闇 655(悪魔が来りて笛を吹く編)
闇 655(悪魔が来りて笛を吹く編)

2026/08/25 tue
※多分この時代に岩上智一郎という人間がいたという証明をしたかったから、この作品を自分の為に書いているのだろう。
前回の章

二千二十四年四月二十五日、木曜日赤口。
インカジ『レディ』の業務中、小学時代の同級生で卒業と共に九州へ引っ越してしまったでったんから、メッセージが届く。
『見知らぬ他人のツイッター見てたら、東武本線鐘ヶ淵にある魚真(うおまさ)って店の刺身の量か半端ないらしい…。試しに行ってみて! 出口貴行』
そもそも寿司はマグロ以外食えないし……。
一応鐘ヶ淵を検索してみた。
え、墨田川?
浅草とかあっちのほうなの?
冗談じゃない。
好きでもない魚類を食いに、こんな遠くまで誰が行くか。
『凄い遠いところにあるじゃん。でったんが来た時ならいいけど、一人でここまでは遠出しないよー。 岩上智一郎』
しばらくは地味な生活を心掛けないとね。
贅沢は若香が六月末に日本へ来た時に、取っておけばいい。
それまで黙々と仕事をして金を貯め、運命的な日に備えればいいさ。
『おはようございます。仕事終わって、部屋着いたらお風呂入って早く寝ますね。 岩上6:47』
風呂に入り、疲れた身体を癒す。
眠気が来た頃、若香からの連絡が届く。
『はい。イチローはよく寝なさい。目覚めて若香と言いました。 朱婧瑶9:19』
俺は返事を打っている内に、意識を失うようにして眠った。
目を覚ますと昼の一時。
四時間ほど睡眠を取ったのか。
『おはようございます。さっきこの返事打ちながら、途中で寝てしまいました。 岩上13:03』
朝から何も食べていないので、何か作ろうかな。
先日篠ヤンと川越でまことやへ行った時買った塩焼きそば用のソースでも使うか。
料理をして写真を撮り、若香へ送る。
『塩焼きそばと、焼きおにぎり作りました。 岩上14:28』
そして俺は料理ブログを書き始めた。

今回は地元川越のまことやで買った塩焼きそばソースを使って作ります。
何か最近焼きそば作る機会多いなw。

麺を炒め、上にソーセージやキャベツを投入。

入れますよ、塩焼きそばソース。

よく炒めて混ぜ合わせて終わり。

完成。

焼きおにぎりも完成。

前回の川越行ってから、腹を下し丸一日半何も食べてなかったので、これが久しぶりの食事なのだw。
久しぶりの食事。
昨日は腹がくだっていたからなあ。
炭水化物だけの料理だけど、今の俺にはちょうどいい。
『美味しそうですね。 今日はまだ具合が悪いですか? 朱婧瑶14:58』

