見出し画像

「炭素に値段がつく時代 CBAMという新しい貿易ルールと製造業」 〜国境炭素税の本格運用が始まった2026年、輸出する企業の生き残り方〜 【第6話】日本企業の本音と建前 「対応コスト」と「競争機会」のあいだ

はじめに・・・今回は、データではなく「声」の回です

前回までの5話で、制度・時間軸・品目・算定・世界動向という、CBAMの骨格を一通り歩き終えました。連載の折り返しにあたる今回は、少し毛色を変えます。データや条文ではなく、声の回です。

セミナーの質疑応答で語られる言葉と、終了後の廊下で交わされる言葉。オンライン個別相談の画面越しに、少し間を置いてから出てくる言葉。この二年あまり、私はCBAMをめぐって、たくさんの建前と、それより少しだけ小さな声の本音を聞いてきました。今回は、その本音の一つひとつに、ごまかさずに向き合ってみたいと思います。

先にお断りしておきます。ここでご紹介する声は、特定の企業のものではありません。守秘に配慮し、多くの現場で繰り返し聞いた声を、趣旨を損なわない形で再構成しています。そしてもう一つ。私はこの回を、「意識の低い企業を叱る」ために書くのではありません。本音には、それぞれ合理があります。合理のある本音を、正論で叩いても人は動きません。本音の損得から出発して、それでも動く理由が見つかるかどうか。それを、読者のみなさんと一緒に確かめる回にしたいと思います。

一つ、希望のある変化も先にお伝えしておきます。この一年で、本音が語られる場所が変わってきました。以前は、本音は廊下でしか出てきませんでした。会議室では建前、廊下で本音。それが最近は、会議室の中で「正直に言うと、うちはまだ何もできていない」という発言から議論が始まる会社が、少しずつ増えています。本音が公式のアジェンダに載った会社は、例外なく、そこから速い。建前の会議は結論を先送りしますが、本音の会議は制約条件を明らかにするからです。この連載が、御社の会議室に本音を持ち込む口実の一つになれば、それだけでも書いた甲斐があります。

建前の風景・・・「検討」という名の停止

まず、建前の風景から。セミナーのアンケートや名刺交換で聞く言葉は、だいたいこの三つに集約されます。「重要性は認識しています」「現在、情報収集中です」「関係部署で検討を進めています」。

どれも、嘘ではありません。ただ、この二年、同じ会社から同じ言葉を三回聞いたことが、一度や二度ではありません。認識は、二年経っても認識のままでした。情報収集は、収集した情報が古くなる速度に追い越されていました。そして「検討」は、多くの場合、誰の期限にもなっていない、丁寧な停止の別名でした。

公平を期すために言えば、建前は慎重派の専売特許ではありません。前向き側にも建前はあります。統合報告書の「CBAMを機会と捉え、グループ一丸となって対応を加速」という美しい一文の裏で、現場に台帳一つ存在しない会社を、私は知っています。守りの建前が「検討中」なら、攻めの建前は「加速中」。どちらも、期限と担当者の名前がない点で、同じ仲間です。

厳しいことを申し上げているようですが、私はこの風景を責める気になれません。なぜなら、建前の裏側にある本音には、聞けば聞くほど、うなずける理由があるからです。ここからは、その本音を、順番に取り上げます。

【第6話図表ファイルのP1ページ「建前と本音の対照表」参照】

本音その1・・・「正直、うちには関係ないと思いたい」

一つ目の声は、いちばん静かで、いちばん多い声です。

この心理は、まったく正常だと思います。人も組織も、面倒事は視界の外に置きたい。しかもCBAMは横文字で、条文はブリュッセル発で、話がいちいち大きい。「関係ないと思いたい」は、忙しい現場の自然な防衛反応です。

私からの答えは一つだけです。「関係ない」は、願望ではなく確認事項にしませんか、ということです。第3話でお渡しした五つの問いは、半日あれば回せます。貿易部門のコード一覧とEU商流の有無を確かめて、本当に関係がなければ、堂々と「注視」の象限に立てばいい。年に一度の品目リスト確認だけカレンダーに入れて、あとは忘れて本業に集中する。それは立派な、根拠のある経営判断です。危ういのは「関係ないと思いたいから、確かめない」ことだけ。願望と確認の間には、半日分の距離しかありません。その半日を、ぜひ取ってください。

