北極海で感じた空気と、八海山で感じた「気配」
息をハーッと吐いても、白くならない。
わずかな粉がパラパラっと落ちるだけだ。
北極海のチャーチルという街で、初めて体験した。
外にあるものはすべて凍り、空気はとても乾燥している。
乾燥が極限まで達すると、あらゆるものを煮沸するように思えた。
そこに住むFirst Nationsの人たちは、無愛想だった。
でも少し時間をかけると、心が通じる。
チャーチルの住人の約半分は、カナダでFirst Nationsと呼ばれている先住民の人たちだ。
もともとこの極寒の地は、伝統的な生きる術を知っている、First Nationsだけが暮らすことができる土地だった。
何もない、きびしい土地に見えた。
けれど彼らからすると、じつはとても豊かな土地なのだろう。
「豊か」の定義は、どこで見るかで変わる。
チャーチルに着いて最初に驚いたのは、風の強さだった。
飛行場の建物から出ようとしても、突風でドアを押し返される。
ほぼメインストリートのみの小さな街。
ハドソン湾からの風と一緒に、丸いものがカラカラと勢いよく転がってきた。
拾って手に取ると、ピンポン玉より少し小さくて、中が空洞の氷だった。
押すとクシャっと簡単につぶれる。
海の泡が凍ったのだろうか。 こんなものが存在するとは、思ってもみなかった。
すべてが凍って乾燥しきった街、チャーチル。 ストリートを歩いていると、なんとも言えない気配を感じた。
そうだ、新潟だ。
山岳信仰の八海山尊神社、大火渡り祭の前日。あの気配と同じだ。
年に一度、修験者が全国から集まるその祭りの、前日の昼間に訪れたことがある。 大祭の準備はすでに終わっていて、境内には誰もいない。
あちこちに結界が張ってあって、空気がピシッとして、妙に明るい。
陽射しの強さだけではない、なにか、内側まで照らされているような明るさだった。
誰もいないことをいいことに、境内をあちこち歩いた。
体がふっと浮くように軽くなって、ただ気持ちがよかった。
チャーチルのストリートで感じたのは、あのときと同じ「気配」だった。
チャーチルは、ハドソン湾でいちばん最初に結氷する場所だ。
北極星が、ほぼ真上に見える。
バンクーバーからウィニペグまで飛行機で2時間半。
そこからさらに、プロペラ機で4時間半。
出発時刻になったら「故障の修理中です」とのアナウンス。
3時間待って、ようやく飛び立った。
修理したばかりの飛行機で、ツンドラの上を飛んでいると思うと、なかなかスリリングだ。
後で知ったのだが、次のチャーチル行きは悪天候のため1週間後だったらしい。飛べただけで、じつはかなりラッキーだったのかもしれない。
ハドソン湾の海は、見渡すかぎり、波の形のまま凍っている。ホッキョクグマは、あの巨体で時速50km以上で走れるという。
「北極熊に注意」の看板が立っていた。
この看板、意味あるのだろうか。
チャーチルからウイニペグへの帰路。
行きと同じく、プロペラ機で4時間半。
帰りの便も天候不良で、出発が大幅に遅れ、結局は半日待ちになった。
ウイニペグでは、市内にあるマニトバ州立大学に立ち寄った。
ここは60年代に端を発し、70年代に広がったネオ・シャーマニズムの一大拠点だった。
シベリアからベーリング海峡を渡って北米にたどり着いたシャーマニズム。
そこに心理学的な視点が持ち込まれたものが、ネオ・シャーマニズムだと言われている。
ネオ・シャーマニズムの研究者の中には、客観的に研究するだけではなく、自己実験のようにみずからを投じてシャーマニズムのシステムを学んだ人もいる。
「意識のあり様|知覚」という、取り止めのないことについて強く心を惹かれ続けている私には、興味が尽きない。
そして今もあのときの空気の手触りが、視覚OSを探るときのひとつの座標になっている。