『寝てかなり良くなりましたよ。 岩上14:58』
インカジ『レディ』には客に出すようのドリンクでR1が常備してある。
俺は隙を見て三回飲んだのだから。
『昨日R1のヨーグルト三本飲みましたしね。 岩上14:59』
おそらく乳酸菌だか何だか知らないけど、荒れた胃袋に膜のようなものを作り、体調を整えたのだろう。
下痢もとっくに治っているし、彼女のアドバイスは本当に素晴らしい。
『効果があるのではないでしょうか。 朱婧瑶15:00』
『若香さんのアドバイス通りで効果抜群です。 岩上15:01』
五十三歳までに何とか自分を本当に変えたかった。
利用され騙され、いつもどこかで損ばかりしていた俺。
彼女の存在によって、新しく生まれ変わりたい気分である。
『もちろんです。だからイチローに言ったイチローは必ず聞いてね。 朱婧瑶15:02』
『はい、了解です。 岩上15:02』
地頭は悪くないと自覚あるも、俺はどこか抜けていて人生の浮き沈みが激し過ぎる。
平穏無事が好ましいのだ。
胃袋が満たされたのか、また眠くなってきた。
パソコンでアマゾンを眺めていると、凄い商品を発見。
外付けSSDで三十テラバイト?
これで約一万千円?
とりあえず買ってみようかな。
思い切り詐欺臭いけど、実際に使えるなら安い買い物だ。
損しても一万だしね。
俺は買い物を済ませ、横になるとすぐ睡魔に包み込まれる。
目を覚ますと夜の七時過ぎ。
夜用の心筋梗塞の薬を飲む。
先輩の岡部さんから、会う度口酸っぱく絶対薬だけは飲んでおけと言われているもんね。
病院の定期健診では、いつもいい数値だと言われているんだから、本当はもうこんな薬漬けの生活なんてごめんだ。
でも、飲まないと五年以内に、また三度目の心筋梗塞になると、塚越先生から脅されているし……。
あの先生と院長先生には、本当赤心堂病院で生命を救われたもんな。
集中治療室に大人数の医者や看護婦が入って来る。
悪ガキ塚越先生を筆頭に、隅によっちん似の看護婦もいた。
「岩上さん…、カテーテルの準備できました。これから移動して手術に入ります」
数名の男子看護師たちが俺の身体をタンカへ乗せる。
一応ギリギリヘビー級だったから、俺は重いぞ。
身体が動かないので大人数になすがまま身を預け、俺は集中治療室を出た。
何だか意識が薄れていく。
麻酔でも使ったのか?
意識が混濁した中、手術室へ寝かせられたのだけは理解できた。
右脚腿の付け根辺りからカテーテルをすると話しているようだ。
目を閉じているから何も分からない。
先生の声だけが聞こえる。
「はい、心臓の辺りがちょっと熱くなりますよー」
え、人の心臓で何をするつもりよ?
身体が動かない……。
心臓の周りで一瞬の熱とパラパラと散る花火のようなイメージが頭の中で映像化した。
我慢できないほどの熱さではない。
血管から管を通して心臓までとか言っていたよな?
そんな事可能なのか?
しかし今しているカテーテルというのが、それなんだよな。
「はい、また熱くなります」
悪ガキの声が聞こえる。
安物の花火が身体の中で散っていく感覚は変わらない。
合図のあとでやってくる一瞬の熱ささえ、心筋梗塞で弱った心臓に喝を入れているのかと思うと心地良ささえ感じた。
朦朧としているので時間も何も分からない。
耳で音を拾い、何かチームワークいいなあと妙な感心をしていた。
赤心堂ザ・悪ガキビーチボーイズ。
ボーイズって女もいたじゃねえか……。
また熱さを感じる。
パラパラ花火が三回、四回か?
俺はそんな事すら覚えていないほど死の瀬戸際に立っていたという訳か……。
数名に身体を担がれ、再び集中治療室へ戻る。
「……」
あれで俺は助かったのだ。
もう五年ぐらい前になるのかよ。
時間が経つのって本当に早いな。
ゆっくり湯船に浸かり、入院の時を事を思い出す。
風呂から出て携帯電話を見ると、若香からメッセージが届いていた。
『叔父が若香に電話したばかりです。午後はいいデータがあります。若香に準備をさせる。そして若香にまずイチローに国際取引所の口座を無料で開設するように指導するように伝えた。 朱婧瑶15:28』
「……」
だからそういう取引とかそういうのは、本当にいいって。
現状の金に困っている訳じゃないんだから。
『イチローは寝ましたか? 朱婧瑶16:20』
ベランダへ出てセブンスターに火をつける。
あの手の事を言い出すのが若香の欠点だ。
まあ返事ぐらいはしておくか。
『気付いたらまた眠ってました。 岩上19:26』
『イチローはもう寝ていると思います。よく眠れましたか? 朱婧瑶19:33』
今日は確かによく寝たな。
『睡眠時間的には、凄い寝たと思いますよ。帰って風呂入ってすぐ寝て、一度起きてまた寝てなんで。 岩上19:33』
タバコを揉み消して部屋へ戻る。
『トータル十時間は睡眠取ったと思います。 岩上19:35』
『よく眠れました。 夜は仕事が元気になりますね。 イチローは今料理を作るつもりですか、それとも他のものを作るつもりですか? 朱婧瑶19:40』
料理か…、さっきというか寝る前に食べたしな。
『昨日の今日なんで、夜はまたヨーグルトだけにしようと思っています。 岩上19:42』
『ヨーグルトは胃の調子が悪い時に飲むことができます。 ずっと飲む必要はない。 やはり主食を食べましょう。 朱婧瑶19:44』
昨日の今日だからね。
五十二歳になった自分の身体は、自分で気遣わないと。
『まだ胃の調子は完全には戻ってないですからね。 岩上19:44』
『わかったよ。 朱婧瑶19:45』
また若香からLINEが届く。
『https://www.lqmlqm.com 朱婧瑶19:50』
よく見ると、何かのサイトへのURLだった。
『若香さん、前にも言ったように、これは若香さんと直接会った時に教えてもらいます。 岩上19:51』
蘇る拒絶反応。
『イチローはリンクを直接クリックしないでください。リンクを指で押さえて、コピーが現れるまで待ってから、コピーをクリックしてください。これでコピーに成功しました。そして、携帯電話に付属のブラウザを開き、プラットフォームアドレスをブラウザに貼り付けて開き、スクリーンショットを若香に送ります。 朱婧瑶19:52』

