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ユニバーサルデザイン(UD)はデザインの足枷か?(柴田邦臣):JFP寄稿文10

JFPでは『バリアフリー上映に関するアンケートの結果と分析2026〜情報保障の映画賞をつくる〜』を公開。2025年度に実施した「バリアフリー上映に関するアンケート調査」の結果を受けて、障害当事者や研究者、映画上映者など11名の方々から寄稿頂きました。

ユニバーサルデザイン(UD)はデザインの足枷か?(柴田邦臣):JFP寄稿文10

柴田邦臣:駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教員
日本学術振興会・特別研究員、津田塾大学教員等を経て現職。2020 年の新型コロナウィルス感染症による社会危機から、障害や事情により学びづらさに直面する子どもたちを支援するLearningCrisis 研究会を設立し、現在、代表および「学びの危機(まなキキ)プロジェクト」主筆。2024 年からは駒大と関係の深い能登半島地震・水害支援を契機に、特に〈危機〉の社会学と祭礼文化のインクルージョンを研究している。主著:『思い出をつなぐネットワーク:日本社会情報学会・災害情報支援チームの挑戦』、『新装版・〈情弱〉の社会学:ポスト・ビッグデータ時代の生の技法』など。

 『バリアフリー上映に関するアンケートの結果と分析2026 ~情報保障の映画賞をつくる~』の出色の結果は、私たちに、映画のユニバーサル(UD)化がどれほど障害のある〈当事者〉に重要かつ必要であるかを、教えてくれている。一方で、UD 化においてきわめて重要な役割を果たし得る立場にいながら、その必要性を十分、自覚できていない〈当事者〉も存在しているのではないか。

 筆者らが「字幕付きCM 」の効果を調査したさい(柴田・吉田・井上2016『字幕とメディアの新展開:多様な人々を包摂する福祉社会と共生のリテラシー』)、障害のある人たちはもちろん、TV 局だけでなく費用を負担する立場のスポンサーでさえ、CM に字幕をつけることに望外に好意的であった。そのなかでほぼ唯一、CM に字幕をつけることに、相当程度の抵抗感を示した人たちがいた。それは、CM 内容を実際に作るクリエイターたち等、現場の制作担当者だった。

 彼らにとって、CM 映像は芸術作品の一面である。センスとテクニックをもって、もっとも美しくクリエイティブな映像として生み出された、その完成品に、字幕は遠慮なく上から覆い被さってくる、邪魔者のように感じられるらしい。

 「UD はデザインの足枷」と感じてしまう人もいるのかもしれない。それは本当なのだろうか。前述の拙著が示したのは、字幕を、「文字による画面演出のデザイン」として巧みに使用する可能性であった。MV やアニメのオープニングなどで、歌詞を駆動させるように配置した映像美が高く評価されることがある。画面上に文字が配置されることを活かしたり、前提にしたりする演出が可能であることと同じように、「字幕が入ること」を前提にした映像表現も、また可能なはずだ。

 映画のUD 化にとっては、監督、映像作家や演出家もまた、〈当事者〉であるはずだ。彼ら彼女らは、さらにいえば私たちは皆、「できるだけ多くの人に、作品を送り出したい」と思っている。字幕がないと見られない人や、オーディオ・ディスクリプションがないとわからない人を、あらかじめ排除するような、「最初から人を選ぶような作品」は、そもそも表現の本質から逸脱しているといえるだろう。「すべての人に作品を届けたい」という、本質にきちんと向き合える表現者も、映画のUD 化の〈当事者〉であるはずだ。

主催:一般社団法人Japanese Film Project

助成:公益財団法人東京都歴史財団 アーツカウンシル東京[東京芸術文化創造発信助成 芸術創造環境の向上に資する事業]

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