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世界の中の「日本赤軍」 「1968年の夢」を忘れられない人たち


NHKが、日本赤軍の重信房子を美化するような番組を流したようで。

私は見てないけれど、SNSで非難ゴウゴウになっていました。


NHKに重信房子が出演「理想を掲げた者たち」と紹介される
(ツイッター速報 2025/12/8 19:42)


NHKを潰せ、許し難い。人類の敵。断じて容認できる内容ではない。
NHK、「理想を掲げた者たち」として日本赤軍(テロ組織)元最高幹部を出演させ「目的の達成に必要があるなら、非合法の手段を選ぶこともある」など主張を垂れ流す
(田舎暮しの唱悦 2025/12/8 21:13)


録画を見た。虫唾が走った。テロリストの言い分を堂々とNHKが放映するというのは常軌を逸している。彼らの起こしてきた犯罪は一般の犯罪よりさらに重く罰せられるべき。重信房子をこうして英雄視して取り上げるということ自体意味不明。春のクルド特集といい今回といい、過激派が番組を作っているとしか思えない。
(西牟田靖 2025/12/10 14:32)


まあ、毎日新聞・TBSの幹部に日本赤軍がいる、という噂は、私の現役時代にも流れていましたが(真偽は不明)。

NHKにもいるんですかね。


というか、世の中が保守化・右傾化したと言われると、必ず「68年の夢」を思い出させようとするヤツが出てくる。

そういう法則ではないでしょうか。


1968年の夢ーー「理想を掲げた者たち」の運動ですね。

重信房子ふくめた団塊世代(ベビーブーマー)がその中心でしたが、その世代前後に大きな広がりがありました。

だから、団塊サヨクとか、全共闘世代という言い方より、「68年の思想に決定的に影響を受けた者」という意味で、「68ers(シックスティエイターズ」という言い方をしたほうがいい、と以前書きました。


自らその世代であったアメリカの評論家のポール・バーマンは、「1968年世代の政治的旅路 The Political Journey of the Generation of 1968」という有名な本で、68年がどういう年であったか、本の冒頭に書いています。


1968年頃、学生の世界だけでなく、大人たちの世界にも、ユートピア的な高揚感が広がり、私の友人やクラスメイトのほとんど全員が、その渦に巻き込まれていった。その高揚感は、よく知られた社会の不正、そしてこれまで隠されてきた不正に対する憤りでもあった。今では(漫画版を除けば)思い出すことも難しい、より優れた新しい社会がもう誕生しつつあるという信念でもあった。そしてそれは、私たち自身――10代の革命家、変人、ヒッピー、学生たち――が、5歳、10歳年上の友人や指導者、そして世界中の仲間たちと共に、新しい社会の中心に立っているという信念だった。

In the years around 1968, a utopian exhilaration swept across the student universe and across several adult universes as well, and almost everyone in my own circle of friends and classmates was caught up in it. The exhalation was partly a fury against some well-known social injustices, and against some injustices that had always remained hidden. Partly it was a belief, hard to remember today (except it a cartoon version), that a superior new society was already coming into existence. And it was the belief that we ourselves—the teenage revolutionaries, freaks, hippies, and students, together with our friends and leaders who five ore ten years older and our allies around the world—stood at the heart of a new society.

(Paul Berman, A Tale of Two Utopias; The Politcal Journey of the Generation of 1968, W.W.Norton, 1997)



この「ユートピア的な高揚感 utopian exhilaration」こそが、NHKがいう「理想を掲げた者たち」を作り上げた空気ですね。

それはユートピアーーつまり幻想であり、誇大妄想だったのですが、その時の高揚感があまりに唯一無比のものだったので、いわば「高揚感」中毒となり、それを忘れられない人が世界中にまだいます。


1968年、重信房子は23歳でした。その年、15歳だった坂本龍一と同様に、その影響は生涯続くのでしょう。

そして、その衣鉢を継ごうという下の世代の人たちも、とくにアカデミズムとマスコミに多い。


その68年の思想の中身や運動の詳細を、朝っぱらから説明することはしませんが。

ただ、幻想とは言っても、「68年の夢」には、理想主義的ないい面もあったとは思います。

バーマンが上記の本で書いているのも、運動に敗れた人たちが、のちの東欧革命や、「国境なき医師団」のような理想主義的運動につながっていった経緯でした。


だけど、「68年の夢」に意義があったと認めたとしても、重信房子は、その後の「70年代の悪夢」のほうを代表する人ですからね。

持ち上げちゃいかんでしょう。



ここでは、重信の日本赤軍が、世界の中でどういう位置づけか、というのを確認しときたい。

まあ、そんな大げさなことではなく、上記のバーマンの本に、日本赤軍のことも出てくるんですね。それを紹介しときたい。


1960年代の学生運動は、世界的な現象でした。

西側先進諸国が中心でしたが、東側の国や、いわゆる第三世界にも波及し、たとえばカトリック教会のような、当時最も保守的な部分にも影響を与えたような運動でした。

その中心がフランスだったとすれば、日本は辺境でした。それでも、ほぼ同じことが同時に起こっているのは、今から振り返っても驚異的です。


このバーマンの本は、当然アメリカ中心ながら、そうした世界的な動きをある程度フォローしています。

でも、日本の「全共闘」は出てきません。全共闘をふくめた日本の学生反乱は、欧米ではあまり注目されなかったようです。(ただし、ベトナム反戦の流れでは、日本のベ平連はある程度知られていた)


