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【第4章】論理のワープと35万円の布団 〜トップ営業マンの先輩が、考えることを放棄した日〜


■ まえがき


本作品は、筆者がこれまでの人生で遭遇してきた数々のカルト、マルチ商法、詐欺、新宗教との関わりを、当時の記憶を基に書き起こした実話エッセイです。ただし、関係者のプライバシー保護および法的な配慮のため、大手の団体名を除き、個人の特定に繋がる具体的な支部名、個人名、地名、ホテル名などはすべて偽名への変更やボカし(抽象化)を行っております。特定の個人や組織を誹謗中傷する意図は一切なく、あくまで一個人の視点から見た集団心理の観察記録としてお楽しみください。

大学を卒業した私が最初に就職したのは、居住用分譲マンションの販売代理を行う会社でした。
不動産営業の世界は、完全な実力主義の弱肉強食です。その職場で、私のことを非常に可愛がってくれる一人の先輩がいました。高卒のヤンキー出身でしたが、圧倒的な「人たらし」の魅力と気合を武器に、社内でもトップクラスの成績を叩き出している凄腕の営業マン武中さん(仮名)です。過去に何度も食事を奢ってもらい、仕事のイロハを教えてくれた武中さんを、私は心から尊敬していていました。
ところが、その武中さんの様子がある時期からおかしくなっていきます。



■ 35万円の布団による「情の決済」


聞けば、武中さんからマンションを購入した顧客の一人が、とある組織の幹部だったらしい。その縁で勧誘を受け、先輩は仕事中であるにもかかわらず、その組織の「凄さ」を私に熱心に吹き込んでくるようになった。

その組織の名は「L&G(エル・アンド・ジー)」。

のちに巨額詐欺事件として社会問題になるグループだが、当時はまだ円天と呼ばれる仮想通貨や利回り商品は出ておらず、バイオ(善玉菌)と遠赤外線効果を謳った高級寝具をマルチ商法で売る物販の時期だった。
「正気、これ本当に凄いんだよ」
あまりに熱心に勧めてくる武中さんへの義理と、これまでに受けた恩義への「決済」として、私は一つの決断をした。彼らが販売していた35万円の「バイオゴールド」という布団を購入したのだ。35万円は安くない大金だったが、これを買ったことで「武中さんへのこれまでの恩義には、十分に報いた」という確信を、私は自分の中で持つことができた。


■ 本部で目撃した「論理のワープ」


しかし、武中さんの鼻息は収まらない。ついには

「一度、本部の凄い人に会ってほしい」

と頼み込まれ、私は新宿にあるL&Gの本部へと連れて行かれることになった。
当時の本部では、ポータブルDVDプレイヤーを使って製品やシステムを説明し、会員を効率よく増やす「セールスロボット」という手法が盛んに行われていた。
案内された部屋で、私は幹部からその「セールスロボット」含め、色々と説明を受けた。生真面目に相手の話を聞いていたのだが、その幹部の語るビジネスモデルは、聞いていてどうしても納得がいかなかった。

A→B→C→F??


彼の説明は、典型的な「論理のワープ」だった。
たとえば、まともなビジネスであれば「AだからB、BだからC、CだからD、DだからE、EだからFである」という風に、ステップを一つずつ踏んで結果に至る。しかし幹部の話は、「AだからB、BだからC……、だからFなんですよ!」という風に、途中の「D」と「E」が完全にどこかへ消え去っているのだ。

「えっ、DとEはどこに行ったんですか?」

私がそう指摘して何度聞き返しても、幹部の口からはやはりDとEが抜け落ちた破綻した話しか出てこない。私はその場ではあえて論破はしなかったものの、論理が全く通らない話である以上、付き合う価値はない。私は誘いをきっぱりと断り、新宿の本部を後にした。布団を買ったことで情の義理は果たしていたため、私の心には1ミリの迷いもなかった。

■ トップ営業マンが「思考を停止」した瞬間


それからしばらくして、L&Gのビジネスは次の段階へ移行した。例の「年利36%の協力金」という、狂った数字を掲げた金融商品を出してきたのだ。
案の定、私の携帯に武中さんから電話がかかってきた。これまで以上に強烈な熱量で、その利回り商品への出資を勧めてくる。
「正気、この商品は絶対に間違いないから。お前も乗れ」
「お前も両親を楽させてやりたいだろ」
私は電話口で、かつて新宿本部で聞いた話がいかに論理的に破綻しているか、そして今回の年利36%という数字がビジネスとしていかにあり得ないかを、冷静に先輩に伝えた。だが、かつてあれほど鋭い勘でマンションを売りまくっていたトップ営業マンの口から出たのは、あまりにも哀しい「思考停止」の言葉だった。

「正気、お前は理屈ばかり言うけどよ。これはもの凄く頭の良い偉い人が考えたシステムなんだよ。だから、俺らみたいな学のない人間は、ただそれに従って動けば、それだけで成功できるんだよ」

その瞬間、私の頭の中で、何かが冷たく冷え切っていくのが分かった。
電話口の武中さんは、自分でリスクを計算することを放棄し、カリスマが作った「都合の良いお神輿」に自ら乗っかって、思考を完全に停止させていた。ヤンキー文化特有の「強い先輩やリーダーへの絶対服従」のメンタリティが、最悪の形で発動してしまっていた。

■ 残酷な事実と、最後の会話


大好きな先輩だった。恩もあった。尊敬もしていた。
しかし、自分で考えることをやめた人間と、これ以上地続きの人生を歩むわけにはいかない。私は受話器を握りしめ、情を一切排した、刃のような一言を正面から突きつけた。
「武中さん。俺は武中さんのことが好きですし、営業マンとしては尊敬していますけど……」
私は一拍置き、はっきりと言った。

「武中さん、頭は悪いですよね」

武中さんは、電話の向こうで言葉を失っていた。あまりにストレートな正論と残酷な事実に、反論の言葉すら浮かばない様子が伝わってきた。それが、私が武中さんと交わした最後の会話となった。それ以降、私たちは完全に絶縁した。

その後、風の噂で、武中さんはL&Gの集会で「壇上に上がってスピーチをする側の人(上位勧誘者)」にまで登り詰めたと聞いた。自分で考えるのをやめた結果、多くのカモを巻き込む加害者の広告塔になってしまったのだ。


それから数年後、L&Gは巨額詐欺事件として警察の強制捜査が入り、幹部たちは軒並み逮捕された。




【次回予告】


カリスマが作った「都合の良いお神輿」に乗っかり、自らリスクを計算することを放棄した武中さん。あの社会人最初の強烈な教訓は、私の人生を生き抜くための強力な「正気フィルター」となりました。
しかし、そんなスマートな私にも、人生で一度だけ、冷酷な現実のロジックによって足元を完全にすくわれた暗黒期が存在します。

次回から、本シリーズは最大の転換点へと突入します。
20代後半、上場間近の不動産ベンチャーでトップ営業となり、ワンマン社長から「将来の取締役社長室長」の座を約束されていた私。
会社を飛び出した後に待っていたのは、「俺は上場企業の役員になるはずだった男だ」という肥大化したプライドの亡霊に振り回される、無職の現実でした。
収入ゼロ。貯金ゼロ。家さえも失い路上に放り出された私が、最後にたどり着いたのは「レンタル倉庫(コンテナ)」の2階でした。

第5章(前編):『上場予定の社長室長が、すべてを失って無職のホームレスになるまで』
8月21日(金)朝7:30 公開予定です。どうぞお楽しみに。

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