タモリは面白くなくて当然
タモリは面白くない、と言ったユーチューバーとか芸人が叩かれてるんだって?
ヒカルの「タモリ面白くない」発言 取締役務める「ナポリの窯」が謝罪「今回の発言は極めて不適切」
ヒカルは20日に自身のYouTubeチャンネルを更新し、タレント・タモリについて「全く面白くない」と発言。動画で共演したお笑いコンビ「キングコング」の“カジサック”こと梶原雄太も「俺は、正直…そんなですよ」と本音を漏らし、ネット上で物議を醸していた。
(スポニチ 2026/4/25)
それで、会社のエラい人が謝罪した、とか。
それ自体が面白いね。
神様仏様タモリ様が面白くないとは、不敬にもほどがある、みたいな感じでしょうか。
だいたい、何が面白いかなんて、人それぞれだし。
今の人にタモリが面白くないという人がいても、おかしくないけどね。
タモリも偉くなりすぎちゃったけど、かつては、タモリを番組に出そうとすると、編成局からマジで反対され、スポンサーもみんな反対したから、出せなかった。
ーーと、亡くなる前の横澤彪が、インタビューで言ってましたよね。横澤が、フジテレビのディレクターになったばかりの頃、1970年代の話。
いわゆる「お笑いブーム」は、1981年の「オレたちひょうきん族」から始まると思うけど、それまでは、そんな感じでした。
その頃のビートたけしについても、横澤はこんな話をしてましたね。
たけしが売れない頃、地方の番組でツービートを使ったんだけど、収録中に事故があって、たけしの鼻の骨が折れた。
今だったら、それこそ安全管理はどうなってんだ、とマスコミが大騒ぎして、社長の記者会見でも開かれそうだけど。
でも、昭和の時代だし、売れてない無名芸人のケガなんて、とくに正式な補償はない。
そういう場合の局の慣例として、横澤は数万円を封筒に入れて、お見舞金としてたけしに渡した。
たけしは、封筒の中身を見て、最初黙ってるから、不満なのかと思ったら、こう言った。
「こんなにもらえるなら、毎日鼻の骨を折ってください」
記憶で書いてるから、細部は正確でないかもしれないけど。
タモリもたけしも、お笑いブームの前から活動してたけど、世間一般での人気には、なかなか火がつかなかった。
漫才ブームの中でも、ツービートより、ぼんちとかセントルイスとかのほうが流行ってる感じでした。
でも、その頃10代から20代初めだった我々の世代には、タモリもたけしも、絶大な人気がありました。
なぜ「大人」はこの面白さがわからないんだろう、と思っていた。
たけしがオールナイトニッポンを始めたのは、1981年の、お笑いブームになってからだけど(「そのまんま東」が命名される放送も覚えている)、タモリは、1976年からオールナイトニッポンをやっていた。
それは、まさに我々の世代、私とか高市早苗とかが、深夜、受験勉強中に聴いているラジオでした。
タモリのオールナイトニッポンは、ほんとに面白かったねえ。
ちょうどその頃、アル・ジャーロウというジャズボーカリストが流行っていた。
タモリが、番組の中で、その名前にハマって、「ある」という日本語が出てくるたびに、「ジャーロウ」をつけた。
そんなこともある、ジャーロウ。とか。
それにあんまり笑ったものだから、その後遺症で、いまだに私は、「ある」というたび、「ジャーロウ」をつけたくなる。
つい、そんなこともアルジャーロウ、と言ってしまうこともあるけど、若い人にはまったく通じないだろうね。アル・ジャーロウも亡くなったし。
タモリが、深夜ラジオで、「卓球」や「フォーク」をバカにしていたのは有名だけど、忘れられてるかもしれないのは、「ニューファミリー」をいちばんバカにしてたことですね。
そこにタモリの本質があるような気がずっとしてるけど、もう「ニューファミリー」と言っても、通じないかもしれない。
「ニューファミリー」というのは、1970年代に言われた、新しい核家族のスタイルのことですね。
イメージ的には、60年代の学生運動のあとの家族回帰で、若い男女が友だち感覚で結婚して、家父長的・封建的でない親子関係をつくる、みたいな。
同時代の人は、「ケンとメリーのスカイライン」的なやつ、といえば、かなり伝わると思う。
ケンとメリーってなんだよ、どこの国の人だよ、って感じだけど。
タモリの「ニューファミリー」への嫌悪感は、すごかったですけどね。
それが、たとえば「神田川」的なフォークへの嫌悪感にもつながっていたと思う。
あれはやっぱり、全共闘世代の感覚だなあ、と今でも思う。
1969年7月、早稲田大学のバリケードの中で、山下洋輔トリオが伝説の演奏をおこないました。
田原総一朗がドキュメンタリーにしたり、立松和平が小説にして代表作の一つになった(「今も時だ」)りした、時代を象徴するイベントだったそうだけど。
早稲田大学モダンジャズ研究会に所属したタモリだけど、その場にいたという話はない。在学中からジャズの司会業で知られていたそうだから、いてもおかしくないんだけど、もうその頃は、早稲田を除籍になってたかもしれない。
