創作大賞がわからなくて捜索対象になっている
最近、note がなんだか騒がしい。
「創作大賞」と書かれた、黒くて金びかりのいかめしい横長バナーが、ドーンと現れてからだ。
7年前。
私は山椒魚のように、note の岩場の陰でひっそりと生息していた。
吐きたいことだけを吐く日々。
あのとき、黒い奴はすでに存在していたのだろうか。
狭い岩場で自分の体で視界を遮っていた山椒魚は、知る由もない。
相互フォローさせてもらっている中でも、創作大賞に挑戦するという投稿や、すでにハッシュタグをつけた投稿が上がり始めている。
でも今のところ、それはすでにプロのライターさんとして、エッセイストさんとして活躍されている方々だ。
それは当然の流れに見える。
でも。
自分に目を向けてみると、それは全く当然ではない。別世界の話だと感じる。
今。
私は note という大きな川のどこかでひっそりと、そこで見つけた楽しい方々とコメントという泡を吐きながら、かぷかぷ笑っている。クラムボンみたいに。
7年前の山椒魚は、得体の知れない、でもなんだかポップなクラムボンに姿を変えた。
クラムボンは、何者か分からない。
そして、創作大賞が何か分からない。
弟の蟹はたずねました。
『そうさくたいしょう はなんだろう。』
兄さんの蟹は答えました。
『捜索対象だよ。』
私は、創作大賞を捜索し始めた。
過去の受賞者の投稿タイトルを見つけた。
あ、エッセイ部門だ。
約4年間の超節約生活で〝星野リゾート全制覇〟に300万使ったOLの極論。
タイトルからして煌めいていて、いかつい。
壮大だ。あまりに壮大過ぎて、目が眩んだ。
応募要項
投稿形式
文字数:1万字以内
1万字?
日々、いかに文字数を減らすかを懸命に考えている私だが?
私の小さな人生の些細な珍道中を、そんなボリュームで書いて、読み続けるに堪えうる訳がない。
それとも、1万字は単なる上限であって、何文字でもいいのだろうか。
でも、受賞者の方の記事は、豪華絢爛な長編の絵巻物のように思えた。
各メディアが求めている作品(一覧)
「暮らし」に新たな視線を向けるようなエッセイをぜひお寄せいただきたいです。(朝日新聞出版)
先日、オレンジを使っていないオレンジジュースには目を向けてみたけれど、それは、この範疇に入りますか? バナナはおやつに入りますか?
毎日が前向きで充実し暮らしが輝くような、素敵な習慣や趣味のお話を読みたいです。(インプレス)
素敵な習慣や趣味…
note に書くことが、今や私の習慣や趣味なのだけれど、それで皆さんの暮らしは輝きますか?
思わずSNSで引用したくなるような、書き手の視点と語彙が光る作品をお待ちしています。(KADOKAWAウェルビーイング編集部)
思わずネットネタやアニメの名言を引用したくなる書き手は、お待ちされていませんか?
学び、教え、悩んだ経験が誰かの力に。等身大の笑って泣けるエピソードをお待ちしています。(KADOKAWA教育編集部)
おぉ…等身大の笑って泣けるエピソード!
これなら少し当てはまりそうな気がする。お待ちされていますか?
いや。
私は知っている。
note の大河には、私の小さな体験談より、もっと強くて大笑いして号泣できるエピソードを持った、いかつい言葉の使い手たちがわんさかいるのだ。
私は、背を丸め、岩場の陰に帰ろうとする。
クラムボンは、山椒魚に戻りかける。
そのとき。
おすすめにあった記事が、目に留まった。
創作大賞2026に向けて、前回受賞者が考える一番大切なこと
そして、そこにはこう書いてあった。
…(中略) 何よりもまずお伝えすべきことはやっぱりコレかなと。
それは――
……
…………
………………
応募すること。
以上!
宝くじは、買っても当たらないけれど、買わないと絶対に当たらない。
創作大賞は、応募しても選ばれないけれど、応募しないと絶対に選ばれない。
分かっている。
私は noteを始めて、まだ3カ月弱だ。
文章の書き方も、自分の軸も、これといった強固なものはない。
でも。
参加する権利だけはある。
ハッシュタグをつけるだけで、簡単に応募できる。
お祭りに参加できるのだ。
「イコマのあたらしいことをやりたいよく」は今ちょうど、回復してきている。
山椒魚になって、また岩場の陰に潜り込んでしまう前に。
二疋の蟹の子供らみたいに、ぽっぽっぽっと気楽に言葉の泡を吐いて、大河のお祭りに参加してみるか。
きっとクラムボンは、二疋の蟹が言っていたように、コロされるだろう。
でも、『クラムボンはわらっていた』のだ。
踊る阿呆に見る阿呆 同じ阿呆なら踊らにゃ損損
私も笑って参加して、潔く泡と化してみるか。
……まぁ、書く題材が見つかれば、の話だけれど。
次の捜索対象は、私の中だ。
