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連載小説『小説を書いてる友達』 第5話(全9回) 【創作大賞2026】


5.肥溜めで目醒め糞を喰らい続けたその蝿は、歪な羽を広げて天下を狙う


せどりをしたり、いかがわしいお店のキャスト募集ティッシュを配ったり、居酒屋に行けばいつまでもだらだらと飲み続けたりと自堕落な生活を送っているように見える佐々木だったが、こと文学に関してはストイックだった。ひとたび僕の部屋に帰ってきて食事を済ませたあとは黙り込んで本を読み、22時以降はノートパソコンに張り付いて毎晩遅くまでカタカタとキーボードを叩き続けた。特に執筆中の集中力はすさまじく、いくら大声で呼びかけてもまったく気づかない程で、そのために僕は困ったことになった。


1学年後期2週目のある日、1限の必修講義を翌日に控えていた僕は早く床に就くつもりでいた。佐々木はというと、相変わらずパソコン相手に睨めっこをしていた。いつもの僕なら電気をつけたままで横になりカタカタという音を聞きながら2時ごろ寝落ちするのだが、翌日に控えていたのが特に厳しい教授による講義だったので、睡眠不足で授業中眠ってしまうことを避けるためにもその夜に限ってはちゃんと電気を消して安眠したかった。しかし真っ暗闇での作業は彼の目への負担が重くなってしまうと思ったので、ちゃんと了承を得てから消灯する腹積もりでいた。というわけで僕は、なるべく刺激を与えないよう気を遣い、優しく声をかけた。

「ねぇ佐々木、悪いけど明日早いからもう寝るよ。電気消しちゃうからさ、まだやるなら畳の部屋に行きなよ。」

「....」

「あ、あのさ聞いてる?ほんとに電気消しちゃうよ?」

「...」

「目悪くなるから隣行きなって。」

「…」

「あぁもう聞いてんのかよ。じゃあもう消すからね!おやすみ!」

聞こえていたのかどうか定かではないが、佐々木は何の反応も示さなかった。仕方なく僕は問答無用で電気を消してベッドに横たわった。



1時間後、カタカタという音が聞こえる。


2時間後、キーボードを叩く音と共に「くそっ…どうして…。」という声が聞こえる。


2時間30分後、カタカタという音は更に大きくなっていく。


AM1:00、テーブルを思い切り叩く「ドンッ」という音が室内に響き渡る。と共に、耳をつん裂く絶叫が馬鹿の口から発せられる。


「ああああああああくっそ!死ねファック!ファック!!!ファック死ねDIE!!!全然うまくいかねぇ!!!」

「うるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」


僕はさすがにキレて叫んだ。
佐々木は驚いて飛び上がり、その拍子に後ろへ仰向けに倒れた。しばらくしてからむくりと起き上がったが、何が起きたのかわからなかったのかあたりをきょろきょろと窺い始めた。パソコンの無機質な明かりが、そんな彼の馬鹿面をぼうっと照らしていた。

「えっ?はっ?何、電気消えてんのか?何?なんだ今の声?木下?木下は?」

珍しく狼狽えているようだった。

「ここにいるよ間抜け。」

「はっ?ああ、いたのか。なんだ珍しいなもう寝てたのか。だから電気が…。」

「声掛けたけど反応なかったから消したんだよ。あとお前、マジでうるさい。明日僕ヤバめの必修講義あるんだから静かにしてくれよ。全然眠れない。」

「あー、そうだったのか、マジですまん…。」

佐々木は本当に申し訳なさそうな顔をしてそう言った後、パソコンを持って静かに立ち上がり、トイレの中へと消えた。
以後、彼は夜中執筆をする際トイレに篭るようになった。電気や騒音の心配をする必要はなくなったが、今度はトイレに行きづらくなってしまった。


ところで、佐々木はどうしようもない男ではあるが、社交的だった。
大して学校へ来ないくせに、たまに登校した時はいつも誰かと楽しそうに会話していた。初めて会った人でも瞬時に笑わせてみせるだけのトークスキルを持つこの男は、僕と違いすぐに友達を作ったり環境に溶け込んだりすることに長けていたのだ。また彼は多才でもあった。筋力など身体面でのポテンシャルが高いことはもちろん、頭も良かった。その証拠に彼は「サウスパーク」とかいう海外のアニメを字幕もつけずに見たり、洋書のペーパーバックを辞書も使わずに何冊も読破してみせたりして、ふとした時にその学力の高さを無意識に僕へ見せつけてきた。とても無勉で高校生活を過ごしてきた男とは思えなかった。

