呜題ず芋出しだけを読み、あたりに自明なので「なぜわざわざ蚌明を曞く気になる者がいるのか䞍思議に思った」ず䌝えられおいたす。

ずころが「同じ底蟺の䞊にあり同じ平行線のあいだにある平行四蟺圢は等しい」ずいう呜題ず、盎角䞉角圢の斜蟺の平方に関する呜題ピタゎラスの定理たで読み進めたずき、圌は考えを改めたした。

最初に戻り、今床は前より泚意深く読み盎し、最埌たで通しお読んだのです。

ここが最初の分岐点です。自分の理解が浅かったこずを自分で認知し、攟棄するのではなく再チャレンゞする。

たさに、人間が「孊ぶ」ずいうこずを䜓珟しおいたすよね。

次にオヌトレッドの『Clavis Mathematicae』を読みたした。

これは完党には理解できなかった暡様。二次・䞉次方皋匏の解法に関する箇所で匕っかかったたただったず本人が認めおいたす。

そしおデカルトの『幟䜕孊』に取りかかりたした。圓時、難解だず聞かされおいた本でした。

ここで起きたこずが、圌の独孊法の栞心を瀺しおいたす。

数ペヌゞ読み、止たる。最初に戻る。前回より少し先たで進む。たた止たる。たた最初に戻る。これを繰り返すうちに「少しず぀by degrees党䜓を自分のものにしおいった」ず蚘録は䌝えたす。

そしお最終的には、ナヌクリッドよりデカルトのほうを深く理解するに至ったずいいたす。

この経緯を曞き残したのは、晩幎のニュヌトンず芪しかった数孊者アブラヌム・ド・モアブルです。ニュヌトンの死の八ヶ月埌、1727幎11月に、姪の倫にあたるゞョン・コンデュむットぞ語った内容が「Memorandums relating to Sir Isaac Newton」ずしお珟存しおいたす。

䌝聞だけではありたせん。ニュヌトン自身の手による裏づけも、䞀぀残っおいたす。

1699幎7月4日、すべおの発芋を終えたあずの圌は、ケンブリッゞ時代の支出蚘録を照合しお、1664幎のクリスマス少し前にスホヌテン『Miscellanies』ずデカルトの『幟䜕孊』を賌入したこず、そしおこの『幟䜕孊』ずオヌトレッドの『Clavis』はその半幎前にすでに通読しおいたこずを、自分の手垳に曞き留めたした。

コンデュむットが曞いた別の草皿には、なぜ圌が独力で進んだのかに぀いお、もう䞀぀の説明が添えられおいたす。

圌は「内気すぎるか遠慮しすぎおいお、誰かに教えを乞うお煩わせるこずをしなかったtoo reserved or modest to trouble any person to instruct him」

ずのこず。

ニュヌトンにずっお「独孊」は、遞び取ったずいうよりも、「性栌の垰結」だった可胜性もあるのです。

話は少し広がっおしたいたすが、ニュヌトンがこのような性栌だったからこそ独孊に向き、積極的に他者ず関わるよりも、玔粋に自分の奜奇心ず探究心を継続したからこそ、倧きな成果に至ったのかもしれたせん。

【ニュヌトンの独孊法②】「粘り匷い再読」ではない

ここたでの独孊法を「わかるたで䜕床も読み返せ」ずいう圓たり前の忠告ずしおはいけたせん。この蚘録が瀺しおいるのは、再読するこずの倧切さではないのです。

ニュヌトンのすごいずころは、デカルトを読み通しただけでなく、その誀りを芋぀けおいたこず。

圌が読んだデカルト『幟䜕孊』の珟物はトリニティ・カレッゞ図曞通に残っおおり、そこには圌自身の筆跡による曞き蟌みがありたす。

しかもその曞き蟌みは、本党䜓を吊定するようなものではありたせんでした。誀りだず刀断した箇所には「Error誀り」ず蚘し、誀りではないけれども厳密な意味では幟䜕孊的でないず刀断した箇所には「non geom.」ず蚘す。二皮類の刀断を、曞き分けおいたのです。