その中で、唯一出てくるのが、「60年代の夢」が崩壊し、70年代に左翼運動が雲散霧消する中での、日本の二つの「赤軍」です。

以下、その部分をざっと訳出しておきます。



(運動の崩壊後、アメリカでは)少数の良識ある人々がゆっくりとマイケル・ハリントン(アメリカの著名な社会民主主義者)のもとへ戻り、最終的にはアメリカ民主社会主義者同盟(DSA)へと転身し、かつての分断された民主左派の糸を繋ぎ止めようと努めた。

生協のようなコミュニティ運動の一部は、左翼的なポスターやスローガンを取り下げることで、なんとか成長していった。

人文学部などで大きな成功を収めたアカデミズムの急進派や、全国都市で活躍した急進派マスコミ内のジャーナリストは、まだ生存していた。

しかし、こうした多様な人々を結びつけるものは、もはや何もなかった。

そして、ゲリラ、無法者、レーニン主義者、民主社会主義者、そして冷静な組織者たちを除けば、かつてSDS(Students for a Democratic Society 民主社会を求める学生同盟 *日本の全共闘にざっくり該当)と、その友愛組織から生まれた世界への忠誠心を持っていた人々の大多数は、あっさりと姿を消した。

彼らはトマト栽培、仏教、易経に傾倒した。

あるいは、ポスト・ニューレフトのような、別の種類の政治運動に身を投じた。

1972年か73年までに、この運動は消滅した。

残ったのは灰と残り火と、そして茫然とした数百万人の人々だけだった。

そして、このようなアメリカの学生運動は、共産主義国を除く他の国にも見られた、奇妙なほど普遍的なパターンを辿っていたのである。

フランスの場合はこうだった。

フランスの学生運動の自滅は、世界基準からすればかなり秩序立っていた。

アルチュセール派の毛沢東主義者たちは、皆が狂人のように頭がおかしかったが、最終的にはフランスの小政党の中で最も活発な勢力となり、運動をゲリラ戦へとますます近づけ、アメリカと全く同じように、犯罪者や囚人のカルト集団を作り上げてしまった。

しかし1972年、毛沢東主義者たちは正気を取り戻し、ギャング主義や地下組織、そして大胆なテロリストのマニフェストといった犯罪左翼的な雰囲気は消え去った。

オランダの場合も、それほどひどいものではなかった。

アナキストの「プロフォ(Provos)」は暴力的な「デスペラードス」を生み出したが、それは誰にとっても都合のよいものではなかった。しかし、デスペラードスの暴力は限定的であり、自由主義的な色合いを帯びた有益な自治体主義的な急進主義は存続した。

ファシスト枢軸のかつての中心地であったイタリアとドイツでは、状況はさらに醜悪だった。

イタリアでは学生運動から「赤い旅団」などのゲリラ組織が生まれ、多くの人々を殺害し、90年代まで戦闘を続けた。

ドイツSDSからは、「ドイツ赤軍派(バーダー・マインホフ)」、「6月2日運動」と呼ばれるグループ、そして暴力カルトに反ユダヤ主義(もちろん反シオニズムの形をとっている)の色合いをあわせ持つ「赤い細胞」が生まれた。

日本にも同じようなバージョンがあった。

学生運動から「日本赤軍」と呼ばれる組織が生まれ、1972年にイスラエルを訪れていたプエルトリコのキリスト教徒巡礼者に対して無差別テロ攻撃を実行したことで有名になった。

また、「連合赤軍」と呼ばれる組織も生まれ、カルト主義的な狂気によって自らのグループのメンバー14人を虐殺した。

メキシコの場合は〜(以下略)

(*日本赤軍がテルアビブで虐殺した旅行者の多く=死者26人中17人=がキリスト教巡礼者だったことは、英語のwikiなどには記されているが、日本の解説で省かれることが多い。また、連合赤軍の「メンバー14人虐殺」というのは、メンバー12人に警官の死者2人を加えた数字かもしれない。原文はこの記事の最後に置きます)


まあ、一種のレトリックですが、左翼運動の崩壊過程は、かつての「ファシスト」枢軸国、ドイツ、イタリア、日本でひどかった、と書いているのが面白い。


なお、1970年のよど号ハイジャック犯は、日本赤軍と共通の源流を持つ別派です。彼らは日本人拉致事件にもからんでいました。

また、重信の日本赤軍についても、いまだに逃亡犯たちを日本の警察は国際手配して追っています。



このポール・バーマンの本は、私が現役時代、日本で翻訳出版したいと思いながら、できなかった本の一つですね。

この本と、以前に触れたディビッド・ホロウィッツの「ラディカル・サン ある世代のオデッセイ Radical Son; A Generational Odyssey」(1997)の2書は、日本で出したかった。