加えて彼は本だけでなく漫画や音楽など様々なメディアに精通していた。音楽に至っては、もはや詳しいどころじゃなかった。

話はやや遡る。9月に入り夏休みも終わりかけていたある日の正午、佐々木は読んでいた本から顔を上げながらこう言った。

「おう、俺今日夜から金稼ぎに行くからな。暇ならこいよ。」

「え?またピンサロのティッシュ?」

「ありゃあ辞めた。むちゃくちゃ期待されちまってだるくなったからよ。」

「そうなんだ。そしたら今日は何すんの?」

「まぁ来りゃわかるよ。したら19時に池袋駅西口な。」

「ちょっと遠いね。なんでそんなとこ…。」

「どういうわけかあそこが一番丁度いいんだよな。ちなみにお前音楽とか聴くのか?」

「いやぁ、全然聴かない。」

「ふーん。したら丁度よかった。いい経験になると思うぜ。」


19時に池袋駅西口のロータリーに着いた僕は、学生や社会人からなる小規模な人だかりに囲まれている男を見かけた。近づいてよく見てみれば、それは佐々木だった。アコースティックギターを抱え持って凛と立つ姿はあまりにも自然で、どうして今までにこの姿を見たことがなかったのか不思議に思えるほどだった。
がやがやとした駅前の喧騒の中で、この集団だけが異様に静かだった。しかし聴衆の誰もが、表情に熱気を帯びていた。彼らは佐々木が歌い出すのを今か今かと待っていたのだ。そんな聴衆の期待に応えるように、彼は手元のギターをかき鳴らし、口からしなやかで光沢のある音の糸を紡ぎ出す。それは、こんな歌だった。




上品なクソがいい

素敵なクソがなおいい

でてこいでてこない

だけど それはクソだ 同じさ

みんな同じさ



純粋なクソがいい

おしゃれなクソにジェラシー

クソに魂込めた

リボンを結んでみた 同じか?

みんな同じか?



完璧なクソか、、、

もう終わりか?終わりか?終わりか?俺…。




「これゆら帝の曲じゃん!」

「声めっちゃいいのに歌詞汚くね?ウケんだけど。」

「お前しらねーのかよこの曲!マジで聞いとけって!」

「いやー、お兄さんの声いいね!いつもはどこのハコでライブやってんの?今度見に行くね!」

佐々木は足元に置いていたペットボトルを取り上げて喉を潤した後、爽やかな(⁉︎)笑顔を聴衆に見せながら質問に答えた。

「いやー、俺じつは本格的にはやってないんすよ!いつもはもっぱら最高のクソを捻り出すために小説書いたりしてるもんで。」

「あーそうなの、勿体無いねぇ。小説はなんか出版とかしてんの?」

「いやー全然!この前応募した文学賞でも一次にすら残んなかったっす!でもそのうち絶対すげぇの書くと思うんで、毎年本屋の新刊書コーナーチェックしといてくださいね!」

「ふーん、期待してるね。でも私思うけど、あなたは歌で頑張った方が絶対いいよ!才能あるもん!」

「うっす、考えとくっす!そんじゃ今日はこんくらいにしときますね!みなさんあざぁーっす!」

佐々木が片付け始めたのを見た聴衆たちは、一人また一人と背を向けて歩いていってしまった。その最中、彼は聴衆のうち質問をしてきた女性にこっそりと中指を立てた。そのタイミングで僕は佐々木の目の前に立った。彼が手に持っていたお椀の中には、お札や小銭がぎっしりと詰まっていた。

「音楽もやってんだ、すごいね。」

「あー、こいつぁただの金稼ぎだ。まぁ音楽聴いたり、好きなバンドの曲歌うこと自体は好きだけどな。」

「自分で曲作ったりはしないの?」

佐々木はそれを聞き、嘲笑うかのような、人を見下すかのような、寂しげで乾いた笑い声をあげた。何かを察知した僕は、すぐに話を逸らさなければと焦った。

「そういえば、さっきのは誰の曲?」

「おーあれか?ゆらゆら帝国ってバンドの曲だ。なかなかいいぜ、わけわかんないやつらで。帰ったら聴かせてやるよ。」

「あれ?飲みに行かないの?それに帰ったら小説書くでしょどうせ。」

「おめー最近俺より飲みたがりだな。したらイヤホンあるから飲み屋で聞かせてやるよ。」



もう一度言う、佐々木は多才だ。
様々な分野で秀でていて、何をやっても人々を魅了してみせた。
でも、ストイックに向き合ってきたはずの文学に関してだけは誰からも認めてもらえなかった。

佐々木が文学賞に作品を応募し始めたのは小説を書くようになった高校1年生の頃だったという。それから2年、3年、大学1年と、彼は立て続けに文学賞へ応募し続けた。一つの賞だけでなく、複数の有名文学賞に。同じ作品を別の賞に投稿することは禁じられていたはずだから、毎年原稿用紙100枚近くになる作品を何作も書いていたことになる。その常軌を逸した創作ペースを聞かされて驚いた僕は、どうしてそんなに書くのか、一つの賞に絞って突き詰めていった方が良いんじゃないかと尋ねてみた。