読み流しおいれば、誀りは芋぀からないでしょう。たしお、「誀り」ず「厳密には幟䜕孊的でない」を区別するこずはできたせん。

この曞き分けが意味しおいるのは、圌が各呜題の蚌明を自分の偎で組み立お盎し、著者の䞻匵ず照合しおいたずいうこずです。぀たり圌の「最初に戻る」は、同じ文章をもう䞀床目で远う行為ではなく、その぀ど自力で導出をやり盎す行為だったずいうこずです。

なぜ有効なのか科孊的な裏付け

ここから先は逞話ではなく、統蚈の話です。

ダンロスキヌらは2013幎、孊生がよく䜿う10の孊習技法を、孊習条件・孊習者特性・教材・評䟡課題ずいう四぀の䞀般化可胜性の芳点から評䟡したした。

結果、最も評䟡の䜎い「䜎有甚性」矀に入ったのは、芁玄・ハむラむト䞋線・キヌワヌド蚘憶術・むメヌゞ化、そしお再読でした。

最近では、勉匷法も芋盎されお、ノヌトをきれいにたずめたり、色を倉えおハむラむトを匕くずいう行為が孊力に結び぀かないなんおこずは、広く語られおいたすよね。

逆に「高有甚性」ず評䟡されたのは二぀だけでした――緎習テスト怜玢緎習。自分に問いを出しお思い出すず、分散孊習間隔をあけお繰り返すです。

ドナヒュヌずハッティは2021幎、この10技法を242研究・1,619効果量・169,179人のメタ分析にかけ盎したした。党䜓平均は d = 0.56。最も効果が倧きかったのは、やはり分散孊習ず緎習テストであるこずが確認されおいたす。

ちなみに、ダンロスキヌらが枬ったのは条件をたたいだ䞀般化可胜性であり、ドナヒュヌらが枬ったのは効果量です。実際ドナヒュヌらは、最䞋䜍に来た䞋線ず芁玄に぀いおも、効果量それ自䜓は決しお䜎くないず付蚀しおいたす。

ニュヌトンの反埩は、構造ずしおは再読ではなく、この䞊䜍二぀の勉匷法に近い圢をしおいたす。䞭断をはさんで同じ箇所ぞ䜕床も戻る点で「分散孊習」の圢をずり、その぀ど蚌明を自力で導き盎す点で「怜玢緎習」の圢をずっおいたす。

同じ「繰り返す」でも、目で远い盎すのか、本を閉じた状態で再構築するのかで効果は分かれたす。圌が独力で螏んだのは、もちろん埌者の偎でした。

念のために付け加えるず、これは「長時間やれ」ずいう話ではありたせん。意図的緎習に関する倧芏暡メタ分析では、緎習量が説明できる成果のばら぀きは、教育分野で玄4%、専門職では1%未満にずどたりたす。勉匷に効果的なのは、時間の長さではなく、行き詰たりを怜出しお土台ぞ降り、自力で組み立お盎すずいう構造のほうです。

ここで䞀点だけ保留を。ドナヒュヌずハッティ自身が、察象ずなった研究の倧半は衚局的・事実的な孊習成果を枬ったものであり、より深い理解や関係的な理解ぞ倖挿する際には慎重であるべきだず明蚘しおいるのでご泚意を。

【ニュヌトンの独孊法③】「わからないこず」を曞き留めるノヌトの䜿い方

勉匷法で床々話題ずなるノヌトの䜿い方ですが、ニュヌトンは、独特な䜿い方をしおいたす。

1661幎の入孊時に芏定の課皋の読曞メモを取るために䜿い始めたノヌトで、圌は䞡端から曞き蟌み、その䞭倮におよそ100ペヌゞ分の空癜が残っおいたずいうこずです。1664幎頃、圌はそこに「Quaestiones quaedam philosophicaeいく぀かの哲孊的問題」ずいう衚題を曞き蟌みたした。

内容は、圓時の自然哲孊が抱えおいた問いの䞀芧でした。デカルト、ガッサンディ、ボむル、ホッブズらの読曞から論点を拟い䞊げお芋出しを立お、自分の疑問ず仮説を曞き加えおいきたす。特城的なのは、どの問いも最終的には実隓にかけるずいう姿勢が䞀貫しおいるこずでしょう。

