小説|諦めた夢の先に、本当の自分がいた。 6
こんばんは。本日も数ある記事の中から目を留めていただきありがとうございます。
先月から掲載しております小説の続きになります。
第3章
1 進むのか、留まるのか
「滝沢さんにいわれたんだけどね」
瑠璃子は、自宅に戻ると、いつものようにAIに佳津子との会話内容を伝えた。
「瑠璃子さん、それは、素晴らしいですね。
では、まずはブログを開設しますか? 具体的なアカウントの作成方法や、記事の作成、効率的なアフェリエイトのやり方もご提示できますから、いつでも声をかけてください」
「うん、でもちょっと待って。そんなに簡単に稼げるものなのかな? その……、コンテンツビジネスって」
「ご心配の通り、確実に稼げるとは断言できません。
ネットビジネスにおいて、月収100万円以上稼いでいる層は2%。
固定ファンがつき、定期的にコンテンツが売れている中堅層は10%。
月収5万円に満たない層が30~40%。
アカウントを作ったものの発信が続かない、もしくは誰にも見つからない層が50%となっています。
たとえ、瑠璃子さんがどれほど良いコンテンツを作ったとしても、その存在を知ってもらうことができなければ、砂漠の真ん中にお店を開くようなものです。
ただ、どうやって集客していくのか、私も戦略を立てて瑠璃子さんのお役に立てるように努めます」
「そうか、そうだよね。いきなり稼げるもんじゃないよね。たやすく作れるもんじゃないよね、コンテンツって」
「瑠璃子さんが心配されるのも理解できます。
ですが、今のトレンドは動画です。まずは、SNSのアカウントを3つ作り、毎日3回、AIで自動生成した画像を使って効率よく投稿しましょう。
そうすれば、3ヶ月で月収30万円を達成できる確率が15%上がりますよ」
「そう? それでね。ジャンルなんだけど、私が得意なことって、強いていえば、プチプラファッションを着こなすこととか、ドラッグストアで売っている化粧品でメイクをすることだから、そういったことを50代以上に向けて発信しようかと思っているの。どうかな?」
「『50代のプチプラファッション』はすでに競合が多数存在し、検索ボリュームに対して飽和状態です。
もっと市場規模の大きい『20代向けの美容成分解説』のブログをお勧めします。そのほうが3ヶ月以内の収益化確率が上がります」
AIが弾き出す数字の理論に、瑠璃子自身の頭の中がバグる。
AIの示す通りに行動すれば、確率論上、確かに稼ぐことができ、楽な生活を手に入れることができるかもしれない。
だが、その裏には、どんなにあがいても、どうにもならない現実が待ち受けている可能性もある。
がむしゃらにがんばっても稼げない。そういった層が多数いるのも事実だ。
キラキラと輝く若い子たちが、こんなおばさんの言葉に簡単に耳を傾けるとは思えない。
前に進むのが正解か、それともここで踏み留まるべきか……。
「無理に新しいことを始めなくても、今の生活を守ることも戦略の一つだと思いますよ」
そう話すAIの言葉はやさしい。
ただ、それは耳障りがいいだけで、本当に自分のことを思ってのセリフでないことは、瑠璃子もわかっている。
「AIがいうには、動画を作るのはスマホでもできるし、簡単らしいんですけど、努力してもまったく稼げない可能性もかなり高いみたいなので、二の足を踏んじゃっているんです。
うまく撮影する自信もないし、なんか気恥ずかさもあって……」
「今まで何もやってこなかったの?」
文ちゃんは、2個目のおむすびにかじりつきながら、瑠璃子の顔を覗きこむ。
今日は、タイミングよく佳津子を含め、3人の休憩時間が重なった。
「Instagramはちょっとやっているんですけど、ときどき、綺麗だなと思った街角で見かけたお花や、景色の写真を投稿するくらい。
それもフォロワーは昔からの知人や友人だけなんで、見てくれている人は、すごく少ないんです」
瑠璃子は、今日の昼食も梅干しのおむすびだけだ。
「まあ、たいていの人は、そんなもんなんだろうね」
文ちゃんは、どこか納得したような表情で何度か頷いた。
