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ドニチカ切符の旅「北大 総合博物館」その1

6月20日ドニチカ切符の旅で古書店へ行こうと急遽下車した北十二条駅。

古書店で本を買うと重いので一旦めぼしい本を後で買うことにして、身軽な状態で目の前にある北海道大学へ向かう事にした。

体力的にも余り元気がないので昔の様に歩けないのと、時間がもう夕方近かったので急いで周らないとと思い急ぎ足の見学となった。

なので詳しい説明とかは何も出来ない。

ただ、北大へ行くと「北海道大学総合博物館」へ昔からよく行った。

今回は10年以上振りかも知れない。

長い事来ていなかったな・・・・。

最初の一階の展示物は変わっていなかった。

北海道大学の歩の紹介である。

ニセコでの零戦の寒冷地実験

北大の歩をここで紹介するのは・・・なんか今年で150周年らしい。

私の恩師が50年前の100周年に在学していたと聞いていたから・・・北海道では長い歴史のある大学である。

札幌農学校から始まった北海道大学。

新渡戸稲造や内村鑑三に始まりノーベル賞受賞者の鈴木章(化学者)、宇宙飛行士の毛利衛、作家の有島武郎や中野重治、さらに作曲家の伊福部昭(ゴジラなどの映画音楽でも有名)などを輩出してきた。

推理作家の東直己(『ススキノ探偵』シリーズ)も中退だが出身には違いないし、映画でも・・・それはまた別の話。

世界最初の人工的ガン発生に成功した時のタール癌標本

私がここに初めて来た時にちょっと感動したのが、上の画像の標本である。

漫画「栄光なき天才たち」で山極勝三郎が1913年にドイツのウイルヒョウにより提唱された「発癌刺激説」に触発され、1915年、山極勝三郎とともにウサギの耳介にコールタールを繰り返し塗ることにより発癌に成功した。
実験例数101、期間70-450日、そのうち癌ができたのは31頭であった。

この研究によりノーベル賞候補にも挙がった。

市川厚一

山極勝三郎は北大ではなく、顕彰されていたのは勝三郎と学士院賞を共同受賞していた市川厚一である。

うさぎの耳にひたすらコールタールを繰り返し塗る・・・。

うさちゃんにはいい迷惑だったろうね。

山極勝三郎は上田市に行った時に映画化もされていたり、上田ではかなり著名で今も語り継がれているのを知った。

なので今回よくみたら市川厚一となっていたので・・・ちょっと・・ね。

北大には札幌農学校時代からの長い歴史の中で蓄積された400万点にのぼる標本や資料があり、総合博物館には300万点が保存され一部を展示している。

北海道の知の遺産だね。

素晴らしいよ、一日居ても飽きない。

展示されているのは明治時代からのあらゆる文化を網羅していて、ここで紹介するには私には困難過ぎる・・・。

撮影したものも見栄えするのばかりだったし・・。

カムイサウルスの展示が7月3日から「北大の恐竜たち」として公開されるらしい。

これは見に来ないとね。

科学とか古代生物とかいろいろあり過ぎて・・・頭が混乱しちゃうね。

ポーランドの人類学者ピウスツキが1903年に録音した「アイヌ語の蝋管(ろうかん)レコード」はアイヌ語は貴重だ。

蝋管レコードというのもこれで知った。

私が初めてここに訪れた時に10代の頃にニュースでこの蝋管レコードなるものの発見を報じたのを見た記憶が蘇り「これがそうなのか」と関連図書を買って読んだのを覚えている。

こういう実物を見る機会というのも博物館の良いところだね。

もっといろいろ紹介したいが、いろいろあり過ぎて・・・無理。

科学的なものもたくさんあったけれど、今回は飛ばした。

ロケットとか・・・。

私は歴史的な物に興味があり過ぎて・・・、。

日露戦争で乃木希典大将率いる第三軍司令部に同行した学者が北大出身(札幌農学校)の志賀重昂で貴重な文献も残しているが、北大では余り知られてないようで農学校時代の日記を書き残した人って感じだったのを昔いろいろ調べに来て知ったのもここの博物館だったな・・。

一階の見学を終えエレベーターで二階へ向かう。

エレベーター前には子熊が・・・。

熊といえば昔北大で・・・・・いやこの話はやめておこう。

ここで熊を見ると可愛いよね、ナウマンゾウとか恐竜とか見た後だもん。

つづく


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戦車兵 チップありがとうございます!!無理なさらず御覧頂けたら幸いです。