枕元に立つのまだですか?25年待ってますよ。Tさん、Oさん、Iさんへ捧げる言葉
私が、25年ほど前、デイサービスの管理者をしていた頃の話です。
当時、80代の利用者さんが3人いました。Tさん。Oさん。Iさん。ある日、何かの話の流れで、「死んだらどうなるか?」という話になりました。
そこで私は、3人に言いました。「じゃあ、死んだら出てきてくださいよ」「幽霊でもいいから、出てきてくださいよ」するとOさんが、「死んだら枕元に立つから、逃げないでよ」と言いました。
私は、「みんな絶対に約束ですよ」と返し、みんなで笑っていました。あの時は、それが25年後に、こんなふうに思い出になるなんて考えもしませんでした。
それから25年。3人とも、亡くなりました。
……でも。
誰一人、出てきません。
いつも斜に構えていたTさん。出てきません。
送迎に行くと、いつも娘さんとケンカしていたOさん。出てきません。
初回のヒアリングの時、いきなり「喫茶店にコーヒーを飲みに行こう」と私を誘い、びっくりさせたIさん。こちらも、まったく出てきません。
約束したじゃないですか。「死んだら出てきてくださいよ」って。あれから25年。一度くらい、誰か出てきてもいいと思うんですけどね。
3人とも亡くなった今になって、思います。あの頃の私は30代でした。「死ぬ」ということは、今よりずっと遠い話でした。80代の利用者さんと、30代だった私。当然ですが、私は若かった。利用者さんたちは、私から見れば「ずっと年上の人」でした。
だから、どこかで、「この人たちは、いつか亡くなる人たち」そんなふうに思っていたのかもしれません。でも、その人たちが、本当にいなくなることまでは、あまり考えていませんでした。
あの頃は、ただ毎日が過ぎていきました。「今日、何食べた?」「家では何してた?」「昔はどこに住んでた?」そんな、どうでもいいような話をしていました。笑ったり。怒られたり。つまらないことで盛り上がったり。その時は、何とも思っていなかった時間です。
でも、20年、25年と時間が経つと、そういう時間が、いつの間にか「思い出」になります。
私は今でも、「死んだら出てきてくださいよ」と言ったことを覚えています。3人の顔も、それぞれの話し方も、何となく覚えています。そして不思議なことに、亡くなったことを知った瞬間よりも、ずっと後になってから、ふと思い出すんです。
「あの人、元気やったな」「あんなこと言ってたな」「あの時、みんなで笑ったな」この仕事をしていると、本当にたくさんの人に出会います。そして、たくさんの人を見送ります。
その時は、「また一人、亡くなった」そう受け止めることもあるのかもしれません。でも、その人が亡くなったからといって、一緒に過ごした時間までなくなるわけではありません。
何年も経ってから。何でもない時に。突然、その人が心の中に出てくる。もう会えないのに。もう話すこともできないのに。「ああ、あの人、こんな人やったな」そんなふうに、また会える。
だから、もしかしたら。人は亡くなっても、完全にいなくなるわけではないのかもしれません。誰かの記憶の中で、ふと思い出される限り。笑った顔も。怒った顔も。どうでもいい話をしていた時間も。ちゃんと残っている。
……とはいえ。
Tさん。Oさん。Iさん。そろそろ約束を果たしてくれてもいいんですよ。
一回くらい、出てきてくださいよ。
夢の中でもいいです。枕元でもいいです。もしかしたら、あの世で3人そろって、「おい、あいつ、まだ覚えとるんか」なんて笑っているのかもしれません。それなら、それでいいんですけど。
でも、約束は約束ですからね。25年、待っていますよ。
Tさん。Oさん。Iさん。枕元に立つのは、まだですか?
……でも。
本当出てきたら、俺、怖いし、逃げますよ(笑