何でこの子は俺が望んでもいないのに、必要以上に一生懸命なんだ?
これがあったから、俺は一度連絡を絶ち、たまたま連絡があった横浜の麗美華と会い、中国人をリオを性欲の捌け口にしてしまった。
『会って教えても。まず無料で登録する必要はありませんか? 朱婧瑶19:52』
正直今の生活に支障が出るような面倒な事は興味がない。
『もしあなたがまだ若香が余計だと思っていると言いたくないなら。直接言ってもいいです。 朱婧瑶19:52』
うん、この際ハッキリ言っておこう、ここは。
『これを俺が始めるとしたら、若香さんを信用しての事なので、実際に会ってからにしたいです。 岩上19:54』
『前にイチローに言ったことははっきりしています。取引は毎日あるわけではない。会ってから取引がなくなったら。まだ何をしますか。そして今、この機会があるのはイチローに勉強させることです。あなたに何かを強要するのではありません。あなたがしたくない以上、若香に承諾する必要はありません。若香も叔父に言った。叔父はどう思うでしょう。若香の友達は話が上手ではない人ですか? 朱婧瑶19:56』
今のタイミングじゃないと難しいと言いたいのか?
でも、さほど金には困っていない。
『そして今はイチローに無料で口座を開設するように教えている。口座開設には認証に時間がかかります。登録すれば通るというものではありません。 朱婧瑶19:57』
かなり遠回しだけど、嫌だと言っているつもりなんだけどな。
『若香さんは、俺がこれを始めないと俺に対して価値が無いですか? 岩上19:57』
『私は言いました。あなたがするかどうかはあなたのことです。したくない以上、会うことを理由や言い訳にする必要はありません。会ったことをする。信頼がないのにどうしてそんなことを言うのか。 朱婧瑶19:59』

え、何でこれをやらないと、会わないという選択を持ち出してくるの?
ちょっとおかしくない?
言いたい事は、全部今言っておかないと。
『あなたの事はとても大切な存在として考えているし、思っています。ただ俺は若香さんの事でわからない事が現実的に多過ぎます。若香さんの電話番号も知らないし、どこに住んでいるか住所も知らないし、電話で直接話した事もない。だから実際に会った時に教えてもらうと言うのが、そんなおかしい事ですか? 岩上20:02』
何度も送った文面を読み返す。
うん、俺はおかしな事や失礼な事は何も言っていない。
『まずイチローと自分の住所を話しました。もう一つはイチローさんに少しわかってもらいます。もし香は初めから今まで何かがあったらあなたに言いました。逆に私は今日、若香がイチローの心にこんなに多くのしこりがあったことを知った。本当にすみません。若香がイチローを本当の友達にしたのです。 朱婧瑶20:20』

心にしこり?
そりゃあ麗美華とリオの件は、内緒にしているから罪悪感はあるさ。
でも、それはシンガポールに住んでいる若香には絶対分からないし、バレない事。
『あなたの事を俺は大切に想っているから、プレゼントも買ったし、会うのもとても楽しみにしています。徐々に少しずつでもいいから、お互いを理解していきたいんです。 岩上20:26』
『要りません。イチローのプレゼントに本当に感謝します。しかし、最初から最後までイチローに信じられなかった若香は、何も言う必要はないだろう。お邪魔します。 朱婧瑶20:30』
一瞬目の前が真っ暗になった。
お邪魔しますって、もう俺とは会うつもりがないという事?
『もうやり取りを辞めるという事ですか? 岩上20:35』
まだこの女を俺は抱いてもいない。
会ってもいないのだから。
登録だけしとく分には無料だし、こんな事で機嫌を損ねられるのは馬鹿らしい。
どれほど時間を費やしてきたと思っているんだ。
俺は彼女の言う通り、サイトの登録をしてみる。
そしてスクリーンショットを撮り、送った。

但し俺も言う事は言っておこう。
『言われた通り登録だけはしときましたが、これをやらないと付き合い辞めると言うのは、とても悲しい事ですね。 岩上20:38』
『信頼がなければどうして交流するのか。始まりは若香のせいだ。イチローが若香を信じないとは思いもよらなかった。悲しい。 朱婧瑶20:38』
え、何で信頼とか信じないとか、そういう話になる訳?
俺と会いたいから日本に来るんじゃないのかよ!
『信じないとは言ってません。 岩上20:38』
チャットじゃ埒が明かない。
もどかし過ぎる。
『ちょっと電話で話しませんか? 岩上20:39』
LINEの電話を掛けた。
『不在着信 岩上20:39』
応じようとしない若香。
『話すのは嫌ですか? 岩上20:40』

彼女から返信が届く。
『イチローは残りの勉強を先に終わらせる。そしてもし香とあなたは私たちの間の矛盾を処理します。 朱婧瑶20:40』
『残りの勉強とは? 岩上20:41』
例のサイトのスクリーンショットが提示される。
だからそれは今、登録して見せただろうが……。
『電話で一度話しませんか? 岩上20:42』

『イチローはここをクリックして実名認証を行います。 朱婧瑶20:42』
「……」
認証とかそんなのどうでもいいよ。
俺の質問にまず答えろよ!
『順番…、手順が違います。 岩上20:42』
『ちょっと待って。もともと若香さんは日本語が下手です 認証が完了するまで待ちます。若香はイチローに電話する。 朱婧瑶20:42』
ここは譲らない。
明らかに若香のほうがおかしい。
『日本語下手でもいい。俺はあなたの声を聞きたい。 岩上20:43』
『まずアバターをクリックしてここに入ります。写真を撮って若香にあげる。 朱婧瑶20:43』

