【日曜日は仏教・マインド】教科書には載っていない日蓮の素顔
日本史の授業で習う日蓮といえば、どんな人物でしょうか。
幕府に『立正安国論』を突きつけ、他宗を激しく批判し、伊豆国と佐渡島へ2度も流罪になっても決して屈しなかった。
むしろ、そのような法難に遭うこと自体が自分自身が信じる宗教が正しい証拠であると、ますます信仰心を強くしたほどです。
そんな「闘う過激な僧侶」のイメージを持つ方が多いのではないかと思います。
私も長らくそう思っていました。
ところが植木雅俊先生の『日蓮の手紙』を読んで、その印象が変わりました。


残された手紙のなかの日蓮は、信徒一人ひとりの暮らしを気づかい、共に涙を流し、まるで田舎の親戚のおじいさんのように、目の前の「たった一人」を温かく包み込んでいたのです。
表の顔は、激しい烈風。
けれど裏の顔は、涙もろくて温かい春風。
このギャップを知り、日蓮さんにはすっかり心を掴まれてしまいました。
三人の名僧は、どう筆を執ったか
日蓮の温かさを味わうには、同じ時代を生きた開祖たちと並べてみるのが一番です。
様々な仏教の学びを行ったのち、浄土宗を興した法然は、殺生を業とする武士や、当時「罪深い」とされた女性に対し、「念仏をとなえれば必ず救われます。何も心配いりません」と、相手の不安を根こそぎ取り除く手紙を書きました。
すべてを包み込む慈愛の人です。

法然に教えを受けた後、自らの浄土真宗を興した親鸞は、少し違います。
彼は教えの純粋さを何より重んじ、関東の門弟に宛てた手紙も、誤った解釈を正すための硬い内容が中心でした。
極めつきは、嘘の「秘密の教え」を広めた長男・善鸞を義絶した手紙です。
我が子を切り捨ててでも、万人を救う「法」の正しさを守り抜いた――血の涙で筆を執った孤高の思想家でした。

中国へ渡って教えを受けて禅宗である曹洞宗を興した道元に至っては、個人的な悩み相談の手紙がほとんど残っていません。
「なぐさめ合う暇があるなら、ただ黙って坐れ」。
その沈黙そのものが、只管打坐に生きたストイックな求道者の答えでした。

慈愛の法然、論理の親鸞、沈黙の道元。
では、日蓮はどうだったのでしょうか。
内村鑑三も認めた「烈風」の男

ここで、明治時代のキリスト教徒(無教会派)の内村鑑三さんの証言を挟みたいと思います。
彼は『代表的日本人』のなかで、日本を代表する思想家・活動家の五人の日本人の一人として日蓮を選びました。
国家権力にも他宗にも一歩も引かず、流罪や暗殺の危機に晒されながら信念を貫いた姿を、内村は独立不羈(どくりつふき)の預言者のように描いています。
キリスト教と仏教、という宗教は違えど、その魂の強さに深く打たれたのでしょう。
つまり日蓮は、内村が世界に誇りたいほど「強い」男でした。
その強靭な人が、手紙のなかではまったく別の顔を見せる。
ここに、この記事のいちばん伝えたいことがあります。
「冬は必ず春となる」―一人の女性への祈り

日蓮の人間性が最も色濃くにじむのが、女性へ宛てた手紙です。
当時の仏教界には、女性はそのままでは成仏できないという古い差別が根強く残っていました。
けれど植木先生も指摘されるように、日蓮は女性を「導くべき弱者」ではなく「共に法華経を信じる同志」として、対等に、深い敬意をもって接しました。
残された手紙の多くが女性宛てだという事実が、それを静かに物語っています。
なかでも妙一尼(みょういちに)という女性への手紙が忘れられません。
彼女は日蓮を信じたがゆえに所領を没収され、夫に先立たれ、病弱な幼子を抱えて極貧の底にいました。
信仰さえ捨てれば楽になれたはず。
妙一尼はそれでも日蓮を案じ、仕送りを続けた彼女に、日蓮はこう綴りました。
「法華経を信ずる人は冬のごとし。冬は必ず春となる」
これは耳ざわりのいい名言ではありません。
「あなたは今、凍えるほど寒い冬のなかにいる。でも負けないで。私が必ず春にしてみせる」という、血の通った祈りそのものだったのです。

もう一通、忘れがたい手紙

日蓮の温かさには、もう一つの表れ方がありました。
上野尼御前(うえのあま ごぜん)という女性は、夫に先立たれたうえ、希望の星だった十六歳の息子まで突然失います。
普通の僧なら「形あるものは必ず滅びる」と諭すところかもしれません。
しかし、日蓮は違いました。
「花が散って実が残るならまだしも、実が落ちて花が残ってしまった。これが夢なら、早く覚めてほしい」と、母親と一緒になって涙を流したのです。
妙一尼には「冬は必ず春になる」と未来を指し示し、上野尼には理屈よりも先に「共に泣く」。
相手が立っている場所に合わせて、励まし方そのものを変えていた。
この細やかさこそ、日蓮の手紙が何百年も人の心を打ちつづける理由なのだと思います。



強さと優しさは、同じ根から

国家を相手に一歩も引かなかった烈風の男が、すべてを失って泣く女性の前にしゃがみこみ、共に涙を流して肩を抱く。
この振り幅の大きさこそ、日蓮の底知れぬ魅力だと私は思います。
そしてふと気づくのです。
外で命がけで戦っていたからこそ、迫害に耐えてついてきてくれた信徒たちは、単なる教え子ではなく「命を預け合った家族」だった。
烈風と春風は、じつは同じ一つの根から吹いていたのだ、と。
手紙を通して見えてきたのは、歴史上の偉人ではなく、私たちと同じように悩み、怒り、誰かを本気で愛した一人の温かい人間の姿でした。
何百年も大切に保管されてきた理由が、読んでみるとよくわかります。
私自身は、日蓮に限らず、生きることに熱心で力強い人物、に興味があるのかな、と感じています。
ところで、みなさんは日蓮・法然・親鸞・道元のなかで、どの生き方に一番惹かれますか。
教えの内容よりも「人柄」で選ぶとしたら、案外バラけるのではと思っています。
よかったらコメントで教えてください。
私はやはり、泣きながら手紙を書く日蓮さんあるいは、温かい心を見せてくれる法然さんですね。
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