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ヴィレッジヴァンガードはサブカルチャーへの始発駅だった


2010年代前半、サブカルに興味を持った人の多くはある場所を通っている。

ヴィレッジヴァンガードだ。

当時のヴィレヴァンは今のような流行りキャラクターの雑貨とコスメが大半のお店ではなくて、「変な本屋」だった。
本棚にはガロ系漫画、幻想小説、エログロ本、サブカル雑誌が雑然と並んでいる。

しかもジャンルごとに整然と分かれているわけではない。丸尾末広の隣に青山正明、その近くに澁澤龍彦や夢野久作。更に『トーキングヘッズ(雑誌の方)』や『Quick Japan』が並ぶ、という具合。このカオスな棚こそがヴィレヴァンの面白さだった。


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普通の本屋では本はジャンルごとに整理されている。
文学は文学、漫画は漫画、思想は思想。そのため読者は既に興味のある分野の本しか手に取らない。

ヴィレヴァンは違った。

カオスに陳列されているため、全く知らない本が視界に入る。
例えば村崎百郎の本を手に取った人が、隣に置かれた根本敬の漫画に気づく。根本敬を読めば、その先に都築響一の写真集がある。更にその隣には寺山修司や大槻ケンヂがある。


一冊の本から突然まったく別の文化圏へと接続する。ヴィレヴァンの棚はそんな偶然を生む装置だった。


もう一つ特徴的だったのが、棚に差し込まれていた手書きのPOPである。店員のおすすめコメントがびっしり書かれたカードが本棚に所狭しと貼られていた。
「狂気の名作」「人生観が変わる」「読むと後戻りできない!」など、妙に熱量の高い紹介文だったのを覚えている。それは単なる商品説明というより店員によるサブカルの布教場のようなものだった。

2010年代前半のヴィレヴァンは店員の裁量も大きく、サブカル好きの店員がいる店ほど棚は濃くなる。チェーン店でありながらも個人書店のような雰囲気があったのはそのためだ。


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平成初期頃は「遊べる本屋」をテーマにした書店だったが、私の思春期時代には既に本だけの店ではなかった。単なる本屋ではなく、サブカルの空気そのものを展示しているような場所だった。

必ず店内には小さなモニターが設置されていて、そこには戸川純やヤプーズのライブ映像が流れていた。ヴィレヴァンで初めて戸川純を知った、という人も多かったのではないだろうか。

本、音楽、雑誌。
あらゆるサブカルが同じ文化圏として並んでいた。普通の書店でもCDショップでもない、不思議な空間だった。

川越の高校生だった私は、ルミネ川越にあるヴィレヴァンに心を打ち抜かれ、放課後には必ず寄った。そこで仕入れた情報や気になった作家の名前をガラケーにメモし、家に帰ってからパソコンで検索する。そうやって少しずつ、知らない文化を辿っていった。
90年代のアングラと2000年代のサブカルが同じ棚に並んでいた光景は、まさしく時代の橋渡し的であったと言える。


現在のヴィレヴァンは少し変わった。

全国展開が進みショッピングモールに多く出店するようになったことで、雑貨やキャラクターグッズが増えた。インターネットの普及による影響も大きい。
かつてヴィレヴァンが担っていた「文化の入口」という役割は、今ではSNSやYouTubeが担っている。
昔は棚を眺めて文化を知ったが、今はタイムラインで知る。

入口の場所が変わったのだ。


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それでも、私の記憶の中のヴィレヴァンには独特の体験があった。

自分が何を探しているのか分からないまま店に入り、棚を眺める。すると、芋づる式に今まで知らなかった本や作家に出会う。サブカル文化の入口とは、本来そういうものだったのかもしれない。

カルチャーとの偶然の出会い。ヴィレヴァンには、そういう瞬間が確かに存在していた。
そしてその出会いが、長い文化の系譜へと繋がっていく。


あの時ヴィレヴァンで得た経験は、今でも私の中に確かに息づいている。

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