自己形成
私は、自分の自我形成が日本の内部だけで完結していないという感覚をずっと持っている。むしろ、フランス文化を日本に翻訳する過程で、自分というものが出来上がってきた。だから、小林秀雄 に対しては、単なる文芸評論家以上の親近感を覚える。彼が ポール・ヴァレリー や アルチュール・ランボー を愛読し、フランス文学を通して批評精神を形成していったことに、自分自身の青春の構造を重ねてしまうのである。
もちろん、小林秀雄ほどの才能が自分にあるとは思わない。しかし、ものの見方の形成過程には共通する部分がある。日本社会の内部だけで世界を見るのではなく、一度フランス近代という異物を通して、日本を外側から見直す。その「ねじれた視線」が、自分の思考の骨格になっている。
私は大学時代、ドイツ語を専攻したが、実際にはフランス語哲学やフランス文学の空気に強く惹かれていた。たとえば、フランス近代文学には、自我を安定した人格として描かず、むしろ不安定で疑わしいものとして扱う伝統がある。ランボーの「私は他者である」という感覚は、その典型だろう。自分というものが一枚岩で存在しているのではなく、言語や他者や社会によって裂かれている。その感覚は、日本の素朴な人間観より、自分には自然に感じられた。
だから、日本の小説を読んでいても、どこか冷めた視線を持ってしまうことがある。戦後日本文学には、私小説的な感情の吐露や、「ありのままの自分」を誠実に描けば文学になるという発想が根強く存在していた。しかし、ヴァレリーのように意識を徹底的に解剖する文章や、ランボーのように自己そのものを破壊するような表現を知ってしまうと、日本文学の感傷が時にぬるく感じられるのである。
たとえば、日本の純文学には「苦悩している自分」を描く作品が多い。しかしフランス近代では、「苦悩している自分」を描くこと自体が既に演技ではないか、という疑いが入る。そこには常に自己意識の二重化がある。私はその冷たさに惹かれた。感情をそのまま出すのではなく、感情を観察する意識をさらに観察する。その屈折した知性に、自分の気質が近かった。
また、フランス文化を通して日本を見ると、日本人がいかに「空気」で動いているかも見えてくる。議論をしているようで、実際には場の調和を優先していることが多い。言葉そのものより、人間関係の維持が優先される。しかしフランスの文芸批評には、まず言葉があり、論理があり、個人のスタイルがある。その差異を知ることで、自分は逆に日本社会の特性を理解できた。
だから、自分にとって外国文化とは、単なる趣味ではなかった。舶来趣味でもなければ、知識の装飾でもない。むしろ、日本人としての自分を相対化するための装置だったのである。
その意味では、自分は非常に「戦後的な知識人形成」をしているのだと思う。戦後日本には、一度西洋思想を通して日本を見直そうとした世代がいた。小林秀雄しかり、吉田健一 しかり、あるいはフランス現代思想を輸入した知識人たちしかりである。彼らは外国文化を礼賛していたのではない。外国文化を鏡として使い、日本を見るための距離を作っていた。
私自身もまた、その延長線上にいる。完全にフランス人になりたいわけではないし、日本を捨てたいわけでもない。しかし、日本の内部だけでは息苦しい。だから外部の言語を必要とする。外国語を通してしか、日本語を理解できない。その屈折そのものが、自分の精神の形になっているのである。
