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みんな、勝手に救われればいいと思うよ

昨日書評を書いた、土屋賢二さんの『記憶にありません。記憶力もありません』(文春文庫)の帯コメントが素晴らしかった。

私もこの帯で知ったが、全国高校ビブリオバトルなる大会があるらしい。なんでも、全国の高校生がおすすめの本を持ち寄り、一番読みたくなった本を投票で決める書評合戦とのこと(AI引用)だそうだ。
いや、書評を戦わすってなんぞ?という率直な感想は置いといて、その大会でグランドチャンプ本、つまり高校生たちが「一番推せるぜ!」と思った本がこの『記憶にありません。…』なのだという。
優勝者の女子高生のコメントが帯に載っていた。

肩の力を抜くと、人生が楽しくなる。
私を救ってくれた1冊です!

土屋賢二さん『記憶にありません。記憶力もありません』(文春文庫)
帯コメントより

上の引用は抜粋だろう。この前後には、きっと推し本への愛があふれた熱い文章が続いているに違いない。
書評を戦わせるスタンスはよくわからないが、本を推してくれた女子高生のコメントを帯に載せるなんて、なかなか粋だな、とも思う。
裏に、著者の土屋賢二さんのコメントが載っていた。

ついに理解者が現れた!
「この本で救われた。読んでみてほしい」と訴える人がわたし意外にいるとは夢にも思いませんでした。
しかもそれが高校生だとは。
わたしも思わず買おうとしたほどの説得力でした。

土屋賢二さん『記憶にありません。記憶力もありません』(文春文庫)
帯コメントより

土屋先生の文章はおふざけが入っているのがデフォルトなので、この文章はふざけているわけではない。
それで、このコメントたちを見て思ったのだけれど、やっぱり本には人を救う力があるよな、と。しかも、著者の意図とは関係ないところで、である。

私はライターの佐藤友美さんの『書く仕事がしたい』(CEメディアハウス)に救われた。人生どん底の状態から、這い上がる力をもらった。
佐藤さんからすれば、ライターになりたい人の悩みを解消しようという意図はあれど、人の人生を救うつもりはなかったに違いない。
先日も私は本に勝手に救われている。芸人のハライチ岩井さんのエッセイ『僕の人生には事件が起きない』(新潮文庫)の一節に救われた。すごく、心が軽くなった。
本人は自分の思ったことを書いただけだし、ましてや人を救おうと文章を書いたわけでは絶対ないだろう。

結局、本を読むとき、その本の文章は読み手のものになっている。つまり、どうとらえるかは読み手が次第だ。
「読書から読み手が何を受け取るか」と「読み手が何をどう考えて生きてきたか」は非常に密接した関係だと思う。
だから、読む人によって感想は全く違うし、人によっては救われるわけで。
なのでみんな、もっと本を読んで、勝手に救われればいいと思うよ。


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