「グレーゾーン」という言葉が、実は子どもを苦しめているかもしれない
「うちの子、グレーゾーンだと思うんです」
保護者の方から、この言葉を聞く機会が年々増えています。
診断はついていないけれど、いくつか特性らしきものがある。そんな子どもたちを指す言葉として、すっかり定着しました。
便利な言葉だと思います。診断名をつけるほどではないけれど、何も気にしなくていいわけでもない。そのあいまいさを、うまく言い当てているからです。
ただ、この言葉が広まるほど、私は少し違和感も感じています。
「グレー」は、その子の"状態"ではなく、大人の"分類"でしかない
グレーゾーンという言葉は、本来、白か黒かという二択の間にある、という意味です。
でも子どもの発達は、そもそも白と黒に分けられるものではありません。
得意なこと、苦手なこと、その差の大きさ、環境との相性。
それぞれの子どもが、それぞれ違う凸凹を持っています。「診断がつくかどうか」という一本の線の、どちら側に近いか、というだけの話でしかありません。
つまり「グレーゾーン」というのは、その子自身の状態を表す言葉というより、私たち大人が分類のためにあとから当てはめたラベルに過ぎないのです。
「診断がつかない」ことが、支援が要らないことと混同される
現場で実際によく起きているのが、こうした状況です。
「グレーゾーンだから、診断名がつく子ほど深刻ではない」
「グレーゾーンだから、様子を見ていれば大丈夫」
こうした受け止め方が、必要な支援を後回しにしてしまうことがあります。
本人が感じている困りごとの大きさは、診断名がつくかどうかとは、必ずしも比例しません。
子ども自身が、その言葉を自分に重ねてしまう
もう一つ気になるのは、「グレーゾーン」という言葉を、子ども自身が耳にしてしまう場面です。
自分のことを「グレーゾーンだから」と説明されることが積み重なると、「自分は白でも黒でもない、はっきりしない存在なんだ」という感覚を、知らず知らずのうちに抱えてしまうことがあります。
言葉は、それを向けられた本人の自己認識に、想像以上に影響します。
大事なのは、分類ではなく、その子に必要な関わり方
グレーゾーンという言葉自体を否定したいわけではありません。
ただ、その言葉を使うときに大事なのは、「どちらの色に近いか」ではなく、「この子には、今どんな関わり方が必要か」を考え続けることだと思います。
診断名がつくかどうかにかかわらず、困っている子には、困っている分だけの支援が必要です。
言葉に分類される前に、その子自身を見る。私たちが現場で大切にしているのは、その順番です。
「グレーゾーン」という言葉、聞いたことがある方も多いと思います。「うちも感じたことがある」「あまりピンとこない」どちらでも大丈夫です。一言だけでもコメントいただけると嬉しいです。
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