「……」
電話にも出ない。
ひたすら認証しろのごり押し。
明らかに怪しいだろ……。
俺は携帯電話を放り投げ、買い物をしに外へ出掛けた。
結局会った事もない人間を、信用しようとした俺が馬鹿だったのである。
過去出会い系サイトで、どれだけ詐欺のような写真にあったんだ。
俺が若い頃実際に体験したものを小説にした『進化するストーカー女』を思い出す。
俺を乗せたタクシーは城山観光ホテルに到着する。
時間はもう夜の九時半。
素泊まりなのに、三万二千円も取られた。
部屋に行くと、ベッドの上に飛び込む。
これからバンバンやりまくるぞー。
そうだ、友香に電話しなきゃ。
「もしもし、龍一。今どこ?」
「城山観光ホテルの一室」
「うーん、どう頑張っても三十分以上掛かっちゃうけど、待っててね」
「いや、暴走モードだから分からないなあ……」
「もうっ! 仕事がまだ残っていたのに、強引に抜け出してきたんだから」
テンぱる友香。
これ以上じらしても意味がないか。
変に焦らせて向かう途中に事故なんて遭ったら本末転倒だ。
「じゃあ、しょうがない。大人しく待ってるよん」
「本当に待っててよね」
「ああ、ちゃんと待ってるって」
部屋の番号を告げ、電話を切る。
さてと三十分ちょいは掛かるだろうな。
どう時間を潰すかな……。
ホテルの案内図を見る。
温泉があるのか。
でも別料金か。
こんな暑い時期にわざわざ行ってもしょうがないか。
スポーツマンが好きと言っていた友香。
レスラーを目指し、格闘家としてリングに上がったこの肉体を見たら、きっと驚くだろう。
総合格闘家としては、俺はかなりの大型選手になる。
身長百八十センチ、体重は現在ちょっと落ちて九十一キロ。
逆三角形の上半身。
鍛え上げた腕。
殺人技が眠る右の親指。
これは見た目とまるで関係ないか……。
どうやって友香を出迎えるか。
部屋でウイスキーを飲みながら、そこのソファーに腰掛けて優雅に待つのもいい。
逆にホテルの入口で待っていて驚かせるのも有りか。
いや、このホテルは妙に広い。
迷子になったら洒落にならない。
やめておこう。
浴槽へ行き、軽くシャワーを浴びておく。
あいつが来たら、すぐにしゃぶらせてもいいように。
どうせならドアの入口で待っていて、入ってきた瞬間抱き締めてベッドに連れて行くのもいいな。
百の言葉なんかより、一刺し。
そっちのほうが全然説得力があるだろう。
また友香の写真を眺める。
興奮する下半身。
時計を見る。
九時五十分。
あと十分ぐらいでここに、こいつが来る。
歌舞伎町の店『ワールドワン』に電話をしてみた。
「あ、岩上さんすか?」
従業員の島村が電話に出る。
「うん、二日間も休んじゃって悪いね」
「いえいえ、たまには羽を伸ばして下さい」
「ありがとう。どう? 店の調子は」
「えーとですね…、一、二の…、八卓ですね」
「大丈夫?」
「ええ、問題ないですよ」
「じゃあ、明日はおみやげ持っていくから楽しみにね」
「はあ?」
「おみやげ持っていくからさ」
「え、だって岩上さん、今地元ですよね?」
「それが違うのだよ」
「はあ?」
「ふふふ…、今、鹿児島の城山観光ホテルからなのだ」
「えっ! 昨日から行ったんですか? あの出会い系で知り合った女に会いに? てっきり冗談で言ってるものだと思ってましたよ……」
「いや、今日の夕方に出発したんだ。ふと思いついてね」
「はあ? 今日そっちへ行ったんですか?」
「うん、そうだよ」
「だって岩上さん、明日は仕事じゃないですか!」
「だから、ちゃんと行くって。明日の夕方前にこっちを出れば、時間には間に合うからさ」
「ほんと岩上さんってタフっちゅうか、何と言うか……」
電話口で島村は呆れているようだ。
「まあ、頼むよ、うひひ」
「任せて下さい」
窓の外を見る。
壮大な大自然に包まれた場所だな。
二十四時間もここへいられないけど、その分キッチリやりまくろうではないか。
携帯電話が鳴る。
もちろん着信は友香から。
俺はワザと電話に出なかった。
コール音が十回以上鳴り、一度やむ。
間髪入れず再び鳴りだした。
「もしもしー」
「何ですぐに出てくれないの?」
「ちょっとじらしてみた」
「もう……」
「それより今どこだ? ホテルに着いたのか?」
「そうっ! だから電話したんでしょ!」
「ははは、部屋で優雅にくつろいでいたよ」
「今すぐ行くから」
「了解っす」
さて、どうやって出迎えるのがベストだろう?
このまま大人しく部屋にいてもいいが、あと少しで彼女はやってくるのだ。
写真を見る。
この女がもうじき……。
鏡の前に立ち、ヘアーの乱れを整える。
落ち着け。
フライング気味で突然ここへ来たが、これで良かったのだ。
やれる女は抱いておく。
歌舞伎町に生きる男の鉄則。
いや、そんなものないか。
ちょっとお馬鹿過ぎる。
最初のひと言を何て言うか?
「ようこそ」
声に出してみた。
ちょっと違うな……。
俺が鹿児島に来ているのに「ようこそ」はないだろう。
「ちゃお!」
軽過ぎる……。
「はじめまして」
うん、こういうのがシックでいいかもしれない。
もうそろそろだろう。
俺は自然とドアを開け、通路へ出た。
廊下で早く待ち構えている。
これがベストの選択だろう。
初めはエレガントに、そしてスマートに。
部屋に入ったら、服を一気に脱がしてぶちこんでやる。
「男は狼なのよ~。気をつけなさ~い~」って、昔誰か女の歌手がそんな歌を唄っていたな。
ピンクレディだったっけ?
男の心理をついたいい歌詞だ。
だからきっと俺でも知っているぐらい流行ったのだろう。
いや、そんな事どうでもいいか。
本当に男って狼だ。
こういう時、実感する。
「ん?」
向こうから人影が見える……。
俺は軽く深呼吸し、近づくのを待った。
視力二・〇。こんな時、目がいいと本当に得だ。
一歩近づく事にその相手が女だと分かる。
「……」
でも、人違いか?
前から来る人は確かに女だが、友香じゃない。
ここの宿泊客だろう。
どっちみちすぐだ。
さっき到着したって電話があったのだから。
宿泊客がどんどんこちらに近づく。
通行の妨げにならないよう壁に寄り掛かり、ポケットに手を入れて下を向く。
足音が近くでとまる。
「と、智……」
「ん?」
顔を上げて声を掛けた女を見る。
結構太めの女だ。
誰だ、コイツ……。
人の名前を気安く呼びやがって…、えっ……。
もしかして……。
「はじめまして、友香です。やっと逢えたね……」
おいおい、写真と別人じゃねえかよ……。
「あれ? 智だよね?」
「あ、そう、そうだよ……」
本当は違うと言って、この場から全力疾走で鹿児島空港まで逃げたかった。
「やっと逢えたね……」
太った女…、いや、友香は目を潤ませている。
確かによく顔を見ると、目とか鼻、そして唇などは友香そのものだ。
でも、写真じゃ、こんなに太ってなかったろうが!
まるで別人じゃねえかよ。
ふざけんなよ、詐欺じゃねえか……。
そのひと言が、なかなか声に出せない。
俺は本当に馬鹿だ。
二連休を取って、最後の日の夕方になり、ふと九州まで行ってしまった。
やりたいばかりに……。
さっき自慢げに『ワールドワン』なんて、電話しなきゃよかった……。
誰もこの事実を知らなければ、生涯墓まで持っていける。
しかし、もう遅い。
島村は知っている。
あいつはお喋りじゃないから、まだ俺は運がいいのか?
いい訳ねえだろ!
何で写真と実物が、こうまで違うんだよ?
過去に出会い系サイトで散々懲りて、警戒をしていたつもりなんじゃないのか?
何だ、このザマは……。
この女、何をウルウルした瞳で俺を見てやがる。
泣きたいのはこっちだよ、別の意味で……。
ひと言ぐらい先に言っとけよ……。
私はデブですって……。
歌舞伎町だって、こんな酷い詐欺する奴はいねえぞ?
この窮地をどうすりゃいいんだ?
思い切り叫びたかった。
「……」
若香だって、実際に会ってみるまでは分かるもんか。
ひょっとしたら俺は、あの時と同じ愚行を犯そうとしていたんだぞ?
アイスコーヒーを買って自称俳優マンションへ戻る。
携帯電話に複数の着信履歴。
若香からのLINE電話不在着信だった。
『不在着信 朱婧瑶20:55』
『不在着信 朱婧瑶20:56』
『不在着信 朱婧瑶20:57』
『イチローさんは何をしていますか? 朱婧瑶20:59』
返事をしない俺に、彼女は電話をくれていたのか。
せめて携帯電話も持って出れば良かったのだ。
慌ててLINEで電話を掛ける。
『不在着信 岩上21:02』
出ない……。
とりあえずメッセージを残しておこう。
『ちょっと買い物行ってました。 岩上21:02』
だから最初にまず電話で話そうと言ったのに……。
『電話くれてたのですか? 岩上21:03』

