AI活用で失敗した話 ― 丸投げしたら何も残らなかった
AIに丸投げしたことがあります。noteの記事を書くとき、テーマだけ渡して「この内容で記事を書いて」と指示しました。数秒でそれなりの記事が返ってきました。構成も整っていて、文章も読みやすい。正直、これでいいと思いました。
でも、何も残りませんでした。
その記事を読み返しても、自分が書いた感覚がありません。手応えがない。実体験も入っていない。感情も乗っていない。ただそれっぽいことが書いてあるだけでした。読めるけど、残らない。自分の中にも、読者の中にも、何も積み上がらない感覚だけがありました。
ここで気づきました。丸投げすると、思考が消えるということです。
記事を書くという行為は、本来は思考を整理するプロセスです。何を伝えるのか、どこを削るのか、どこを残すのか。この過程で考えが深まる。でも丸投げすると、このプロセスがすべて飛びます。AIが考えて、AIが書いて、自分は貼り付けるだけ。それでは、何も残りません。
今はやり方を変えました。AIに丸投げはしません。壁打ちをします。テーマを投げて、「この話どう思う」「この構成で伝わるか」と問い続ける。返ってきた内容に対して、「違う」と感じる。その違和感を起点に、自分の言葉を掘り出していきます。
この「違う」が一番重要です。ここに自分の思考があります。丸投げすると、この違和感すら発生しません。
最初の頃は、AIに「記事を書いて」としか指示していませんでした。当然、返ってくるのは一般論です。誰にでも当てはまる、どこかで見たような文章になる。そこで初めて理解しました。AIは指示以上のことはしない。だからこそ、指示の質がすべてになります。
今はトーンも含めて明確に指示しています。短文は使わない、文章は流す、実体験を必ず入れる、完璧じゃない部分も出す。この条件を入れるだけで、返ってくる内容は変わります。ただし、それでもAI臭さは消えません。だから最後は必ず自分の言葉で書き直します。
さらに重要なのは、事実を入れることです。
「40代」「投資で650万円溶かした」「noteを80記事以上書いている」
こういう具体が入ると、文章は一気に変わります。逆にここがないと、どれだけ整っていても薄い文章になります。
AIは便利です。構成も出してくれるし、論理も整理してくれる。でも、実体験も感情も持っていません。だから丸投げすると、自分の価値まで消えます。
AIに任せる部分と、自分でやる部分は分ける必要があります。構成、視点、整理はAIに任せる。実体験、数字、感情、失敗は自分で書く。この分離ができないと、AIに使われる側になります。
私は一度、丸投げで失敗しました。楽をしようとした結果、何も残りませんでした。でもこの失敗があったから、今の使い方に変わりました。壁打ちして、削って、自分の言葉に戻す。このプロセスを通さない限り、積み上がりません。
AIは時間を短縮してくれます。でも思考は代替してくれません。ここを勘違いすると、ずっと空っぽのままです。
もし今、AIに丸投げしているなら、一度やめてみてください。壁打ちに変えるだけで、文章も思考も変わります。そして初めて、自分の中に何かが残ります。
書いている人について
和泉澤 裕(いずみさわ ひろし)
40代・都内IT企業の中間管理職。東京のIT企業で管理職として働きながら、「テック×ライフ」をテーマに、忙しさの中でも人生の時間を取り戻すために、思考・判断・生活をどう削るかを、実体験ベースで書いています。
