⑥エンペドクレス 問題の、大もとを断った人
この「哲学シリーズ」すでに6回の連続投稿で、書くほうも、読むほうも、そろそろ疲れてきたころではないでしょうか。
でも、あともう少しです。
紹介してきた賢人たちの「ことば」を、あなたの魂は、間違いなくしっかり受け取っています。
次の世代を担う子供達に伝えるためです。
ふとした時や人生の局面で、読み流した「ことば」が、あなたを助ける珠玉となって、きっと甦ります。
哲学の「ことば」って、そういう置き土産のような力があるのです。
今後の人生で「哲学書」に触れる機会は、あまりないと思います。
ここまで来たら、せっかくです。
最後まで、一緒に歩きましょう。
残るはソクラテス、プラトン、そしてアリストテレス。
もう、終わりが見えてきました。
トラブルが起きたとき、目の前の後始末に追われて、くたびれてしまうことはありませんか。
今からおよそ二千五百年前、いつも「大もと」を見にいった人がいます。
四つの元素に「愛」と「憎」を加えた人、エンペドクレスです。
●エンペドクレスが伝えたかったこと
・目の前の症状より、大もとの原因を見にいく
・世界は「愛」で結びつき、「憎」で離れる
・財は、ひとりで抱えず、分け合う
・明日死ぬように楽しみ、永遠に生きるように財を作る愚かさ
・肩書きより、簡素な暮らしを選ぶ
エンペドクレスは、シチリア島の名家に生まれた人でした。
医者であり、詩人であり、弁論の名手。
町の人々からは、神のように敬われていました。
けれど、王になってくれと何度たのまれても、ぜんぶ断りました。
華やかな地位より、簡素な暮らしと、人々の自由のほうを、心から大切にしていたのです。
いちばん語り伝えたいのは、疫病を止めた話です。
ある町が、ひどい疫病に苦しんでいました。
人々は次々に倒れ、なすすべもありません。
エンペドクレスは、町を歩いて、原因を探しました。
そして気づきます。
町の真ん中を流れる川の水が、汚れている。
病の大もとは、これだ、と。
彼は、自分のお金で、近くの二つの川の流れを変えました。
きれいな水を、汚れた川に注ぎ込んだのです。
すると水がよみがえり、疫病も、ぴたりと止まりました。
ここに、暮らしのヒントがあります。
私たちは、問題が起きると、つい目の前の症状に手を伸ばします。
倒れた人を運び、床を拭き、また倒れた人を運ぶ。
大切な仕事ですが、それだけでは、終わりが来ません。
医者であったエンペドクレスは、川を見にいきました。
倒れる人を数えるより、なぜ倒れるのかを探しました。
一歩下がって、水の流れの、その上流を見る。
面倒でも、そこを変えれば、あとの苦労がまるごと消えることがあります。
もうひとつ、彼の鋭いことばを。
町の人々を見て、エンペドクレスは言いました。
あの人たちは、まるで明日死ぬかのように遊び楽しみ、まるで永遠に生きるかのように、豪華な家を建てている、と。
二千五百年たっても、身に覚えがありすぎて、笑ってしまいます。
ここで、彼自身の最期の話を。
エンペドクレスは、燃えさかるエトナ火山の火口に、自ら身を投げたと伝えられています。
跡形もなく消えることで、自分は神になったのだと、人々に信じてもらうために。
けれど山は、彼の履いていた青銅のサンダルを、片方だけ噴き上げて返してきたそうです。
それで、ただ火口で亡くなったことが、みんなに知られてしまいました。
人の弱さを、あれほど鋭く見抜いた人でした。永遠に生きるつもりで家を建てる、その愚かさを、静かに笑った人でした。
その彼が、最期には、永遠に神として記憶されたいと願った、とも伝えられています。
これは永遠の謎です。
弱さゆえの虚栄だったのか。
しかしそこはエンペドクレスです。
その弱ささえ見据えたうえで、わざと見せた、命をかけた最後の教えだったのではないか、とも思っています。
いずれにしても賢者も、同じ弱さや悩みを抱えて生きていた。
そう思うと、彼のことばは、遠い偉人の教えではなく、私たちのすぐ隣にあるように思えてきます。
エンペドクレスの視点を、ひとことで。
「症状ではなく、大もとの川を見よ」
一歩下がって、流れの上流をたしかめる。
上流を 変えれば下は 澄んでゆく・・・
明日は「答えより、良い問いをひとつ」のソクラテスです。
富士山麓からあなたへ。
ボンちゃん。
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