もう一度掛けてみる。
『不在着信 岩上21:03』
何だよ、これで俺たちおしまいか?
ベランダへ出てセブンスターに火をつける。
俺も変な取引なんてしたくないし、若香の実物だって見た事がないのだ。
いい潮時かもしれないな。
大きく煙を吐き出して、大久保の汚い景色をボーっと眺める。
その時突如携帯電話が鳴った。
LINEで若香からの着信。
「もしもし? もしもし? 若香さん?」
電話に出ても相手は無言のまま。
海外だから電波が悪いのか?
「もしもし? 智一郎です! 岩上智一郎です! 若香さん?」
何度も問い掛ける。
少ししてたどたどしいカタコトの日本語が聞こえてきた。
「フーエイ」
「フーエイ? 若香さん、フーエイって読むの?」
ここで電話が切れる。
『通話時間 1:20 朱婧瑶21:11』
今、初めて彼女の声を聴いた。
日本語が苦手な若香。
どんな思いで電話をくれたのか。
『若香(フーエイ)さんと呼ぶの? 岩上21:12』
タバコを揉み消して部屋へ戻る。
『私は自分のことを言います。イチローさんと呼んだばかりです。 朱婧瑶21:15』
『声が聞けて良かった 岩上21:16』
やはり俺は、この女を手放したくない。
まだ会ってもいないのだから。
『今、あなたは若香が表示されているところをクリックして、若香にスクリーンショットを送ります。若香はイチローに認証方法を教えた。 朱婧瑶21:18』

