金融業界から40歳で小学校の先生になってみた①
新卒でとある日本の銀行に入って8年目に外資系の銀行に転職、その3年後に外資系の不動産金融会社に転職しました。為替とか金利とか金融派生商品を扱う、いわゆる金融市場畑でそれなりに自信をもって仕事をしていました。
転機が訪れたのは30代半ばのとき。サブプライムローン問題が市場を席捲し、不動産金融会社がバタバタ倒産していきました。当時財務の責任者だったので、会社の信用力がダダ下がりする中、資金調達に奔走しました。
フィリピンに行って地場銀行からフィリピンペソの調達契約を結んだり、日本の銀行を回ってノンリコースの仕組みで円を調達したり。財務担当者としてはかなり鍛えられた経験でしたし、大変ながらも仕事は楽しかったです。当時勤めてた会社も結局倒産というか、親会社がアメリカでいうチャプター11を申請したので日本拠点も閉鎖になるのが見込まれていました。
沈みかかった船から逃げろとばかりに、社員がどんどんいなくなっていく中、自分はこれからどうしようかと立ち止まって考えるよい機会だったと思います。金融の知識や英語力、人脈もあったので、同じ金融関係であればそれなりの仕事に転職できる自信はありました。ただ、仕事ってなんだろう、とそのとき考えたとき、仕事と生き方がもっと繋がっている仕事がしたいと思いました。
新卒で就職活動した際はいわゆる90年代初頭のバブル末期。ほぼ何も考えず、「海外に行くチャンスがありそうだ」というだけで会社を決めました。その銀行では20代半ばで香港支店に勤務させてくれるチャンスをくれたので本当に感謝しているのですが、まあ、何も考えてない若者だったわけです。
最初の転職をしたのも、当時勤めていた日本の銀行がどんどん海外拠点を閉鎖していたので、海外志向が強かったので転職したという感じです。あとは仕事内容よりも、どうやったら稼げるか、そんなことを中心に生活していました。仕事ができないと首になる、そんな環境でもあったので、当時は必死だったと思います。
それはさておき、30代半ばで仕事について再考したとき、人の役に立っていると実感できる仕事がしたいな、と思いました。そうすると、介護の仕事と教育の仕事が候補に挙がり、自分の子どもを育てていて、幼稚園の園長先生が素晴らしい人だったことなども重なり、「教育の仕事をしてみたい」と考えました。
最初は幼稚園の先生になろうかと思ったのですが、どう収支計算しても家族を養えない。これから中学、高校、大学とかかる学費を考えると、現実的にならざるを得ませんでした。そこで低学年から高学年まで、大きく成長する子どもたちを見守ることができる小学校の教師になろうと考えました。
さて、何から始めたかというと、まず、教員免許を取ることでした。通信教育に申し込んで勉強を始めました。仕事との掛け持ちは結構大変で、トイレで便座に座って気を失うように眠る、みたいな生活をしばらくしていました。
一番の難所は教育実習でした。小学校の場合は4週間、仕事を休んで実習に参加しなければなりません。当時の会社はもう、拠点閉鎖がほぼ決まっていたので、幸いそこのハードルは思っていたよりも低く、周りの理解を得て4週間の年休を取得することができました。
実はこの教育実習を受けるまでは、自分の中でも半信半疑で、本当に自分は小学校教師になりたいんだろうか、40過ぎてそもそもやっていけるんだろうか。と思っていました。しかし教育実習で出会った子どもたちが、最終日に号泣して別れを惜しんでくれて、そこから本気モードになりました。
いろいろ考えるよりも、まず動くこと。そうやって動いている間にいろいろな気付きがあるし、そこでの人との出会いが方向性を決めることもあります。じっくり考えることも大切ですが、最後は、動くこと、動きながら考えること、が大事だと思います。あとは家族の理解を得ること、だと思います。
小学校教員免許の勉強をするうちに、特別支援学校教員免許も取得しようと思い、別の通信教育で免許を取得しました。その後教員採用試験に合格して41歳で小学校の教員に。今に至っています。
なぜ、小学校の先生になったんですか、とよく聞かれます。9.11で大事な親友が亡くなったことや、自分の生い立ちも関係しているんですが、自分にとって大きかったのは、自分の子どもたちにちゃんと背中を見せたいと思ったことが大きいです。
子どもたちが将来迷ったときに、父親の背中を思い出して、行動できるようになってほしい。その思いが自分の背中を押してくれたことが大きいです。
小学校教師になってから、苦労もたくさんありました。ただ教師になってからの16年を振り返ってみると、本当にたくさんの出会いと、笑いと、涙と、感動があったなと思います。大変だけど、心が動く仕事。仕事と生き方を繋げていきたいという意味では、充実した16年だと思っています。
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