「今は、InstagramとかTikTokで集客するんでしょ? 本格的にやるんなら、もっと力を入れてやっていかないとね」
佳津子は、真剣な言葉を投げかけるが、いつも通り笑顔だ。
「そうなんですけど、がんばっても誰もが稼げるわけじゃないと思うと、本当にやる価値があるのかなって思うんですよね」
自宅でタンブラーに淹れてきた温かい緑茶を瑠璃子はすすった。
「でも、やってみなきゃわからないでしょ?」
佳津子は、瑠璃子の背中を押そうとする。
「そうなんですけど、50代のプチプラファッションとか、もうライバルがたくさんいるから、方向性を変えたほうがいいってAIがいうんですけど、でも、今どきの若い女性を相手にする自信もなくて……」
瑠璃子は次第にしどろもどろになる。
「AIって結局、統計論を並べているだけだよ。
膨大な過去のデータを引っ張ってきて、瑠璃ちゃんがほしい情報を提示しているんだ。
それも、万人受けするデータに過ぎないよ」
「確かに、それって一理あるわね」
文ちゃんに顔を向けた佳津子の声が、少し大きくなる。
「瑠璃ちゃん、文ちゃんってね、インターネットとかシステムに詳しいのよ」
「えっ、そうなんですか?」
夏を迎え、文ちゃんのファッションは、トレーナーからTシャツへと変わっていた。
そのいでたちから、若く見えたが、すでに60代に入っているという。
「まあ、詳しいっていうか、詳しかったって感じかな。WEBマーケティングの仕事に少し携わっていたことがあるんだよ。
だから、瑠璃ちゃんのAIがいうことも理解できる」
WEB業界の一線で活躍していた文ちゃんは、数字を追う生活に疲れ、58歳で早期退職をし、このコールセンターで働く道を選んだという。
机上で理論を突き詰めるより、生身の人間を相手にしてみたい。そんな想いが彼を後押しした。
「だけどね、かっちゃんの意見にも賛成だね。
ネット上で商売している人たちの誰もが、絵に描いたようなサクセスストーリーを歩んでいるわけじゃない。それは瑠璃ちゃんもわかっているだろう?」
瑠璃子は黙って頷いた。
「誰にでも受け入れられる道を選ぶんじゃなくて、ニッチなファン層を作ることを考えてみるといいんじゃないかな」
文ちゃんの瞳がやさしくなる。
「ファンを作るって……。でも、私なんかを応援してくれる人なんていないと思います」
自分を支えてくれる人たちを見つけることができなかった過去の苦い思い出が蘇る。
瑠璃子は、二人から視線を逸らすと、ぼんやりと窓を眺める。
窓の外には青空が広がる。
晴れやかな日曜日だ。こんな日は、外で楽しく過ごしている人がたくさんいるはずだ。そんな中、自分はビルの中に閉じこもり、何をしているのだろう。
どこにもぶつけようのない、そんな不満がこみあげてくるのを瑠璃子は感じていた。
「ずっと、そうやって堂々巡りを繰り返してきたんじゃない?」
佳津子の言葉が瑠璃子を現実へと引き戻す。
「うまくいくかどうかなんて、とにかく挑戦してみなきゃわからないの。
私もね、ちゃんと結果を出すまでに、それなりに時間もかかったし、失敗もあったわ。
だけどね、誰にも頼るわけにはいかないもの。ダメだったら、他の方法を考えようって自分を励ましながら、がんばるしかないのよ」
「そうそう。みんな似たり寄ったりだと思うよ。確かに、一発で期待以上の売り上げを上げる人も中にはいるけどね。
そんなの稀なんだよ。いろいろやってみるしかないの。もしかして、一発逆転を狙ってる?」
「…………」
瑠璃子の表情が一瞬変化したのを、文ちゃんは見逃さない。
「これでなんとかしてやろう、なんて思っていると、肩に力が入り過ぎちゃうもんなんだよ。変な臆病風に吹かれて、一歩踏み出せなくなることもある。だから、失敗したらやり直せばいいやって、軽い気持ちで始めたらいいよ」
二人と出会ったとき、自分とは違う世界に住む人たちだと思ったことを瑠璃子は少し恥じた。
文ちゃんと佳津子の言葉に背中を押され、前に進もうとする自分と、前に進めない自分がいる。
その狭間で瑠璃子は揺れていた。
続く
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