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【訃報】美輪明宏さんのメッセージを心に刻む夜。

美輪明宏さんが亡くなった。

美輪明宏さんは
話題のデパートのような人だから
色んな角度から話が広がりますね。

俳優
歌手
シャンソン歌手
エッセイスト

私は中でも、
美輪明宏さんの『人生ノート』に
助けられてきました。

まだケンカ早かった30代。
編集会議で、
美輪明宏さんの生き方を
漫画化したいと話したら
上の人間は、
そんなんアカンと
身も蓋もなかった。

美輪さんの本も読んでないくせに
と悔しくて
部長や編集長に噛みついて
会議室は気まずい空気にしてました(汗)。

美輪明宏さんの人生は
日本の濃密な激動の歴史そのもの。

故郷の長崎は原爆が落とされた。
戦後は東京でシャンソン歌手として
活躍しながら、
三島由紀夫や江戸川乱歩が
美輪さん目当てに通ったという。

高度経済成長の頃は
人間の労働の真の尊さを
「ヨイトマケの唄」に込めた。

その後、美輪さんが
江原さんと始めた『オーラの泉』は
迷える日本人の拠り所となり、
スピリチュアル・ブームに
火をつけた功績はとても大きい。

常に才能豊かな人から
賛美されながら
世間的にはまだまだ同性愛が
認められにくい時代を
生き抜いた先駆者でもありました。

三島由紀夫、
江戸川乱歩、
寺山修司らとの親交も美輪さんの
才能の凄さを示していますね。

私が美輪さんの人生を
コミカライズしたいと思ったのは
『オーラの泉』が
絶大な人気を誇っていた頃。

この企画を認めない上司たちに
25年前の私はうんざりしてました。

今思えば、
美輪さんの企画を通すカギは
どんな漫画家に依頼するか?でした。

それによって
絵柄や思念が自然と一目瞭然になるから
どんな読者層になるか?
絞られるでしょうから。

そんなことに気付かず、私は
上司の無能さばかりを呪うだけでした。
今思えば、私がまだまだでした。

そういえば、
美輪さんのエッセイで
もっともしばしば強調されていたのは
「頭はクールに、心はホットに」
ということでした。

頭がホットでは、
冷静な思考や判断ができません。
だから頭はクールに。

心が冷たいのでは、
熱い情熱や愛情を抱くことが
できません。
だから、心はホットに。

頭はクールに。
心はホットに。

これがなかなかできません。
30代の私みたいに
すぐ頭がホットになるようでは
そう簡単には上司を
口説けなかったように。

美輪明宏さんの
このメッセージを、
訃報に接して改めて思い出しました。

このメッセージを
私はもう出来るようになったか?
と問われると、
まだまだのようです。

美輪さんの教えを
心中深くに刻みたいと思います。

合掌。

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