本音その2・・・「先行投資して、制度が変わったら誰が責任を取るのか」

二つ目は、役員会でよく聞く声です。そしてこれは、実に真っ当な問いです。

誠実にお答えします。制度は、実際に変わってきました。四半期保有義務は80%案から50%へ、初回申告期限は5月末から9月末へ、50トン閾値は簡素化規則で新設。この連載でも、変更のたびに「古い情報を使わないでください」と申し上げてきたくらいです。だから「変わるかもしれないものに投資できるか」という慎重論には、事実の裏付けがあります。

ただし、変更の中身をよく見てください。これまでの変更は、ほぼすべて緩和と簡素化の方向でした。期限が延び、義務が軽くなり、少量輸入者が免除された。一方で、制度の廃止や骨抜きの方向に動いた変更は一つもありません。むしろ対象品目は拡大提案が出て、迂回防止は強化されました。つまり「制度が変わるリスク」の実績は、ふたを開ければ「思ったより楽になるリスク」だったのです。楽になって困る投資と、楽になっても困らない投資を分けて考えれば、答えは見えてきます。

そこで私は、「後悔しない投資」という線引きをおすすめしています。工程×月の台帳、エネルギーの計量、原単位の見える化、省エネ改善。これらは、仮にCBAMが明日消滅しても、コストダウンとScope3対応とCFP開示にそのまま効く投資です。逆に、特定の申告様式に過剰適合したシステムや、制度の細部に賭けた仕掛けは、変更で無駄になり得る。第4話の言葉で言えば、「台帳は後悔しない。出口の作り込みは慎重に」。責任の取れる投資とは、どちらに転んでも説明できる投資のことだと思います。

【第6話図表ファイルのP2ページ「制度変更の実績と後悔しない投資」参照】

本音その3・・・「競合が動かないなら、うちも動きたくない」

三つ目は、営業部門の声です。横並びの心理と笑うことはできません。全員が動かなければコスト構造は変わらず、自社だけ動けばコストで負ける。理屈として、筋は通っています。

問題は一つだけです。動かない競合は見えますが、動いている競合は見えないのです。展示会で「うちもまだですよ」と言い合った同業が、水面下で欧州顧客と実測データの試験運用を始めていた。それが分かるのは、翌年の相見積もりで負けたときです。第1話でご紹介した、仕様書にCFP上限が載り始めたという変化を思い出してください。あの仕様書は、全社に一斉に届くのではありません。データを出せそうな会社から、静かに声がかかる。横並びだと思っていた列は、実はもう、ばらけ始めています。

もう一つ、第5話の韓国の話も、この文脈で効いてきます。国内の競合だけを見て横並びを保っても、控除の土俵に乗り得る韓国勢が同じ商談に来る。横並びの「並び」の範囲を、国内から世界に広げた瞬間、この本音の前提は崩れます。

本音その4・・・「本社は言うが、現場に人がいない」

四つ目は、実務担当者の、少し疲れた声です。「サステナ担当は私一人で、品質と総務と兼務です」。この声を、私は本当にたくさん聞いてきました。

これは精神論で返してはいけない声です。実務の答えを三つ置きます。第一に、人選の発想を変える。第4話でお話ししたとおり、CBAM算定・検証対応の適性は、環境の知識より監査対応の経験にあります。品質保証部門のベテランに、変数が寸法からkWhとトンに変わっただけだと伝えて巻き込む。ゼロから育てるより、九割できている人に一割足すほうが早い。第二に、外部は「代行」ではなく「初期設計と伴走」で使う。第4話の繰り返しになりますが、台帳を自社に残す形で外部を使えば、二年目から兼務一人でも回る設計にできます。第三に、経営に対しては、工数を「新しい仕事」ではなく「既存業務の置き換え」として示す。エネルギーデータの月次集計は、多くの会社で誰かがすでに何らかの形でやっています。散らばった作業を台帳に一本化する話だと翻訳すれば、増員ゼロでも前に進む余地が見えてきます。

本音その5・・・「結局、価格転嫁できるのか」

五つ目が、いちばん本質的な声です。CBAMコストを負担するのはEUの輸入者だとしても、その負担は価格交渉で必ずこちらに降りてくる。転嫁できなければ、対応コストも証書コストも、うちの利益が削られるだけではないか。