だけど、タモリと山下洋輔バンドとの仲は周知の事実で、タモリが「その時代」の精神で生きていたのは、確かですね。
タモリは、全共闘みたいな学生運動を、「お祭り」のように捉えたんだろうな。
その「密室の祝祭」の喜びと、フリージャズの解放感が、彼の芸の根幹にあるのだと思う。
彼は、ずっとバリケードの中で、フリージャズをやっていたい人なんですね。
そんな彼にとって、ニューファミリーのような「家族への回帰」が、裏切り以外の何物でもなかったのは明らかです。
私の中では、70年代のタモリの芸は、1972年の映画「キャバレー」のMC役、ジョエル・グレイのイメージに重なります。
タモリがどれだけ意識してたか知らないけど。
彼の芸は、キャバレーやナイトクラブのMCの芸ですね。
タモリがキャバレーのMCで、たけしは下町の居酒屋の口の悪い大将みたいな感じ。
いわば、客も、自分も、半ば酔っ払ってるような状態でやる芸なんですね。
一種のトランス状態を前提とした芸というか。
初期のタモリの芸は、入り込めない人は、まったく入り込めない世界だったと思う。
いつか「笑っていいとも」で、客が舞台に乱入してきたことがあったけど、タモリは割に平然としていた。
ああいうのも、客も酔っ払いだ、というのが前提になってるからではなかろーか。
たけしのほうが、はるかに真面目に「芸」をやってる感じがしますね。
タモリの芸は、基本的にキャバレーの酔客相手の芸で、客が家に帰っちゃうと終わりだから。
だから、「ファミリー」は敵なんです。
たけしの「たけしくんハイ」みたいな家族がらみの話は、タモリがいちばんしなさそうなことですね。
だから、彼ほど「お茶の間」に似合わない芸人はいない。
だから、スポンサーにも嫌われていた。
その深夜の密室芸人を、お昼番組の司会に持ってきたのが「ギャグ」なんですよね。
横澤彪も、その面白さを狙ったわけだし、タモリ自身も、それがギャグだと思ったから引き受けたんだと思う。
でもあれも、お昼12時のお昼休みの時間だから、成り立ったんだと思うんですね。
イタリア人ならワインでも飲んでる時間、ちょっとした昼間の中の「夜」の時間帯ですから。
その短い、休み時間のあいだでしか成り立たない。
昼の2時とか3時とかでは、もう成り立たない番組だったと思う。
とにかく、タモリが昼間の司会をやる、という、その「出オチ」みたいなギャグ、その面白さがわかった世代と、それがわからなくなった世代があると思うんです。
それがわからなくなって、タモリが昼間に出るのが当たり前のようになってしまうと、面白さがわからない人が増えてもおかしくないと思う。
最後に、タモリとたけしを比べると、音楽への感度や、教養については、どうしてもタモリのほうが上でしたね。
彼は、フリージャズのあとに、「そばや」みたいな、アフリカ音楽のパロディをやってたけど、いま考えると、アメリカにおけるミニマル音楽の発展と、同時代的にパラレルなんですよね。
あのまま真面目にやってれば、ミニマル音楽を発明していた。
タモリのことだから、同時代のアメリカの現代音楽、ジョン・ケージあたりから知ってた可能性はあるけど。
タモリの笑いは知的だから、バカはわからない、と言うのは、嫌味すぎるけど。
でも、彼の趣味がかなりハイブローだったのは確かですね。
でも、タモリは、教養はあっても、何ひとつ真面目にやらない人だから。
探究心や好奇心はあって、いろんな道筋を見つけるけど、その道を真面目に歩こうとはしない。
世の中をナメている点でも、たけしより上だと思う。
タモリは、真面目に映画を作るなんてこともしないし。
ふざけ倒して一生を終わる。
そのあたりは赤塚不二夫に学んだのかもしれない。
面白くないと言われれば、たけしならそんなこと言うなよバカやろーと怒るかもしれないけど、タモリは、「へ」とも思わないでしょうね。
2008年に赤塚不二夫が亡くなった時に、タモリが弔辞を読んだ。その中に、有名な言葉がありますね。
「あなたはギャグによって物事を無化していった」という。
あなたはギャグによって物事を無化していったのです。
あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい意味の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を絶ちはなたれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事にひとことで言い表してます。すなわち、「これでいいのだ」と。
https://www.shikoku-np.co.jp/national/detailed_report/article.aspx?id=20080807000394
「その場その場を異様に明るくする」ーーその「異様さ」が、やっぱりタモリにはついて回る。
普通の芸人ではなかったですね。
ーーって、もうタモリへの弔辞みたいになってるけどね。
不謹慎な話だけど、タモリやたけしがなくなった時、弔辞は誰が読むんでしょうね。
私自身は、彼らと同じ時代に生きた幸運を、神に感謝せずにいられません。
<参考>
