見出し画像

冷蔵庫恐怖症の作り置きの現実

思索メグルさんが、私の冷蔵庫の投稿を元に物語を書いてくれました。

それで思い出した話を書きます。

私は、結婚当初は冷蔵庫のお惣菜の作り置きもしてました。

料理は、あまり好きではありません。
その頃は、今よりも、もっと時間がかかってしまうものでした。

妊娠してから同居したので、体調のいい時にまとめて作ろうと考えて…

タッパーに入った惣菜をいくつも並べて、なるべく彩り良く、夕飯には6種類の副菜を置ける皿に少しづつ…みたいなことを。

しかし、短い期間で諦めました。

何故かと言うと…

夫が「残り物があるなら食べてやる」と作り置きを食べ続けるからです。

作り置きという概念が彼にはなかった。
一個のタッパーを空にすると、次のタッパーに手をかける。

「それは、作り置きのつもりなの…困るから、全部食べないで欲しい」

そういうと

「なんで?早く食べ切らないと不味くなるに決まってるだろう。
邪魔だから、俺がせっかく食べてやってるのに…
俺に食べさせたくないっていうんだな?どうせ俺は…」

みたいな状態によくなりました。

私はその度に「シュン」として、もう作り置きはしなくなりました。

美味しいから食べるではなく、
邪魔だから食べる。

もしも、「すごく美味しいから、もっと食べたくなっちゃって…」と笑って、食べ切るのは、ひとつだけにしてくれたら、私は作り置きも続けられた。

夫は、手をかけてまでは食べようとしないので、冷凍庫のものは無事です。

それから…

もしも、メグルさんの物語のように私自身が作り置きを責められたら、どうするだろう?と思いました。

私は、食べ物は全て、もともとは命だと考えています。

だから、食べ物をムダにするのが大嫌いなので…
捨てたりしないで、必死で自分ひとりで食べるんだろうな、と考えました。

私は、私だけは、常に絶対の味方でいなくてはいけないとも思っています。

私の料理、ちゃんと美味しいよ。
大丈夫、がんばったね。

泣きながら。
そう繰り返しながら食べるはず。

あ、これ、私のオナニーと同じだわ。
そう気付きました。

私のオナニーは格好付けた言い方という訳ではなく──
正に、セルフプレジャーなんです。

私の身体、ちゃんと気持ちいいよ。
大丈夫、大切なものだよ。

夫にとっては価値がないだけで、誰かを幸せにできる価値があるはずだよ。

そう、私はずっと…
誰かの役に立ちたいのです。


でも、自分だけで「私に価値はあるよ」と言い続けていくのが、もう苦しい…

私にとって一番辛いことは

「役に立たない」

「がんばってるように見えない」

「お前の努力には意味がない」

「いない方がいい」

そんな言葉だと気付きました。


だから、せめて、noteを書き続ける。

たまたま、私の記事を読んだ誰かが「読んで良かった」と感じてくれるように。

だから「役に立ちました!」ってコメントの度に私は感激して、泣いてしまうのだと思います。

思索メグルさん、私の記事を役に立ててくれて、本当にありがとうございました。

関連記事:

いいなと思ったら応援しよう!