その通りです。ここをきれいごとで濁すつもりはありません。実際、第5話で見たインドのアルミでは、買い手からの値引き要求とデータ要求が同時に来るという現実が観察されています。交渉力の弱い側に負担が流れるのは、商売の重力です。

ただ、転嫁の成否を分ける条件も、はっきり見えてきています。それは、数字で説明できるかどうかです。「CBAM分として一律何%上げさせてください」は通りません。「この製品の実測内包排出量はXトン、御社の証書負担はYユーロ、デフォルト値対比でZユーロの節約になります」まで言えれば、交渉は値引き合戦から、データに基づく分担の設計に変わります。第4話と第5話でお話しした非線形性、つまり実測とデフォルトの差やベンチマークとの位置関係は、そのまま交渉の材料です。転嫁とは、声の大きさではなく、台帳の厚みで決まる。私は現場でそう感じています。この価格交渉の実務は、第8話でサプライチェーン全体の話として、さらに具体的に扱います。

【第6話図表ファイルのP5ページ「価格転嫁の条件」参照】

本音その6・・・「担当の私が言っても、上が動かない」

六つ目は、若い担当者から、ときに悔しさ混じりで聞く声です。セミナーで学び、社内で報告書を書き、警鐘を鳴らしても、役員会は「引き続き注視」で終わる。担当者の熱量と、経営の温度の落差。これも、責める前に構造を見るべき声です。

経営が動かないのは、多くの場合、無関心だからではなく、判断の材料が「脅威の一般論」だからです。「CBAMが大変らしい」では、経営は動けません。動かすには、三点セットに翻訳することです。一つ、自社の数字。第3話の五つの問いの結果と、第4話の損益分岐の式に自社の数量を入れた一枚。「うちの場合、2030年に年間いくら」の一行があるかないかで、会議の空気は変わります。二つ、顧客の動き。仕様書や調達アンケートに炭素の項目が入り始めた実例を、営業経由で一件でも拾ってくる。一般論の脅威より、一件の実例です。三つ、やらない場合の基準。「この条件になったら着手する」という撤退線ならぬ着手線を、経営自身に決めてもらう。判断を迫るのではなく、判断の条件を先に合意しておく。担当者が背負うべきは説得の全責任ではなく、経営が判断できる形への翻訳です。そしてこの翻訳の道具は、この連載の第3話と第4話に、すでに揃えてあります。

本音その7・・・「うちは商社に任せているから大丈夫」

七つ目は、輸出実務を商社に委ねている会社の声です。通関も書類も商社がやってくれている。CBAMも、きっと商社が何とかしてくれる。

半分は正しく、半分は危うい認識です。正しいのは、CBAM上の義務者が輸入者側であり、通関実務の多くを商社が担う商流では、申告の事務も商社経由で整理されていくだろうという点。危ういのは、商社がどれだけ優秀でも、作れないものが一つあるという点です。御社の工程の排出データです。第2話でお話ししたとおり、メーカー・商社・EU輸入者の三者で、データの流れとコストの分担を文書で決めていない商流では、決まっていない負担は力関係の弱いところに流れ着きます。そして商社側にも本音があります。ある商社の担当者は、こうこぼしていました。「メーカーさんが『任せている』とおっしゃる中身が、実は『考えていない』の言い換えになっている案件がいちばん怖い。データが出てこなければ、私たちはデフォルト値で申告するしかなく、そのコストは結局、商流全体で誰かが飲むことになるんです」。任せることと、丸投げすることは違います。任せるためにこそ、自社のデータという持ち分だけは、自社で持つ。商社との関係を長持ちさせる秘訣でもあると思います。

