35年ぶりにポルトガルを訪ねた話⑯ 最終日に考えた
前回の話はこちら↓
出発の朝
空港に向かうのは昼過ぎだけれど、案の定お土産で増えた荷物のパッキングにバタバタしているうちに時間は過ぎる。
朝食と昼食を兼ねた食卓で、美味しいポルトガルのパンとチーズを、あぁ、またしばらく食べられないのね、と嘆きながら頬張る。むしゃむしゃしながら、頭のなかで一気に、12日間のポルトガルの印象をまとめて振り返ってみる。
変わったポルトガル
35年前に比べ、ポルトガルは経済的に発展した。
衣料品だって、雑貨だって、日本に比べなんと少ないんだろうと思ったあの頃が嘘のように、今、スーパーには大量の商品が並ぶ。昔から輸入品は多かったけれど、EUへの加盟とその後の流通の促進が確実にポルトガルを引き上げたのだな、と想像できた。
とはいえ、コンビニはない、格安ショップもない。ファミレス的なものもほとんどない。過度な看板の氾濫もない。明らかに日本のような大量消費社会とは構造が異なるように見える。
物価は確実に騰がった。
ヨーロッパのなかではかなり割安だとされるけれど、いまやなんでも日本と同じくらい、外食や名所旧跡の入場料など、ものによっては日本より高い。かつてはなんでも日本の7-8割というイメージだったのだが。
テクノロジーも発達した。
列車やバス、宿泊はもちろん、ほとんどの観光名所はオンラインで予約ができるし、そのシステムは必ずポルトガル語、英語で表記され、外国人にも使いやすい。キャッシュレスも当たり前だ。今回の訪問で、現金なんて1万円も使わなかったのではないかと思う。
公共の場所がとてもきれいになった。
昔は高校のトイレに入るのに勇気が要った。便器には便座がなかったりしたし、紙は散乱していた。ポルトガルって、個人の家の中はとても綺麗にしているのに、公共の場所には無頓着なんだな、と感じていた。今回驚いたのは、駅やショッピングセンター、観光施設などの公共の場所がとても綺麗になったことだ。トイレは有料の場所が多くなったけれど、その分衛生的になった。不快な思いをすることがほとんどなかった。大勢の人を迎えるということに、国としてもすっかり慣れた様子が見てとれた。
人の少なかったリスボンも、他の街も、観光地として、移住先として、いまや大人気だ。
日本人でもポルトガルに移住している人は結構いる。テレビでも雑誌でもポルトガルは心の癒される観光地としてよく紹介されるようになったし、このnoteの世界でも、Youtubeを覗いても、ポルトガルへの旅行や移住のトピックはたくさん引っかかってくる。日本人ばかりではなく、西欧諸国からポルトガルに旅する人、移住している人の話も然り。リスボンの南、コンポルタのビーチは今、ハリウッドセレブたちの別荘地になりつつあるという。
35年前、ポルトガルの人々は、ハリウッド映画を見て、アメリカに憧れていた。そして日本人同様、アメリカに留学したがった。アメリカの人たちは金持ちで、ポルトガルは貧乏だと馬鹿にされる、とアナお母さんは嘆いていた。それがいまや、セレブ御用達のリゾート地がポルトガルだなんてびっくりだ。
アジア人を見る目は変わった。
アジアなんて、ポルトガル人にとって遠い遠い世界の果て、かつて大航海時代に発見したけれど、その後はカンフー映画で見る「あちょー」の世界だったのだ。でも今は確実に違う。時には中国人のレストラン経営者が中華と和食をごちゃ混ぜにして客を引いたりしているけれど、多くの人々は寿司が日本でチャーハンは中国だって知っている。日本はアニメと精巧な製品作りが得意で律儀な国、中国は商魂たくましい超大国、といまや区別がついている。中国に至っては、民営化されたポルトガルのエネルギー会社EDPも電力配送会社RENも最大株主が中国の大企業なのだから、その大国ぶりは救世主でもありながら脅威にも感じることだろう。一方で日本はもはや大きな力を持たない、すっかり控えめになった小国といったイメージだろう。
むやみに外見でからかわれることなど、この旅では一度もなかった。興味を持たれれば、「どこから来たの?」とちゃんと聞いてくれた。尊重しあって付き合える関係が心地よかった。
変わらないポルトガル
古きよきものに重きを置くところは変わらない。
ソフィア宅の飾り棚には、両親や祖父母の時代から伝わる記念の品々が、いつでも家族の目につくように大切そうに置かれている。
世界の海の覇者のような勢いだった15-16世紀は、遠い過去だ。でも、その時代に建てられた建造物の前を通り過ぎる時、ポルトガル人は今でも大きな誇りを感じるに違いない。数百年前の人々が見たものと同じものを現在目にするとき、それだけでも人はどこか心地よさを感じてしまうものなのではないだろうか。変わりゆくもののある中で、変わらないものがあることは、精神衛生上とても大事だ。リスボンやポルトの古い町並みを歩きながらそんなことを感じた。
なんとなく機械系に弱いところは変わらない。