「あー、それもいいんだけどよ。なんつーか、そうしようにもできねぇっつーか。んーと、あれだ、俺はとにかく書きたくてたまらねえんだ。こうして話してる時ですら次から次へと魔法の泉みてぇに言葉や物語が湧いてくるんだからよ。まあでも、その全てがハナっから完璧なわけじゃねぇけどな。むしろ実際にワードソフトへ落とし込んで確認してみたら、そこら中穴だらけでそのままじゃ読めたもんじゃねぇってわかることのが圧倒的に多い。ま、それならそれで時間かけて修正してしていくだけだ。時間さえかけりゃ良いもんは必ずできあがるからな。」

しかしそこまで時間をかけても彼の作品は出版社からまったく相手にされなかった。どの作品も、1次選考すら突破できなかったのだ。
僕はなるべくオブラートに包みながら、自分の作品が歯牙にもかけられないことについてどう思っているのかと質問した。

「まぁそりゃあ仕方ねぇって思ってるよ。俺の実力が無いだけかもしんねぇし、読んでる奴ら全員のセンスが無いのかもしれねぇ。だけどそんなこと言ってたってどうしようもねぇだろ。落ちたは落ちたで事実、それは変えらんねぇんだからな。てめぇの人生はてめぇの人生の帰結でしかない、ってやつだ。それに何十年応募し続けてもだめだったやつだっているんだ。俺なんかまだまだよ。ただ突き進んでいくだけだぜ、俺ができることは。例えその先が荊の道だとしても、未来なんか存在しねぇ巨大な洞穴だったとしても、な。」

その言葉は強く逞しかったし、話す調子も活力に満ち溢れていた。しかし、僕は彼の顔を一瞬だけ横切った苦しそうな表情を見逃さなかった。あれは、彼の深層心理の真実を物語っていたのだろうと思う。四年間応募し続けたのに全ての作品が認められなかったことは、彼の心に鈍い痛みを与えていたに違いなかった。だって、ほんの一瞬たりともあんなに辛く悲しそうな顔を見せたことはそれまでに一度もなかったのだから。

僕は何度か佐々木の書いた作品を読ませてもらったことがあるが、それらが優れた小説だと認めることはどうしてもできなかった。おどろおどろしい表現や厳つい文字の多様、くどすぎるほどの大袈裟な心理描写、複雑に入り乱れるプロット、残虐さの限りを尽くしたような凄惨な場面の連続、彼の全作品が持つこういった様々な要素は物語の中へ読者を引き込むことを著しく困難にしていたのだ。最後までたどり着くことはおろか前半まで読み通すことすら不可能と思える、そんな恐ろしく難解な作風だった。僕は読ませてもらう度にそのことを彼に伝えた。そして、小説とは読み手と書き手の共同作業によって生まれるものなのだから読みやすさだって時には重要なのだと、何度も何度も伝えた。毎度、思い切り殴られるとしても別にいいと覚悟を決めながら言った。しかし、その度に彼はこう言った。

「ああ、そりゃわかってるよ。でも、俺は熱を大切にしたいんだ。俺自身の熱でもって読み手の心を溶かしたいんだよ。だから一生人に認められんとしても、これだけは譲れねぇ。どんなに道が険しくても、俺はぜってぇに折れねぇ。」

言葉の真意はわかる。強くありたいという意志の強さも認める。しかしそう思っていたならなぜお前は11月のあの日、何をするでもなくずっとバスルームに篭っていたんだ。なぜ、啜り泣くような声を微かに響かせていたんだ。あの日が7月末に応募した文学賞の一次選考通過者が発表される日だったことを僕は知っている。そしてその賞がお前の一番好きな出版社による主催であったことも知っている。本当にお前の意志は、微塵も揺るがないものなのか?歴史に名を残した哲人のように強靭なものなのか?僕は疑問に思うと同時に深く同情もした。だからこそ、作風を少しだけでも変えろと言った。何度言い返されても、嫌そうな表情をされた時も、絶対にやめなかった。お前が鉄の意志を貫き通そうと意地を張るのなら、こっちだって意地を張り続けてやる!

そんな調子で言い合いをしたり、汚い居酒屋へ飲みに行ったり、ブックオフや路上ライブに通ったりしているうちに、僕らの共同生活は2年目に突入していた。

To be continued...


※こちらの歌詞は「ゆらゆら帝国」のこちらの曲によるものです。

作品の演出上どうしても必要になり引用しました。問題があればすぐに削除いたします。

第6話はこちら↓

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