どちらも、60年代の新左翼運動の渦中を生きて、その後転向し、60年代左翼とは何だったかを考察した人でした。

バーマンの立場は、日本で言えば笠井潔とかの「マルクス葬送派」に近いかもしれない。

どちらも重要な本だと思ったけれど、翻訳市場で左翼リベラル本しか受けない日本では、出版は難しかったですね。


今読んでも、面白いと思うけどね。ホロウィッツは今年の春、残念ながら亡くなったけど、バーマンはまだ生きているから、現役の出版界の人は検討してほしい。

バーマンと笠井潔の対談とか、誰か企画しないか。

重信房子の話から外れたけど、今朝は以上!



(上記訳出部分の原文)

A trickle of decent souls slowly wended their way back to Michael Harrington and into what eventually because the Democratic Socialists of America, in an effort to pick up the old severed thread of the democratic left. Some of the community-organizing enterprises managed to thrive, usually by putting away their left-wing posters and slogans. There were the academic radicals, who had a lot of success in the humanities departments and a few other places, and there were the journalists of the weekly radical press, which flourished in cities around the country. But there was nothing to bring those different people together. And beyond the guerrillas, the outlaws, the Leninists, the democratic socialists, the levelheaded organizers, the vast majority of people who had once felt a loyalty to the world that had come out of SDS and its fraternal organizations simply slipped away. They took up tomato farming, or Buddhism, or the I Ching. Or the threw themselves into political cause of a different sort, something post-New Left. By 1972 of ’73 the movement was gone. Nothing remained but ashes and embers and several million people in a daze. And in this way, too, the American student movement followed a pattern that, outside of the Communist countries, was strangely universal. There was the version in France. The self-destruction of the French student movement was fairly orderly, by world standards. The Maoists from Althusser’s school, mad as hatters every one, ended up as the most dynamic of France’s micro-parties, and they brought their movement ever closer to guerrilla war, and they worked up a cult of criminals and prisoners, too, exactly as in the United States. But in 1972 the Maoists came to their senses and the criminal-leftist atmosphere of gangsterism and underground cells and bravura terrorist manifestos was gone. The Dutch version was not too terrible. Anarchist “Provos” gave birth to violent “desperados,” which was no favor to anyone: but desperado violence remained limited, and a useful municipal radicalism with a libertarian flavor lingered on. The story was uglier in Italy and Germany, the old centers of the Facist Axis. In Italy the student movement produced the Red Brigades and other guerrilla groups, who killed a lot of people and kept on fighting straight into the nineties. Out of the German SDS came the Army Faction (Baader-Meinhof) , a group called June 2nd, and the Red Cells, the last of which combined its cult of violence with a touch of anti-Semitism (in the form of anti-Zionism, of course). There was a Japanese version. The student movement produced something called the Japanese Red Army, which distinguished itself with an indiscriminate terror attack in 1972 on Puerto Rican Christian pilgrims visiting Israel; and something called the United Red Army, which massacred fourteen members of its own group in a bit sectarian insanity. But the classic decline was Mexico’s,(以下略)
(日本関連の部分を太字にした Nortonペーパーバック版のp96より)



<付録・世界の左翼過激派を描いた映画>


「日本赤軍」と同時代の、70年代以降の世界の左翼過激派を描いた映画は多い。最近、増えているような気さえします。Netflixなどで見たそれらのレビューは以下のとおり。


90年代スペインの左翼過激派を描いたNetflix「そして彼女は闇を歩く」
(2025)

スウェーデンの左翼過激派を描いたNetflix「偽りなき日々」(2025)

ペルーの過激派「輝ける道」を描いた「最後の正義」(2017)、アメリカで娘が過激派になった家族の悲劇を描く「アメリカン・バーニング」(2016)

現代の過激派といえる「アンティファ Antifa」のドイツでの活動を題材にし、Netflixで配信された「そして明日は全世界に」(2020)

そして、今年のNetflixの話題作だった、日本赤軍・よど号グループを描いた韓国映画「グッドニュース」(2025)


ついでに、韓国の巨匠イム・グォンテクの反共映画「チャッコ」(1980)

あと、私は見ていませんが、イタリアの「赤い旅団」を描いた「夜の外側 イタリアを震撼させた55日間」(2024)が昨年話題になりました。

他に、ポル・ポト関係の映画など、いろいろありますね。


このような映画でもわかるように、70年代以降の左翼過激派は、世界中に傷跡を残し、今なお負の影響を与えています。

いまそれを美化したり、英雄視したりして描くのは論外であり、リベラルとされるNetflixでもあり得ません。(右翼を悪く描くことはありますが)

日本のマスコミや、一部野党は、リベラルというより左翼だということが、重信の扱いでも、安倍元首相暗殺犯の扱いでも、よくわかります。




<参考>


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