読書記録 2025年4月
今月の読書記録。
結構読んだような気がしていましたが振り返るとそうでもなかったね。
「禍」(小田雅久仁)
日常が突如として訪れる非日常によってボロボロと剥がれ落ちていく様相が
高い文章力によって暴力の様に腹の中に押し込まれていく。
ともすれば生理的不快感を感じてしまうような話でも、物語の行く末を見たい。という清濁併せ吞むような気持ちで読み進める事が出来た。
出来てしまうだけの文章力。表現力。最悪で最高。
この本は「日常が非日常となり、やがて日常と化す」そんなテーマを持っているものだと思ったが、振り返ってみると登場人物は皆、何か満たされなさを感じていて、それを体の一部を通すことで満たしていたようにも思えた。ある意味ハッピーエンドではあった。地獄に咲く一凛の花。
好きだった話は1番目の「食書」
一話目に本に関するこの話を持ってくるのは、読み手への分水嶺の様に思えた。読み進める道を選んでよかったと思っています。本心です。
どの話も画が浮かびやすく、故に想像の果ての無さがあった。
あって欲しかったな果て。無いと何処まででも想像が広がる。
最悪で最高。
「禍/小田雅久仁」#読了
— フレスコ (@huresuko) April 27, 2025
日常が非日常となり、やがて日常と化す。そんな7つの物語。
非日常だが異世界ではない。日常と薄皮一枚で隔てられた隣にある別の日常。
口から、耳から、鼻から、髪から、そうあるべきなのだからと押し込まれてゆく。
面白かったです。 pic.twitter.com/ZRAJ8ADOvE
「無職、川、ブックオフ」(マンスーン)
Webメディア オモコロ でライターやディレクターをされている。
マンスーンさんのエッセイ。
当時のマンスーンさんのエピソードについては以下動画を見てください。
学生時代、就活中、何の目的も無く前を歩く人の背中を恨めしく見つめながら歩いていた。みんなが歩き続けるから私もそれに習って歩くことしか出来なかった。その列から外れたらもう列の中には入れず外から見る事しか出来なくなると感じていたから。
何処にも腰を下ろす場所が無かったので、居場所を見つけるために歩き続けたが、途中適用障害で休職することとなり、強制的に列から外れる事になった。が、なんとかなって列に戻れた。相変わらず列に並んで歩く日々だけど、列を外れてもなんとかなったことが存外心の支えになっている。
帯の「戻りたいけど戻りたくない」
あの頃は歩き続けているだけで自分が肯定されていたような気がする。何も無い空っぽな私でも「歩けている」ことが守ってくれていた。そんな風に守られていたあの頃に戻りたいけど、歩く事でしか自分を肯定できなかったあの頃には戻りたくない。
懐かしい不安と共感、現在への安堵と、色んな感情が溢れて来る本でした。
後、最後のマクドナルドのダブルチーズバーガーの話、
自由過ぎて良かった。本って自由だったんだ。
「無職、川、ブックオフ/マンスーン」#読了
— フレスコ (@huresuko) April 12, 2025
おいていかれる。自分だけが。社会に。人に。
お気に入りの場所。心地の良い居心地の悪さ。
昨日の自分。今日の自分。明日の自分。いつかの自分がいた。
面白かったです。 pic.twitter.com/EPApguvQzU

いい本だったことが届いていて欲しいです。
「うめ版」(梅 佳代、新明解国語辞典)
写真家の梅佳代さんと新明解国語辞典がコラボした写真集。
以前オモコロチャンネルでARuFaさんが紹介していたのを見てときめいた。
右ページに言葉と意味。左ページに写真。という構成。
写真にあった言葉、言葉にあった写真。これでもかという程どちらも
「ちょうどいい」。これ以上ないくらいぴったりと収まっていて凄かった。
これどうやって作ったんだろうな。写真が先か言葉が先か、あるいは同時か。そんな制作風景を想像して心がワクワクした。この写真集を作っている時は楽しみで夜も眠れず明日が待ち遠しくなっていて欲しい。
中でも凄かったのは「ふつふつ」という言葉。
写真は女性を正面から撮ったものだったが、「ふつふつ」としか言えない表情でこちらを見つめていた。あまりにも「ふつふつ」としていたものだから、数分間その表情を見つめ続け、何に対して「ふつふつ」としているのかを考える事になった。人ってあんな顔をしているのですね。
表情に圧倒されたり、言葉と写真にクスリと笑わされたり、写真を「読む」という初めての経験でした。写真、すご。