鉄道の券売機、リスボンのケーブルカー、バスの精算機、クレジットカードの読み取り機。壊れた機械にたびたび遭遇した。そしてそれらは明らかに時間のロスを生むのだけれど、そこにポルトガル人は焦らない。笑顔で受け止め、冗談でやり過ごす。こんなところも変わらない。機械が壊れてイラついて八つ当たりしている人なんて見たことがない。
食べることへのあくなき興味と驚異的な食事量は変わらない。
レストランでは、目の前に運ばれた料理の量の多さに毎回ひっくり返りそうになる。どう考えても日本の一人前の倍はある。へたすると3倍の時もある。ジョルジェは70代だというのに、皿一面に広がる特大ステーキをぺろりと平らげる。味への感度も高い。ソフィア一家は特に味に敏感だと思うけれど、周りを見回しても、食品にへんてこな添加物はあまり見られないし、薄っぺらい野暮な味にはほとんど出会わない。味は二の次で安さを追求して生き残っているようなチェーン店などはほとんどない。肉魚も野菜も果物も、素材の良さにはますます磨きかかかっている。
おしゃべり好きとおせっかい好きは変わらない。
ソフィア一家やアナお母さんの話好きは、もちろん性格にもよるものだけれど、一歩街に出ても、どこの誰もがやはり話好きであることは一目瞭然だ。人々は日本のように皆で揃ってスマホ画面とにらめっこなんかしていない。じゃあどうしているか。スマホは耳に当てている。そう、喋っているのだ、誰かと。店に入れば、店員と客がよく話し込んでいる。時には次の客を待たせてまで話し込んでいる。でも次の客がいら立つこともない。次の客もまた喋るからだ。
ソフィア一家はかなりおせっかいな一家だろう。というと迷惑がっているように聞こえそうだけれど、そういう意味ではない。人に関わり人の世話をすることを心から楽しんでくれる。その楽しさがこちらにも伝わるからこちらまで楽しくなる。おせっかいを焼かれることがとても幸せなのだ。この一家は本当にスペシャルだ。
でももしかしたら、彼らはポルトガルでは極端な例外でもないのかもしれない、とも思う。観光地で、売店で、わからないことがあってスタッフに尋ねると、往々にして聞いたこと以上のことを教えてくれたりする。かといって営業のために無理やりホスピタリティ精神を発揮しているというふうでもない。初対面の人との会話が自分の身の上話にまで広がって、エンドレスおしゃべりに発展することもある。人の事情にできる限り踏み入らなくなった殺伐とした日本の都会で暮らしていると、そんなおしゃべりやおせっかいの全てが新鮮だ。
人々の笑顔は全くもって変わらない。
どこへ行っても、人々は旅人に飽きた様子を見せることもなく、ニコニコ笑顔で迎えてくれる。思うにポルトガル人は笑顔が定番なのだ。顔の筋肉が基本的に笑顔に設定されているのかもしれない。そしてそれが私たち訪れる者たちをどんなにホッとさせてくれるかわからない。
思い返せば、かつて高校生の私のアジア的容貌をからかった男子諸君だって、実は満面の笑みをしていた。からかって、関わりたかったのだろう。
ポルトガル人って、究極の人ったらしなのかもしれない。
なお、旅からの帰国後、17歳のポルトガル時代の日記を読みなおしたら、仏頂面の学校の先生の文句が書き連ねてあったりもした。あの時は生活、今回は旅。見えるものが違うのは当然だ。でも、実際に街は東京より笑顔にあふれている。それだけは確かだ。
ポルトガルのこれから
ポルトガルはこれからどうなるんだろう。観光業がますます重要な発展の軸になるのか、テクノロジー先進国を目指すのか。人々はこれからどうなるんだろう。
この滞在を終始案内し盛り上げてくれたジョルジェに、どう思う?と聞いてみた。
ポルトガルは小国だよ。
それがまず出てきた言葉だった。
ツーリズムにも限界があるだろう。到底パリやローマのようなわけにはいかない。EUもかつてのようにはうまく機能していない。みんな自国の事情を抱えていて、意見がばらばらになりがちだ。移民問題も相まって、各国とも右傾化が進んでいる。
そんな中で生きていくポルトガルは、なんてったってまず、人財への投資をもっと頑張るべきだ、とジョルジェは続ける。
ポルトガルでは海外への若者の人材流出も多いし、不動産価格の高騰で若者の自立もままならない。これから国を背負っていく若者をまず優先して真剣に育てていかないといけない。
何を軸にするにもそれを成す人がいなくちゃどうにもならないってのは、
確かにその通りだ。そしてそれってポルトガルだけの問題じゃないよな〜。納得しながら話を続けようとしたとき、
「話がもりあがっているようだけど、そろそろ出ないと間に合いませんよ~。」
と、この家の若者、マティが声をかけてくれた。
ポルトガルとの縁を大事に
私はこれから、35年のブランクを反省しながら、ずっとずっとポルトガルと付き合っていきたいと思っている。まずは知らなかったことを勉強しまくろう。そしてできれば年に1度くらいはポルトガルを訪れたい。もしも住むなんて展開になったら嬉しいけれど、まあそれはおいおいの状況次第だ。

って言ってくれてる?

こんな子が
猫に浮気すんじゃないわよ、と
つっかかってきた