若香は再びサイトのスクリーンショットを送ってくる。

『ここをクリックしてから若香にスクリーンショットを送ります。若香はイチローに認証方法を教えた。 朱婧瑶21:23』
「……」
俺は彼女の声を聞きたいと言った。
そして若香はその通り電話まで掛けてきた。
たどたどしい日本語で……。
認証すればいいんだろ?
俺も先ほどのサイトを開く。
そしてまずスクリーンショットを撮って見せた。
『クリックしてから若香にスクリーンショットをあげます。 朱婧瑶21:24』
パーソナルセンターと書かれたタブに赤枠をつけて送る若香。
その通りやってみて、認証のようなものを終える。

『そうです。イチローは頭がいいですね。初級認定が完了しました。審査が通るのを待つ。 朱婧瑶21:26』
これから仕事があるのに、これ以上こんな事で時間を使っていられないぞ?
『若香さん、仕事前になるから、これはまた翌日で。 岩上21:26』
『初級認定は十二時間後に合格します。イチローはたまにはログインして通過するかどうかを調べることもできます。完成した後、若香に伝えます。 朱婧瑶21:27』
まあお互いの要望はとりあえず叶えた形になった。
『分からなかったら聞きます。 岩上21:28』
『そんなに複雑ではありませんでした。イチロー自身がそんなに多くのことを考えたいと思っている。香はそんなに複雑なことを考えたことがない。もしある日イチローが若香に何かする必要があったら。若香は完全にイチローを信じることを選ぶ。 朱婧瑶21:29』

まあ登録すればいいって事だろ。
よく分からないけど。
『よく分からないけど、若香さんの言葉を選びますよ。 岩上21:30』
『イチローはそんなに強く反応したばかりで何をしているのか。そして一言で若香の心を傷つけましたね。心臓病が出そうだ。 朱婧瑶21:32』
え、俺の言い方にそんな問題あった訳?
心臓病が出そうだなんて、何を言ってんだよ。
そこまで酷い事を俺は言っていないだろ。
『若香さんを傷つけたいわけじゃありません。誤解しないで。 岩上21:33』
まず俺が落ち着け。
冷静に。
動揺を出すな。
『俺はあなたに、紳士的に接しているつもり。 岩上21:33』
『今度はイチロー紳士になってほしい。「若香」は二度と傷つきたくない。イチローに傷つけられると誰も信じられなくなる。 朱婧瑶21:36』

バツイチな彼女。
離婚の原因は、旦那の浮気を目撃したショックで流産。
とりあえず若香を落ち着かせないと。
『傷つけるなんてまったく思ってないし、そんな事したくないですよ。言葉の勘違いから誤解はあるかもしれませんが、俺はあなたを裏切っていないです。 岩上21:38』
『若香はイチローが若香を裏切ったとは一度も言ったことがない。ただ、剛一郎が言ったことは、若香を信じないことだ。電話はまた家庭の住所です。前に若香はすでにイチローに言った。イチローは真剣に見ていないだけだろう。 朱婧瑶21:44』
剛一郎って何だよ?
ただの打ち間違えか。
裏切っていないけど、実際俺と会うなら電話番号や住んでいるところぐらい教えてくれたっていいだろ。
何故そこでこんなに取り乱す?
『電話と住所はまだ聞いていないと思いますよ。若香さんを信用してないなんて、無いですからね。 岩上21:45』
『シンガポールの住所シンガポール芽籠芽籠東通り二号鑫禧苑。 日本の住所大阪岸和田市岸城町千七百四十七。 朱婧瑶21:45』