「対応コスト」派の言い分を、産業界の声として受け止める

七つの声の背後には、産業界全体としての、もっともな不満があります。ここも建前抜きで確認しておきます。

経団連は、CBAMの算定作業がサプライチェーン中流に多く存在する中小企業に特に重い負担となること、排出量という企業機密を含むデータを事業者間で流通させる仕組みへの対応が必要なこと、そして第三者検証がEUの認定機関によって認定された検証機関に限られ日本企業の負荷となる懸念を、明確に指摘しています。控除についても、認められるのは明示的な炭素価格のみで、排出枠購入費や化石燃料賦課金が含まれるかは今後の交渉次第という整理です(出典:経団連タイムス「CBAMを巡る動向」2025年6月26日 No.3688)。政府も手をこまねいているわけではなく、経済産業省の検討会資料では、データの受け渡しを容易にする共通フォーマットやデータ連携基盤の活用、デフォルト値の使用の必要性が課題として掲げられ、日本企業にとって負担の少ない方式をEUに求めていく方針が示されています(出典:経済産業省 CBAM検討会資料「CBAMの論点と対応状況」2025年5月)。欧州委員会側も、税制・関税同盟総局のトップが来日して協議を続ける姿勢を示してきました(出典:InfluenceMap報告書)。

つまり、「制度の負担が重い」という声は、個社の愚痴ではなく、業界と政府が公式に交渉のテーブルに載せている論点です。だから、堂々と言い続けていい。ただし、第5話のインドから学んだことを、ここでもう一度。最も強く抗議している国が、最も速く国内の準備を進めていました。文句を言うことと、対応することは、両立します。というより、対応の手を止めた抗議は、交渉の場での説得力すら失わせる。抗議は政府と業界団体のルートで力強く、準備は自社のルートで淡々と。この二枚腰が、いちばん大人の構えだと思います。

【第6話図表ファイルのP3ページ「産業界の指摘と政府の対応」参照】

「競争機会」派の言い分も、同じ厳しさで検証する

一方で、「CBAMは日本の機会だ」という前向きな論も、建前になっていないか、同じ厳しさで見ておきます。

機会論の根拠は確かにあります。日本の鉄鋼輸出は2023年で4〜5兆円規模に達し、電磁鋼板や高張力鋼板といった高機能製品は、トンあたりの付加価値が高いぶん炭素コストの相対的な重みが小さく、品質で選ばれる余地が大きい(出典:日本鉄鋼連盟 貿易統計、sasla解説 2026年6月)。第5話で見た非線形性は原単位改善の見返りを増幅しますし、測る文化と品質監査の作法という日本の土台は、検証時代の通貨です。翻訳者・伴走者という勝ち筋も、前回描いたとおりです。

ただし、機会論には罠があります。「機会だ」と言うだけで何も動かない機会論は、悲観論よりたちの悪い建前です。機会は、宣言ではなく行動の中にしか存在しません。高機能鋼材の競争力も、実測データで証明されて初めて商談の武器になる。翻訳者の役割も、自社の台帳が回っていて初めて説得力を持つ。機会論を語る資格は、第3話の五つの問いを回し、第4話の台帳を作り始めた会社にだけある。私自身、機会という言葉を使うときは、いつもこの自戒とセットにしています。

【第6話図表ファイルのP4ページ「競争機会派の論拠と罠」参照】

現場の実話から・・・恐怖の正体は、未知

再構成した実話を。

一つ目は、あるボルト加工メーカーの話です。EUの顧客経由で算定依頼が届き、社長は「うちには無理だ」と半年、書類を机の引き出しに入れていました。意を決して相談に来られ、一緒に工程を歩き、電力の検針値と生産日報を並べて、最初の算定を終えるまで、実働三日でした。社長の一言が忘れられません。「なんだ、原価計算と同じじゃないか。半年、何を怖がっていたんだろう」。恐怖の正体は、作業量ではなく未知でした。未知は、半日の棚卸しと三日の算定で、既知に変わります。

二つ目は、ある化学系メーカーの話です。「うちは化学だから、鉄やアルミの話は関係ない」と、穏やかに聞き流しておられました。私がお伝えしたのは一つの事実だけです。欧州委員会に法的に義務付けられた対象範囲の見直しでは、有機化学品やポリマーが有力な拡大候補として挙げられ続けている、ということ(出典:Carbonlink Research解説 2026年5月、フューチャーアーティザン解説)。前職から樹脂に生きてきた私にとって、これは他人事ではありません。化学とポリマーが対象に入る日が来れば、この連載の読者の景色は一変します。その方は帰り際、「五つの問い、やってみます」と言ってくださいました。関係の有無を決めるのは、業種の印象ではなく、品目リストと商流です。

