🌹老子第2章|白黒つけたくなる人へ|人生の午後の老子の自習note
白黒つけたくなる時の老子2章
こんにちは。
Framing|花子です🌹
本日も読みに来てくださり、
ありがとうございます。
サムネイル画像は、
ある方に届けたかったのに
届けないままになってしまった試作品。
届くといいな。
本日も、
人生の午後に響く逆説の知恵、
老子の言葉をご紹介します。
今日は老子第二章。
白黒つけたくなる時の、
老子の言葉です。

「どちらが正しいのか」
「どちらが優れているのか」
気づけば私たちは、
答えをはっきりさせたくなります。
良い・悪い。
成功・失敗。
勝ち・負け。
白黒をつけることで、
安心したくなる時があります。
けれど、
はっきり分けようとするほど、
心が苦しくなることもある。
老子第二章は、
そんな“分ける心”について語る章です。
原文
天下皆知美之為美、斯惡已。
皆知善之為善、斯不善已。
有無相生、難易相成、
長短相形、高下相傾、
音聲相和、前後相隨。
是以聖人處無為之事、
行不言之教。
萬物作焉而不辭、
生而不有、為而不恃、
功成而弗居。
夫唯弗居、
是以不去。
書き下し文
天下みな、美の美たるを知る、これ悪のみ。
みな善の善たるを知る、これ不善のみ。
有無相生じ、
難易相成し、
長短は相形し、
高下は相傾け、
音声は相和し、
前後は相随(したが)う。
ここをもって聖人は無為の事に處(お)り、
不言の教えを行う。
万物作(おこ)りて辞せず、
生じて有せず、
為して恃(たの)まず、
功成りて居らず。
夫(そ)れ唯居らず。
是(ここ)を以(もっ)て去らず。
現代語訳
人はみな、
「美しい」というものを知ることで、
同時に「醜い」という概念を生み出している。
「善いこと」を決めることで、
「善くないこと」も生まれる。
有る・無い。
難しい・簡単。
長い・短い。
高い・低い。
すべては、
互いに比べ合うことで存在している。
だから聖人は、
無理に支配しようとせず、
言葉だけで教え込もうとしない。
何かを成し遂げても、
それを自分の手柄にしない。
役目を終えても、
そこに執着しない。
だからこそ、
その存在は自然と残っていくのだ。
花子の解釈
SNSを開くたびに、
誰かの“ちゃんとしている人生”が
目に入る時代です。
丁寧な暮らし。
優秀な子育て。
きれいな言葉。
成功している人。
気づけば、
自分と比べてしまう。
そして、
「私はまだ足りない」
と思ってしまう。
でも老子は、
「美しい」が生まれた瞬間に、
「美しくない」も生まれると言います。
つまり、
比べることで、
苦しさも同時に生まれている。
これは、
“美しさ”を否定しているのではなく、
「分けすぎないほうがいい」
という話なのかもしれません。
子どもたちと接していても、
「あの子のほうが速い」
「私はできない」
そんな言葉を聞くことがあります。
でも、
おっとりしている子にも、
慎重だからこそ気づけることがある。
静かな子にも、
言葉にしない優しさがある。
人は、
簡単に白黒では分けられません。
それなのに私たちは、
つい「正しい側」に立とうとしてしまう。
でも人生には、
答えを急がないほうがいいことも、
あるのかもしれません。
人生の午後の視点
若い頃は、
「正解」が欲しかった。
どちらが正しいのか。
どちらを選べば成功なのか。
早く答えを知りたかった。
でも人生の午後に入ると、
白黒つけられないことが増えていきます。
正しいけれど、
苦しいこと。
間違っているように見えて、
その人を支えているもの。
どちらとも言えない感情。
曖昧な関係。
割り切れない想い。
老子第二章は、
「世界はそんなに単純には分けられない」と、
静かに語っているように感じます。
今日の一句
白黒を ほどいて見える 人の色
出典・参考文献
老子第2章
新釈漢文大系7 「老子 荘子 上」 明治書院
阿部吉雄 山本敏夫 市川安司 遠藤哲夫著
老子第1章はコチラ
Youtubeでも発信中🌹
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