シンガポールと大阪、二つの住所まで……。
『若香さん、ありがとう。 岩上21:45』
『香があまり考えていないなら、私はあなたを私の親友と思っていることしか知らない。そうでなければ、私は見知らぬ男とビデオ通話することはできない。 私たち女性は生まれつき自分のプライバシー情報に注意を払っているかもしれませんが、あなたには考えすぎです。 朱婧瑶21:46』
何故彼女がここまで必死になるのか。
俺は若香へ尊敬の念を多少抱いている。
これは以前言われた高円寺の占い師の予言とほぼ的中していた。
その前に言われたあの時を詳しく思い出してみる。
事前に名前や西暦での生年月日など、自分の情報を紙に書くよう言われた。
自分の番が来て階段を上り、別室へ入ると俳優のおひょいさんこと藤村俊二をどこか思わせるような顔立ちの西谷泰人が、書斎のような部屋で座っている。
俺が見せるのは手相…、そして事前の生年月日などの情報程度。
何を言い、どうしろと言ってくるのか?
座るよう促され、神田が横にいてもまるで気にせず鑑定を始め出す。
「ふむふむ…、あなたはこれまで色々な事をしてきたんじゃないですかね? ん、生命線が一度途切れ掛けている。一度大病をしたんじゃないですか?」
大病…、ずっと健康に生きてきた俺にとってコロナワクチン接種翌日に起きた心筋梗塞しかあり得ない。
しかも一週間後に二度目が来て、本当に死に掛けたのだ。
のっけから正直この人凄いなと思う自分がいた。
それでも自分であえて情報は言わず、黙って聞く事に撤する。
「今年の九月で五十一歳…、あなた、五十二歳ぐらいから本当に面白くなりますよ」
「面白く? どういう意味合いでしょうか?」
「方位学も兼ねて言いますと、運気が爆上がりする傾向ですね。本当に長生きもするんですねー」
「長生き? 俺、去年死に掛けたんですよ?」
「でもこうして五体満足元気で、生きてらっしゃるじゃないですか。九十…、九十八歳ぐらいまで長生きしますよ」
「そんな無駄に生きたくはないですけどね」
「本当に色々な事をやられてきたみたいですね。五十二歳ぐらいから、あなた、凄いお金持ちになりますよ。これまでの事を色々な角度から精力的に動き、そうですね…、収入も多方面から入ってきます。六つ…、いや七つぐらいから。あなたが手掛けるのは、五つ…、うん、本当に器用に色々やられるんですね」
「……」
今の俺にとっての収入源はインカジ『レディ』で働いた時間分の給料のみ。
他に副収入で考えられるのが、心筋梗塞で入院した時の高額医療制度での返金ぐらいが関の山。
「多方面ではありますが、一番真剣に頑張ったものが主軸になりそうですね」
六つか七つの多方面からそれぞれ…、しかし主軸は一つ。
小説しか考えられなかった。
全日本プロレス、バーテンダー、総合格闘技、絵画、ピアノ、小説、整体、料理。
これらバラバラの点が何故、繋がったのか?
それは文章を書く事で初めて点と点が線として繋がる実感を知っているからだ。
もちろんこの年齢になった今、戦う事は無理だ。
ピアノだってもう二十年近く弾いていない。
つまり、酒と絵と小説、そして靭帯施術と料理…、この五つが肝になってくるという事か?
そして母体となるベースは小説しかないと……。
「つまり…、また作品を書けと?」
「作家さんでしたか?」
「ええ、随分小説は書いていませんが、過去処女作で文学賞を取り、本にした事はあります」
「うん、あなたの主軸は間違いなくそこなんでしょうね」
「……」
「凄いじゃん、岩ヤン!」
「ちょっとごめん、神田は口出さないで」
三十分しかないのだ。
神田のどうでもいい感想や雑談は必要ない。
それより十年以上執筆をしていない俺が、また小説を書く?
印税も入らず、生活苦に陥り再び裏稼業へ戻った底辺の俺が?
「それと同時期…、うーん、もうちょっとあとかな。素敵な女性と知り合いますよ」
「いやいや、俺はもう五十ですよ? さすがに色恋沙汰はもう……」
一瞬池袋のちかの顔が浮かぶ。
いや、あの子は飲み屋の女に過ぎない。
それにこの先出会うと言っているので、彼女は該当しない。
「そういう普通の色恋ではなく、そうですね、あなたが真に尊敬できるような…、お互いを高め合うような異性と出会うでしょうね」
「やったじゃん、岩ヤン! いい女との出会いあるってさ」
「いや、だから神田、ちょっと黙ってて」
「つまり、これまでのあなたは停滞し命を失い掛けもしました。でも、今年でなく来年辺り…、五十二歳ぐらいから金銭的な芽が多方面から出てきて、五十三歳ぐらいですかね。素晴らしい異性と出会う。そんな結果が出ていますよ。あと長生きも入りますね」
異性…、前回神田が連れてきた渚の顔が浮かぶ。
いや、あの子も違う。
彼女は人妻なのだから。
「あと一年半後ぐらいから面白くなると? その女性って言うのは?」
「そうですね、歳はあなたより少し若くなるのかな? 十歳ぐらいの年齢差で、それでも外見というよりも、心を尊敬するような方ですね」
「……」
ちかはまだ二十代後半、渚は三十代だから、やはり該当していない。
そんな出会いがまだ俺に残っているというのだろうか?
「あ、あといい事ばかりじゃなく、六十歳で大腸癌になるかもしれないから、五十七歳ぐらいでポリープ検査しておいたほうがいいですよ。そこさえ乗り切れば、長生きできるでしょうね」
「六十で大腸癌……」
そういえば盟友斉藤弘一は、何の癌だったのだろう?
ただ癌が再発し、転移して亡くなったという事しか知らない俺。
このまとめで三十分の時間制限が来る。
正直延長してもう少し聞きたい気分だったが、さらに二万五千円を払う余力はない。
「……」
三十分二万五千円の手相占い師、西谷泰人の言葉が蘇る。
「収入も多方面から入ってきます。六つ…、いや七つぐらいから。あなたが手掛けるのは、五つ……」
まず今働いているインカジ『レディ』の給料は月にして五十万から六十万ぐらい。
これはそこそこいい稼ぎなほうだろう。
小説は…、まだ十三年以上何も書いていないから、これはとりあえず置いておいて……。
ひょっとして多方面からの一つが、この若香があれほどくどく言ってきている取引の話なんじゃないのか?
彼女とも電話で話した。
声も聞いた。
住所まで聞いた。
シンガポールの住所が、芽籠芽籠東通り二号鑫禧苑。
インターネットで検索を掛けてみる。
マクファーソン?
外国なんて行った事なんだから、見たところで俺に分かる訳ないだろ。
日本の住所が、大阪岸和田市岸城町千七百四十七。
岸和田城?
お城の近くに住んでいるのか。
住所は適当でなく、とりあえず実在する。
これはずっと浮き沈みを繰り返し、裏稼業から抜け出せない俺に対し、新たなる采配なのかもしれないな……。
『うん、若香さんの言う通り、俺にも配慮が足りませんでしたね。 岩上21:51』
『それに私がイチローと会った時、お互いに携帯電話を持って取引することはできないでしょう。酒を飲んだり、映画を見に行ったり、美食を食べに行ったりするに違いない。若香を横浜に連れて行くのではない。 朱婧瑶21:52』