三つ目は、機会の側の話です。ある金属加工メーカーは、移行期間の早い段階から、頼まれてもいないのに工程別の排出データを整え、欧州の見込み客への提案書に、製品仕様と並べて実測の内包排出量と第三者検証の予定を一行、書き添えるようにしました。劇的な逆転劇は起きていません。ただ、相見積もりの最終候補に残る確率が、目に見えて上がったそうです。先方の調達担当者から後日、こう言われたと聞きました。「正直、数字の中身を精査する前に、聞いてもいないのに出してくる会社は初めてで、それだけで社内説明が楽だった」。機会とは、たぶんこういう顔をしています。派手なプレミアム価格ではなく、候補に残る確率が静かに上がること。データは、値段を上げる前に、まず土俵に残してくれる。この地味な効き方こそ、機会論の実像だと私は思います。

本音の損得で考える・・・それでも動く三つの理由

さて、七つの本音に向き合った上で、結論です。きれいごと抜きの損得で考えても、動く理由は三つ残ります。

【第6話図表ファイルのP6ページ「それでも動く三つの理由」参照】

理由の一。どちらに転んでも損しない投資が存在するからです。台帳、計量、原単位、省エネ。制度が緩んでも、万一廃れても、これらはコストダウンと他の開示要求にそのまま効きます。不確実性を理由に見送るべきは「後悔し得る投資」だけで、「後悔しない投資」まで止める理由にはなりません。

理由の二。動くコストは今後ほぼ一定ですが、動かないコストは係数とともに上がっていくからです。台帳づくりの工数は、2026年に始めても2029年に始めてもほぼ同じ。しかしその間、デフォルト値の割増と係数の坂は着実に進み、検証機関の予約は埋まり、顧客の仕様書は増えていく。同じ作業の値打ちが、年々変わっていくのです。

理由の三。判断を保留する自由は、データのある会社だけのものだからです。測った上で「うちはEU市場から引く」と決めるのは、立派な戦略です。測らずに「できないから引くしかない」のは、戦略ではなく成り行きです。同じ撤退でも、前者は他市場での価格交渉力と再参入の選択肢を残し、後者は何も残しません。データは、動くためだけでなく、動かないと決めるためにも要る。これが、本音の損得の行き着く先だと、私は思います。

最初の一歩の設計も、図表に添えておきました。半日の棚卸しから始まる30日の最小プランです。「検討中」という言葉を、期限のある動詞に置き換えるための道具として、お使いください。

【第6話図表ファイルのP7ページ
「『検討中』を『着手』に変える30日プラン」参照】

最後に、経営の立場でお読みくださっている方へ。次の役員会で、担当部門にではなく、ご自身に三つだけ問うてみてください。一つ、うちのEU商流の有無と該当品目を、私は数字で言えるか。二つ、2030年の係数48.5%の世界で、うちの主力製品の損益はどうなるか、試算を見たことがあるか。三つ、「着手する条件」を、私は部下に示しているか。三つとも即答できるなら、御社の「検討中」は本物の検討です。一つでも詰まるなら、それは検討ではなく、まだ視界に入れていないだけかもしれません。担当者を急かす前に、問いを自分に向ける。それが、この制度との付き合いの、経営らしい始め方だと思います。

現場目線のまとめ・・・本音は、動かない理由にも、動く理由にもなる

第6話の内容を、まとめます。

「関係ないと思いたい」「制度が変わったら」「競合が動かない」「人がいない」「転嫁できるのか」「上が動かない」「商社任せ」という七つの本音には、それぞれ合理があるが、確認の半日、後悔しない投資の線引き、世界に広げた横並び、品質保証部門の巻き込み、台帳の厚みという実務の答えがある。産業界の不満は業界と政府が公式に交渉のテーブルに載せている論点であり、抗議と準備の二枚腰が大人の構えである。損得だけで考えても、後悔しない投資の存在、動かないコストの上昇、保留の自由という三つの理由が残る。

建前を本音に変える必要はありません。本音のまま、半日だけ動く。今回お伝えしたかったのは、それだけです。廊下の声が会議室に入り、会議室の声に期限がつき、期限のついた仕事に担当者の名前がつく。CBAM対応とは、突き詰めれば、この三段階の社内変化のことなのかもしれません。

