化粧まみれの文章とすっぴんの文章
土門蘭さんの本を読んだ。
「ほんとうのこと」というのは暴露するとかそういうことではなくて、化粧で飾らない「すっぴん」の文章ということ。
自分はすっぴんの文章を書いてるんだろうか?
土門さんによると、まず「生きる」があって、次に「考える」その次に「書く」がある。
自分が書いていることは、自分の身体を動かしたことが起点になっているけど、それを書くときに、
「ちょっとカッコつけようとしてないか」
と自分に問うてみると、カッコつけてるときはあると思う。
そういうときの文章というのは、一気に書けないというか、なんだか違和感を感じながら書いている気がする。
逆に何も考えずに一気に書けてしまう文章もある。そういうときの方がすっぴんの自分に近いのだと思う。
書きながら
「自分はこんなことを考えていたのか・・」
なんてこともたまにある。
土門さんは、読み手を意識しないで、自分1人になって書くといい、という内容のことを書いている。
自分1人とは、「書き手である自分」であって、読み手である自分も意識してはいけないと。
ゾーンに入るというか、自分が書いていることに自分が驚くような瞬間。
自分はそんな瞬間のために書いているところもある。
小学校で
「相手意識をもって文章を書きなさい。」
という指導をよくしているのだが、それは違うのかもしれない。
この本を読んでいると、土門さんという人は、生きようとして必死に書いている感じがする。生きるために書くというか、書くために生きるというか。
自分は書くことにそんな切実感はないのだけれど、読んでもらえていると思うと嬉しいから書いているところがある。
そういう承認欲求で書いているのは動機が不純なのかもしれないけど、書くことで日常を観る視点が変わったりもしているので、飾らずこれからも書いていきたいと思う。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。m(__)m
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