食事もそうだけど、まず俺はおまえを抱きたいんだよ。
『うん、横浜だけでなく、川越だって色々連れていきたい場所はあります。 岩上21:52』
だから本当に頼むよ。
詐欺の写真であってくれるな。
『一緒に楽しい時間を過ごしたい。 岩上21:54』
時計の針は十時を回っていた。
『そろそろ準備して仕事行きますね。 岩上22:02』
『そうですね。若香はイチローと一緒だと思っていた。イチローは若香を美しい場所と一番美味しい食べ物に連れて行きます。 朱婧瑶22:02』
そのあとおまえの裸もな。
『俺も若香さんと一緒です。美味しいものもたくさん食べましょうね。 岩上22:03』
『うわー。もうイチローの仕事の時間だ。それではイチローは仕事に行きましょう。地方に行って若香と言いました。 朱婧瑶22:03』
うん、いつもの彼女の調子に戻っていたようだ。
『支度しますね。 岩上22:04』
『職場に着くのが早いでしょう。 朱婧瑶22:15』
自称俳優マンションを出る。
『それでは行ってきます。 岩上22:19』
『はい。勤務先に行って若香にメッセージを送る。 朱婧瑶22:24』
新宿駅へ到着。
『了解です。俺はもう駅着いたので、職場まであとちょっとです。 岩上22:25』
『それはいいです。職場に行ってヨーグルトを飲むのを覚えていますね。 朱婧瑶22:27』
画面を見てニヤニヤしながら駅構内を歩く。
『ヨーグルトのR1あるので、また飲みます。 岩上22:28』
東口の様子をカメラで撮って送る。
『新宿駅到着です。 岩上22:32』
『夜の人が多いですね。こんなににぎやかですね。 朱婧瑶22:36』
人混みを掻き分けつつ、歌舞伎町へ真っ直ぐ向かう。
『新宿ですからね。職場到着です。 岩上22:42』
『新宿の人はみんな夜に仕事をしますか? まさか。 朱婧瑶22:46』

さすがに都内随一の人の賑わいを見れば、若香も驚くだろう。
インカジ『レディ』へ着き、着替えを済ませる。
『新宿は日本一の繁華街であり、都庁でもあるので、二十四時間動く店もあるし、働く人も遊びに来る人もたくさんいるんですよ。 岩上23:06』
『そうだったのか。道理でこんなに遅くまで人がたくさんいるんだ。香ちゃんがお風呂に入ったら。もう横になった。 朱婧瑶23:15』
何が香ちゃんだよ。
まあそれだけ気分がいい証拠か。
『うん、若香さんはゆっくり休んで下さいね。 岩上23:25』
『はいイチロー。おやすみなさい。また明日。 朱婧瑶23:26』
さてと、俺は頑張って仕事に励みますかね。
あ、挨拶をし忘れた。
『おやすみなさい。良い夢を。 岩上23:26』
俺の顔を見てスタッフの佐藤ボンズが声を掛けてくる。
「岩上さん、どうしたんですか。今日とても機嫌良さそうですね」
「うるせー、ほら、十卓鳴ってるぞ。とっとと行ってこい」
椅子に腰掛け店内モニターでホールの様子を眺める。
もうちょっとで四月も終わってしまうんだな。

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