おわりに・・・次回は、いよいよ「減らし方」です

今回は、声の回でした。ご自身の会社の廊下で聞こえる声と、重なるものが一つでもあれば、そしてその声への答えが一つでも持ち帰れるものであれば、第6話の目標は達成です。

次回、第7話「炭素を減らす現実解 電化・燃料転換・プロセス改善の優先順位」では、いよいよ「測る」から「減らす」へ進みます。理想論の脱炭素メニューではなく、今日から動ける順番の話です。どの工程から手をつけると効くのか。省エネ・電化・燃料転換・プロセス改善を、投資回収とCBAM証書の枚数減の両面から並べ直します。第5話で触れた非線形性、つまり小さな原単位改善が大きな枚数減になる構造が、ここで主役になります。スマートファクトリーの現場で私が見てきた、地味で確実な打ち手を、優先順位付きでお渡しします。

現場で、お会いしましょう。

あわせて読みたい関連連載(note @iceman_23)

本連載の背景を立体的にご理解いただくための、これまでの連載の見取り図です。

【第6話図表ファイルのP8ページ「関連連載マップ」参照】

・第一の層「危機の構造」を描いた連載

「ナフサ・ショック 石油依存産業の終わりの始まり」
https://note.com/iceman_23/n/m80b0a7065fdd

「脱ナフサ時代の製造業生存戦略」
https://note.com/iceman_23/n/m74211460c701

「都市鉱山という名の主権」
https://note.com/iceman_23/n/m664a5b3c8f20

・第二の層「転換の設計」を描いた連載

「サバイバル・サプライチェーン」
https://note.com/iceman_23/n/m91a7080752f0

「リサイクルの真実」
https://note.com/iceman_23/n/m0c987e4203a2

「再生可能エネルギーと製造業」
https://note.com/iceman_23/n/m2e226cfbaa89

・第三の層「現場の実地」を描いた連載

「グローバルサウスで起きている資源循環革命」(note @iceman_23 のマガジンからご覧いただけます)

・第四の層「ルールの層」=本連載

「炭素に値段がつく時代」(第6話をお読みいただき、ありがとうございます)

今回はとくに「再生可能エネルギーと製造業」を挙げます。あの連載の副題は「建前を脱して本音で向き合う」でした。エネルギーの調達でも、脱炭素の建前論ではなく、コストと現場の本音から出発しました。本音から出発しても、いや、本音から出発するからこそ、動く理由にたどり着ける。二つの連載に共通する、私の信条です。

(注釈)

本記事は2026年7月時点の公開情報および著者の実務経験に基づいて執筆しています。本文中の「声」や「実話」は、守秘義務に配慮し、複数の現場で見聞きした内容を趣旨を損なわない範囲で再構成したものであり、特定の企業・個人を示すものではありません。制度・支援策・拡大候補品目等は今後変更される可能性があります。個別の投資判断・価格交渉・契約設計にあたっては、必ず最新の一次情報をご確認のうえ、専門家および所管当局にご相談いただくことをおすすめします。

■著者プロフィール

畠山 達彦 株式会社DCTA 代表取締役
大手ケミカルHDの事業会社にて機能性樹脂事業の責任者を務め、素材開発・加工技術・工場設計・生産管理に至るバリューチェーン全体の意思決定を担う。30カ国以上の事業運営を統括した後、2014年11月に独立し株式会社DCTAを設立。製造業の環境規制対応(PFAS・EU CRA等)、IoT/AI/デジタルツインを活用したスマートファクトリー構築、アジアでの資源循環ビジネス開発を中心としたコンサルティングを展開。湘南・横浜を拠点に、東南アジア・中東・インド・欧州・米国で活動中。NewsPicks EXPERT AWARD ベストフラッシュオピニオン賞2024/2025年連続受賞。
会社URL https://www.dctainc.com/

■キーワード

#CBAM #炭素国境調整措置 #株式会社DCTA #カーボンプライシング #脱炭素 #カーボンニュートラル #製造業 #ものづくり #サプライチェーン #EU規制 #価格転嫁 #中小企業 #経営戦略 #本音と建前 #輸出

いいなと思ったら応援しよう!

この記事は noteマネー にピックアップされました

noteマネーのバナー