『蒙求』~中国歴史人物逸話集
唐・李瀚撰『蒙求』は、初学者向けに編まれた歴史教材です。歴史上の著名な人物のエピソードを集めています。
もともと児童教育の啓蒙書として編纂された書物で、教訓的な内容のものが多く含まれています。
書名は、「童蒙(ものを知らない子供)の求めに応えて編んだ書物」という意味です。

同じテーマの2つの故事を1組として、全596条の逸話を収めています。
そして、すべての逸話に四字句の標題が付いています。
↓ こちらが、その標題の全リストです。
さて、ここから、冒頭の8句を抜き出すと、このようになっています。
王戎簡要、裴楷清通。孔明臥龍、呂望非熊。
楊震關西、丁寬易東。謝安高潔、王導公忠。
よく見ると、偶数番目の句末が「通」「熊」「東」「忠」で押韻しているのがわかります。
次の8句を抜き出してみると、今度は、
匡衡鑿壁、孫敬閉戶。郅都蒼鷹、寧成乳虎。
周嵩狼抗、梁冀跋扈。郗超髯參、王珣短簿。
となっていて、ここでは「戸」「虎」「扈」「簿」で押韻しています。
これ以下の句も、すべて8句毎に韻を換えながら押韻しています。
つまり、標題は、「全596句に及ぶ長編の四言詩」になっているのです。
実は、もともと『蒙求』の本体、つまりメインの部分は、この標題の四言詩なのです。
標題を詩の形にしているのは、これが学童の暗唱用であったためです。
そして、逸話の部分は、詩の内容の解説に当たるものです。
ですから、厳密に言うと、『蒙求』を「逸話集」と呼ぶのは妥当ではなく、本来は、歴史故事を題材とした「長編四言詩」と呼ぶべきものです。
では、いくつか例を挙げてみましょう。
「諸葛顧廬、韓信升壇」
「諸葛廬を顧みられ、韓信壇に升る」は、どちらも「人材登用」をテーマとする故事です。
上句は、蜀の劉備が、軍師としての出仕を請うために三度諸葛孔明の草廬を訪れた、という話。
下句は、漢の劉邦が、国士無双の韓信に敬意を払って、祭壇を設け礼を尽くして大将軍に任じた、という話。

「陳平多轍、李廣成蹊」
「陳平轍多く、李広蹊を成す」は、どちらも「厚い人望」をテーマとする故事です。
上句は、漢の陳平は貧賎の身だったが、門には富貴の人の馬車がたくさん集まり、多くの轍ができた、という話。
下句は、漢の李広将軍は無口だったが、桃李の樹下に自然と小道ができるように人々が慕って集まってきた、という話。

『蒙求』は、日本においては、漢学の入門書として親しまれてきました。
平安時代にはすでに伝来し、貴族の子弟教育の教材として使われ、近世に至ると、庶民の間にも広く普及しました。