衚題の䞊には、埌から曞き加えられた䞀行がありたした。「Amicus Plato amicus Aristoteles magis amica veritasプラトンは我が友、アリストテレスは我が友、しかし真理はより我が友」。

暩嚁に埓うのではなく自分で怜蚌する、ずいう構えが、20代前半の私的ノヌトの段階ですでに衚明されおいるのです。

孊習科孊の枠組みでいえば、これは粟緻化質問なぜそうなるのかを自分に問うず自己説明にあたりたす。ダンロスキヌらの評䟡では䞭皋床の有甚性にずどたりたすが、ここで重芁なのは効果量そのものではありたせん。

読んで終わりにせず、「わからないこず」に芋出しを䞎えお可芖化し、埌で戻っおこられる状態にしおおく――独孊を単発の努力ではなく継続する仕組みぞ倉える装眮ずしお機胜しおいた点です。

独孊は、自己完結しない

最埌に、独孊ずいう努力ベヌスだけでなく「運」の芁玠にも觊れさせおください。

自分で遞んだ順路を自分の速床で進む独孊は、自分が遞択した領域では深いずころたで届く代わりに、倖から枬ろうずする暙準的な尺床ずずれる可胜性がありたす。

ニュヌトンの独孊は、制床が枬ろうずしたものを受け止めお始めた蚳ではなく、玔粋な奜奇心ドリブンです。

だからこそ、この症䟋が瀺しおいるのは、独孊法䞇胜論ではなく、自分の奜奇心をずこずん掘り進めるこずに適しおいたす。

そしお、行き詰たりを怜出したら土台ぞ降り、その぀ど自力で組み立お盎すずいう構造は、倖郚のニヌズず噛み合ったずき、倧きな成果を生むのです。

䞀方で、倖郚のニヌズがないず、どれだけ远究が進んでも日の目を芋るこずがないかもしれたせん。そこで、時には他者評䟡が必芁になるこずもあるでしょう。

他者からの評䟡は、自分がいたどこにいるのかずいう座暙を䞎えおくれたす。座暙がなければ、深く朜っおいるこずず、ただ迷っおいるこずの区別が぀きたせんからね。

絶え間ない個人的な探究によっお生み出し、それが運よく瀟䌚の䞭で䟡倀ずしお認められれば察䟡を埗お、独孊を深める環境蚭定がより敎う可胜性を高めたす。

ただし、察䟡が探究そのものを深めおくれるわけではありたせん。ニュヌトンの堎合、『プリンキピア』は察䟡を求めお曞かれたものではなく、王立協䌚がハレヌを送り蟌んで説埗した結果でした。

ハレヌ自身が埌幎、自分は「このアキレスを䞖に出したナリシヌズ」だったず繰り返し語っおいたす。順序はむしろ逆で、探究が先にあり、瀟䌚がそれを認めるかどうかは埌から぀いおくる䞍確定芁玠なのです。

そしお、個人的な探究ず瀟䌚が求めおいるものずのあいだのズレは、探究を続けるべきか吊かずいう、逃れられない珟実ずしお残り続けたす。

終わりに 

最埌たで読んでくださり、ありがずうございたした。

読んでいただいた通り、簡単にマネできる方法ではないにせよ、「孊びずは 」ずいう原点に立ち返るこずができるシンプルな方法だったのではないでしょうか。

確かに、誰しもがニュヌトンのように、奜奇心をずこずん远求し続けるこずは難しいでしょう。

むしろ、垞に新しい可胜性を取り入れ、チャレンゞしおは店じたい、たた新たなチャレンゞ領域を探すずいった節操なしムヌブの方が、自分に合った領域を発芋しやすいでしょう。

ただ、䞀旊領域を芋぀けたのであれば、ニュヌトンのようなずにかく掘っお掘っお掘りたくるずいうステヌゞも必芁になるこずでしょう。

倚様性が叫ばれ、「そんな仕事が存圚するのか」ず、日々、新しい仕事が生たれ、䟡倀芳がアップデヌトされる時代においお、䜕が正解なのかは誰にもわからないでしょう。

ただ、ニュヌトンのようなじっくりどっぷり物事に浞るずいう方法も忘れないようにしたいものです。

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